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サルベージ・ゲーム  作者: 九木圭人
ビノグラットの恋人
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ビノグラットの恋人4

 「どうしましたかっ!?」

 叫びながらイオが俺の横を駆け抜け、俺もその後を追う。

 角を曲がった所に立っていたギュンター。そして彼の向こうに声を上げたイコルの後姿が見える。

 彼女の背中には、二本の腕がまわされていた。

 「ああ……っ、ああ、フェリク……っ!」

 「姉さん……っ!?」

 感動の再会。その状況を見ればすぐに分かった。

 ギュンターが彼女とどれ程の時間をかけてここに来たのかは不明だが、その努力が報われた瞬間だ。

 二人は酒場の裏手。小さな庭のある二階建ての家の前で再会の喜びに浸っていた。


 「よかった……」

 ギュンターがそう呟く。その声は少しだけ震えていた。

 そしてそれを合図にした訳ではないのだろうが、エルフの姉弟が抱擁を解くのはそれとほぼ同時だった。

 それによって姿が見えるフェリクことイコル弟。イコルより少しだけ背が高いが、その顔立ちはまだ少年と言ってよい。

 姉によく似た色白な肌で、癖のない金髪を首を覆う長さに伸ばしている。

 ゲームやライトノベルなんかで登場する所謂エルフといってイメージする特徴をおおむね持っていた。


 「姉さん……よく無事で……」

 その弟は、再会した姉に――こちらも震えた声で――漏らすと、その姉は体を少し開き、ギュンターを示して返した。

 「この人のお蔭よ」

 「この人って……人間が……?」

 そこで初めて、弟は姉が単身で戻ってきた訳ではないという事に気付いたようだった。

 姉の恩人が、自分たちと敵対している連中と同じ種族というか人種というかだったことに驚いているのか、戸惑ったようなリアクションだ。


 「この人は旅の途中で私と知り合って、ここまで連れてきてくださったの。とても親切な方よ」

 姉はそう言って涙が流れた頬をぽっと赤らめている――言われたギュンターと同様に。


 「フェリク、人間にもよい人はたくさんいるわ。この人は私にそれを教えてくれたわ」

 そこまで言ってから、改めてまだ赤くなっているギュンターの方に向き直る。

 「本当に、本当にここまでありがとうございました!!貴方のお蔭で、私はまたこうして弟と会う事が出来た……。本当に、本当になんとお礼を申し上げたらいいか……」

 「あ、あのっ……、俺からも、本当にありがとうございました!姉さんにもう一度会えるなんて、信じられない……っ!!」

 そう言って深々と頭を下げる姉弟。対してその二人の恩人は、恥ずかしそうに笑ったり、首を押さえたりと大変わかりやすい照れ隠しのリアクションを続けている。


 そしてそのやり取りを見つめていた俺達は、お互いの顔を見合わせ、一瞬走った緊張を何となく恥ずかしく思って笑い合った。

 「これで、安心しましたね」

 笑いながらイオがそう囁く。

 安心――なにも今の緊張が早とちりだった事だけではないだろう。


 「ああ、そうだな」

 俺も同意する。これでビノグラットでの仕事の第一段階は終了とみていいだろう。

 もっとも、第二段階が本番なのだが、とにかくこれでひとまずは安心だ。

 そんな事を考えていた俺だったが、どうやらイオはそれだけではなかったようだ。


 彼女はもう一度姉弟の方を見ると、どこか羨ましそうな感じでそっと囁く。

 「……私も、将来はああいう事が出来るのでしょうか……?」

 将来は――つまり、彼女が実用化されてゲームに登場したら。

 「確かに没入は防がなければなりません。でも、あそこまで入れ込んでくれるギュンターさんとイコルさんとの関係は、すごくいいと思います」

 再会の喜びと圧倒的な感謝と、そこに立ちあえた感動とがごちゃごちゃになった目の前の状況を見ながら発せられたその言葉は、とても明るく弾んでいた。


 ――ふと考える。イオが実装されたこのゲームを。

 彼女がどういう形でゲームに登場するのかは分からない。だがもし仮に今回のような随伴だとしたら?


 ここまでの事を思い出す。

 ニールベルクでの顔合わせ。一緒にやってきたここまで。戦いの際のきびきびした立ち振る舞いと、その時の凛とした表情。反対に普段のどこか優しげな印象の表情。一緒に笑って、一緒に話して……。

 それがずっと続くとしたら?


 「……だとしたら、復帰もいいかもな」

 思わずそれが口に出ていたことに気付いたのは俺だけだった。

 「ん?なにか言いましたか?」

 「あっ、あ、いや……。なんでもない」

 流石に本人に聞かれたら色々恥ずかしいので誤魔化しておく。

 同時にその考えを頭から締め出す。俺たちは今井出ゲームで恋に落ちた説を視野に入れて動いているのだ。ミイラ取りがミイラでは洒落にならない。その可能性は可能な限り排除するべきだろう。


 「あー……そう言えばさ」

 「?」

 そして頭を切り替えるために――正確には気まずさを感じてというのもあるのだが――話を切り出す。

 が、そこからどう繋げたものかまでは、俺の頭にはまだ浮かんでいなかった。


 「なんですか?」

 イオがこちらを覗きこむ。

 そのきょとんとした顔がより俺の頭にプレッシャーをかける。

 「えっとな……」

 何とかしろ。絞り出せ。

 脳のある部分が、また別の部分の尻を叩く。


 ――何とか絞り出せたのは幸運と言うより他にない。

 「ほら、イコルの弟!ここで会った訳だけどさ――」

 「はい」

 頭の中に一瞬だけ浮かんだ閃きの兆しみたいなものを必死に言葉にする。

 「随伴型って、導入すれば誰でも同じ奴と一緒になるよな?」

 「そうですね」

 どうやらまだ質問の意図はつかめていない様だ。

 そりゃそうだ。正確な意図を掴まれたらそれの方が恥ずかしい気がする。


 「ってことは、ここで別のプレーヤーとかち合ったりしないの?他のイコル導入したプレーヤーと」

 「あっ、その辺は大丈夫です。この道はダンジョンと同じで、他のプレーヤーと出会わないようになっていますから」

 あっさりとした様子で返された。

 まあでもそうか。そうでもなきゃ興醒めというものだろう。

 自分とここまで二人三脚でやってきた相手が、実は全国に何人も同じ奴がいますなどと見せつけられてしまうのは。

 たとえ実際にはそうであると知っていたとしても、それを目の前で見せつけられてしまうのは多分面白くないだろう。


 「……さて、デンチはそろそろお休みになってください。ここからは私一人でも――」

 俺の質問が終わった所で、イオはそう言って三人が入っていった庭への門に向かって歩き出した。

 「えっ、イオ一人でか?」

 別に休むのは構わない。丁度いい潮時でもあるだろう。

 だが、その間イオは一人で聞き込みをするつもりのようだ。


 「ええ。この家にはエルフが何人かいますので、私から聞き出します――」

 振り返ってそこまで言うと、彼女は小走り気味に俺の隣に戻り、そっと声を絞って耳打ちした。

 「エルフはレジスタンス所属以外の人間には冷淡にしがちですが、AIにはそれが適用されません」

 そう言って小さくウィンクするイオ。


 耳から離れると、一度ちらりと庭に入っていくギュンターの背中を見てから言葉を続ける。

 「彼は恐らく、今日の夜は町に出ないと思いますし、私からも明日にするよう伝えておきます」

 「そんな事出来るのか?」

 説得は出来ても、強制はできない。何らかの気まぐれを起こす事もないとは限らない。

 だがイオは自信ありげだ。


 「イコルさんのイベントです。弟さんと再会した当日はイコルさんから一緒にいられないかという話が出ますし、何よりイベント進行中に死亡した場合はイベント失敗扱いになり、最初からやり直しになりますから、それを伝えれば今日は動かない筈です」

 そういう事なら大丈夫だろう。

 ギュンターのあの様子ならイコルの傍を離れたくないだろうし、そのイコルから一緒にいて欲しいと頼まれれば嫌とは言うまい。更にイベント失敗という恐怖を前にしては尚更だ。


 「……それなら大丈夫か」

 「ええ、ご安心を。それではデンチ、明日も今日と同じ時間に開始でよろしいですか?」

 明日も特に何もない。

 というか、この仕事以外今の俺に予定らしいものはない。

 「ああ、大丈夫だ。明日も宜しくな」

 「はい!よろしくお願いします。ここの聞き込みの首尾は明日お伝えします。それでは、お疲れ様でした!」

 イオはそう言って頭を下げると、ギュンター達の後を追うようにして屋敷の敷地に入っていった。


 「さて……」

 取りあえず今日も終わった。ログアウトして明日に備えよう。そう思ってメインメニューを呼び出そうとした、まさにその時だった。

 「随分と仲睦まじい事で」

 背後からの声。

 決して誰にとも言っていないが、俺に向けられている事は分かる。

 「ん?」

 反射的に振り向いた先=酒場の前に男が一人立っていた。

 「……ッ!!」

 それを認識した瞬間、俺は動けなくなった。

 本当に驚いた時、人は何もリアクションが出来ないもののようだ。


 「どうも……」

 男は静かに頭を下げる――俺の反応の意味を知っているように。つまり、俺が自分を知っている事を分かっているように。

 男:灰色のローブに顔を覆う鉄仮面。


 そして、頭上に表示される名前=ファントム。

(つづく)

こっちはなんとかぎりぎり間に合った。

次回は11/9(金)の投稿を予定しています。

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