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サルベージ・ゲーム  作者: 九木圭人
砂塵の園
46/103

砂塵の園15

 「ヴアアッ!!」

 天井すれすれの本棚の上から、鋭角を描いて一直線に奴が迫る。

 俺とギュンターはそれぞれ左右に飛び避け、その結果より扉から遠ざかった俺が奴を引き付けることになった。


 「くっ……」

 ガチンと音を立てた巨大な咢を再度少しずつ開きながらこちらに向き直りはじめるブラウト。鍾乳石のように並んだ牙のなかでも一際大きな上下二対、前歯の一番端のそれらがオレンジ色のオーラを纏い始める。


 「ヴヴヴヴ……」

 低く、震えるような唸り声。

 立ち昇る陽炎によって歪にそのシルエットを変化させる巨大な牙。

 ――魔獣の牙。数少ない獣化専用スキル。その性能は言ってしまえば一度限りの叛骨の狂戦士。

 違いがあるとすれば防御力に変化がない事。発動が相手の攻撃力に依存しない事。莫大なMPを消費する事。


 そして、発動後は突進し何かにぶつかるまで止まらないという事。


 「ガァァッ!!」

 四本の光の柱が大きく開き、上下から俺を砕きに突っ込んでくる。

 周囲:本棚と壊れたテーブル。

 距離:主観で5m以上10m以下。

 「くうう……っ!!」

 決断:尻餅をつくように後ろにすっ転んで転がる。

 天地が逆転した一瞬。その一瞬の前まで俺がいた空間を四つの陽炎が引き裂き。巨獣が本棚と凄まじい音を立てた。


 「ヴァッ!!」

 こちらが体勢を立て直すのとほぼ同時に、時間を巻き戻したように元の本棚の上に跳んで戻る奴。

 ――やはりここでは勝算がない。


 「デンチさん!」

 「その扉から外へ!!ここでは無理だ!!」

 叫び返しながら、間違いなく聞こえているだろうブラウトに邪魔されないよう注意をひきつけるために奴の真ん前に飛び出す。

 「でも、それじゃイコルが……」

 思わず舌打ちする寸前で何とか踏みとどまる。

 「既にイオが避難させた!速く!」

 その叫びに合いの手を入れるようにパシンと軽い音と共に左腕にスパーク=シールド再使用可能の合図。


 そして同時の咆哮――攻撃開始の合図。


 「ヴァアアアアアッ!!」

 「おら来い!」

 怒鳴り返すのに応じたかのごとき右前足の爪の振り下ろしを間一髪で回避し、実際の犬や猫であれば前足の腱があるだろう部分を切り上げる。

 条件は満たしているが叛骨の狂戦士は使わない。攻撃の種類自体は少なく単調だが、素早く手数の多いこいつには軽い攻撃でも致命傷になるデメリットが強く相性が悪い。


 「ヴアアアァッ!!」

 怒り狂った咆哮と共に薙ぎ払う左を寸でで躱し本棚の影に飛び込みながら奴の巨体越しに扉の方を見ると、戸惑いがちにではあるが、扉の前に移ったギュンターがそのドアノブに手をかけている所だった。


 ――次は俺の番だ。


 「ヴァアア!!」

 苛立ちの籠っている――そうでなくてもそう聞こえる――咆哮を上げながら、巨大な牙が再度ガチンと音を立てて、俺の目の前で閉じた。

 ――さあどうする?お前の図体じゃここにいる俺には届かないぞ?

 直後、奴の巨体がふわりと舞い上がり、俺の視界から跳び去ろうとする。


 分かっている――奴は俺の左横、まさに今それが原因で獲物を噛み砕き損ねた邪魔な本棚の上に飛び乗った。


 それが合図だ。


 俺は振り向くこともなく、背中に奴のプレッシャーを嫌という程感じながら扉へ一気に走る。

 「行けッ!出ろッ!!」

 まだためらっていたギュンターに怒鳴りつけながら。


 ここまでで分かった事=ブラウトには奴なりの定石というかルールがある。

 奴のルール――常にトップアタックを仕掛け、深追いはしない。

 デカイ図体と強大な攻撃力と素早さを最大限利用するための戦法ということだろう。極めて単純なルールだが、それ故に実行しやすく、同時に強力な攻撃となり得る。


 そう、極めて単純だ。この戦闘だけで俺がそれを読み取れるぐらいに。

 そして奴はそれを順守する。俺が望んでいる通りに。


 「ヴァッ!!」

 「う、うわ!来た!?」

 咆哮。そしてギュンターの声。

 「行け行け行けっ!!」

 そして俺の怒声。

 三つの音が扉の外に飛び出す。

 ギュンター、俺、そしてブラウト。この順番が変わらなかったことが幸いだ。

 俺は自分の身体が薄暗い、向こうに見える出口にイオとイコルが見える通路に出たのだと理解したと同時に踏み出した足に力を入れ、慣性のままに継ぎ足で反転する。


 「そら来い!!」

 振り向きざまの挑発。予想通り丁度扉をギリギリくぐったブラウトに向かって。

 「ヴァアアアアアアッ!!」

 多少のダメージは織り込み済みで、突っ込んできたその巨獣の牙を一歩だけのバックステップと同時に展開したシールドで受け止める。

 ぐわんという衝撃。辛うじてシールドの出力は1割近く残った。


 ――そして俺自身も飛ばされずに済んだ。


 「……っ!オラァッ!!」

 腰を落とし、シールドを構えた左腕を支えていた右腕を腰だめに引くと、叫び声と同時に体ごと巨大な顔面に突っ込む。当然、右手にはウォーロードを握ったまま。

 「ガアアアアアアアアアッ!!」

 僅かに開かれた口内に差し込まれたそれを、全身を震わせて吐き出した巨獣。

 瞳の無いどろっとしたその目がこちらを睨みつけ、人間形態を思い出したかのように後ろ足に体重を任せると、飛び掛かるように爪を振り下ろしてくる。

 左にすっ飛んで躱した俺を追いかけるように振り向き、更に爪と牙による連撃を試みようと――出来なかった。


 「ヴァアッ!?」

 或いは先程まで戦っていた背後の空間ならそれも出来たのだろう。

 視界の外に出ようとする俺を捉えるために跳び下がり、全体を見渡せる上に相手の攻撃が届かない高所に上がって再攻撃も可能だったのだろう。


 だが、ここは通路だ。

 扉を出てしまった奴の巨体が自由に飛んだり跳ねたり出来るほどには広くない。

 精々、その二本の前足で、猫じゃらしにじゃれつく猫のような攻撃を繰り返すのが関の山だ。


 そしてその程度の攻撃なら、いなすのも躱すのも容易い。


 薙ぎ払いを躱し、振りおろしをいなして、攻撃後の隙を狙って足の先端や腱の部分を集中的に攻撃する。

 「ヴァ!!……ヴァアアッ!!」

 苛立ちが攻撃を誘発し、無闇やたらなそれが更に隙を生み出す。

 「ヴァアアアッ!!!!」

 一際大きな叫び声と共にやたら大振りな薙ぎ払いを躱した所で背後から叫び声が飛んできた。

 「デンチ、避けて!」

 殆ど反射的に廊下の左端へ。追撃の爪が来ると思われた瞬間、その声の主が何を考えているのか奴には見えたようだ。


 「我が言葉に力を。我が力に籠絡の秘儀を!スティッキー・スラグ!!」

 明瞭な詠唱。そして俺の真横を緩やかな放物線を描いて飛び抜ける白濁した塊。

 「グガッ!?ガアアアッ!!」

 ゲル状になったその塊をもろに受け、纏わりつかれた奴の動きが目に見えて鈍る。

 スティッキー・スラグ。最もいやらしい効果の聖属性魔法と呼ばれる凶悪な代物だ。

 ただその弾速自体は決して速くなく、射程も短いために慣れてくれば発動を見てからでも回避可能だが、この狭さではそれも叶わない。


 「ヴァアア!!ヴァアアアアア!!!!!」

 凄まじい叫び声と、反対に弱々しい抵抗。

 粘性をもった塊が纏わりついた魔獣との戦いは、最早勝負の決した闘牛となった。

 即ち何とかしてこちらに爪や牙を叩き込もうともがき、その度に絡め取られて自由の利かない体がそれを台無しにし、そしてその間にも容赦なく剣が振り下ろされる。

 いかに桁違いの防御力を得たところで、そのHPも無限ではない。

 奴は激高し、その怒りを俺にぶつけようとして、その度に動けない体を切り刻まれる。

 ――敵ながら哀れではあるが、情けをかけてやれるほどスティッキー・スラグの効果時間は長くない。


 弱々しい抵抗を躱し、前足に、顔に、首に、体に、次々に剣を突き立てていく。

 何度目かの攻撃で、遂に奴は動かなくなった。

 「グアアア……」

 恨みの籠ったような低いうなりを残し、奴の身体は消えてしまった。


 戦闘終了。PKK達成。

 そして、ギュンターとイコルをひとまず守りきった。

(つづく)

いつもいつも投稿遅くなりまして申し訳ございません。

次回で本章はラストとなります。

次回は明日10/18(木)を目標にしたいです。

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