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サルベージ・ゲーム  作者: 九木圭人
砂塵の園
43/103

砂塵の園12

 いつもより速いペースで石畳が音を立てる。

 それをバックに、左手が半ば無意識で腰間のものに伸ばしていた。


 「デンチ?どうしたんですか?」

 小走りに追いかけながらのイオの声が背中から追ってくる。

 直感だ。あのブラウトという奴は怪しい――とは、流石に言えない。

 あくまで直感で合理的根拠がない上にそれを立ち止まって説明している時間は恐らく無いだろうということは、先行している三人が図書室の扉の前に差し掛かっている事で嫌でも理解する。


 「……嫌な予感だ」

 とは言え黙って無視する訳にもいかず、俺はそれだけ振り返らずに告げてさらに急ぐ。

 「……ッ!了解!!」

 イオの口調が変わる。

 多分、俺と同じものを見た――さっきまで丸腰だったブラウトが、彼の身長よりも長い棒を脇に抱えているのを。

 恐らくは護身用――とかなんとかあの二人には説明しているだろう。

 だがだとすればおかしい。サーカス団員が凶行に及んだ時に何故装備していなかった?


 「ッ!!」

 俺もほぼ小走りで、扉の向こうに消えた三人を追う。

 冷静になれば、それは証拠でもなんでもない。

 たまたま、なんらかの理由で今まで武装していなかったとも考えられるし、話の流れで彼が万が一に備える必要があると判断したのかもしれない。

 だが、そうした反証を一々吟味している時間は最早ない。


 直感:奴がサーカス団員。


 本当にただの直感だ。

 奴とあのギュンターは恐らく初対面だろう――さっきの会話から考えて。

 それにしてはあまりにも親切に、というか親身に接しすぎている。それこそ、何とかして彼らに近づいておこうとするかのように。


 これはゲームだ。

 そしてゲームの中では、全てのプレーヤーが現実と全く同じ反応を示し思考をするとは限らない――現に俺がそうであるように。

 先程の怒鳴り合い。奴がギュンターの味方をした理由は何だ?エルフ派がどうとか言っていたが、本当にそれだけか?


 標的に取り入って油断させるための方便である可能性は否定できるか?


 経験則=サーカス団員は殺しを楽しむ。

 サーカス団員同士、まるでスポーツのように自分がいかに上手く、綺麗に、確実に相手を仕留めたかを競い合っているような節がある。

 俺の知っているのはあくまで廃人時代の話だが、今でもその姿勢が変わっていないとしたら?

 PK騒ぎに乗じて味方の振りをして近づき、標的の信用を勝ち取って油断させてから確実に――随伴者も諸共――仕留めるというのは?

 恐らくだが、連中のルールでは高得点だろう。


 ここまで全て推測。

 だが、今はそれでいい。


 ここはゲームの中だ。


 ゲームの中では、普段は恥ずかしがっていたり、色々な都合なんかで出来ないような善行をなすこともある。

 だが同時に、普段はとてもできないような蛮行に及ぶのも、またゲームの中だ。

 仮に間違えでも、謝ればそれでいい。

 だが対応が遅れてあのギュンターがビノグラッドに行かないなんて言い出せば、ファントムの手がかりを失う事になる。


 扉に手を掛け、ほとんど体当たりのように押し開ける。

 「あぐっ!!」

 そうして飛び込んだ俺の足下に吹き飛ばされたイコルが転がってきたのは、まさに同時だった。

 状況を確認――というより直感の答え合わせ。

 足下から戻した視線の先=正解。


 「イコル!?何を――ぐああっ!!」

 不意打ち――その典型例のような光景。

 吹き飛ばされ、長いテーブルに叩きつけられて、背中でそれを破壊するギュンター。親切な男の突然の豹変に、彼の正体や目論みに感付いたり、反射的に報復や大切なイコルを守るために割って入るなどといった判断より、ブラウトの棒術の方が遥かに速かった。


 そして俺の存在に気付いたのも、奴よりブラウトの方だった。

 棒から離れた奴の右腕に青白いスパークが迸る。

 「雷よ、我が敵を穿て!エクレール・ラム!!」

 一瞬の詠唱。その短い時間に纏ったスパークが集束し、奴の手の中に形成される電撃の槍。

 そして詠唱の終了と同時にそれが投げられる――勿論、俺に向かって。


 「くぅっ!」

 足下:イコル=倒れていてまだ動けない。

 背後:イオ=俺の影になって確認が遅れ、まだ反応できていない可能性あり。

 出した答え:反射的に一歩前に跳び、同時にシールドを展開。


 躱せばイオかイコルか、或いはその両方に当たる。幸いエネルギーシールドは魔法防御は得意だ。


 「デンチ!?」

 軽い衝撃と共に熔接工場のような閃光が目前に広がり、同時に後ろから驚きの声。

 「イコルを頼む!そいつと下がれ!!」

 振り返らずに叫びながらウォーロードを引き抜き、振りかぶって突撃。その頃には状況を理解したらしいギュンターがレイピアを構えて同様に殺到していた。

 「裏切ったな!」

 「裏切る?」

 冗談でも聞いたように聞き返すブラウト――芝居がかった口ぶり。

 そしてそれに答えたのは口に替わってレイピアの刃だ。


 「おっと」

 「がっ!?」

 対するブラウトは僅かに右に避けただけ。

 しかし同時に右手に持ち替えた棒の、槍で言えば穂先の部分がギュンターの腹にめり込んでいた。

 動きが止まるギュンター。止めは――刺さずに真後ろに達したこちらに反応。


 「おおあっ!」

 「ふんっ!」

 カラッと音を立てる奴の棒とウォーロード。

 同時に体が浮き上がるような衝撃が突き上げてくる。

 「ぐ……っ!?」

 奴の足が、俺の股間から生えている。

 力が抜け、身体が重くなる。

 両方の膝が石に当たり、崩れ落ちたのだと理解する。

 舞うように背中を向けた奴の、斬撃を受け止めた頭上の棒がヘリコプターのように空中で回転してギュンターを再び殴り飛ばすのが、妙にスローに見えた。


 そしてその棒が勢いを失わず、生き物のように飛んでくるのも、また。


 「がっ!!」

 そしてそれが、先程とは逆に俺の頭を打ち砕いた。

 石の冷たい感覚が頬に伝わってくる。


 「……勘がいいね。君」

 奴の声が落ちてきて、自分が俯せに倒れたのだという事をようやく理解した。

 その俯せの頭に別の声が飛んでくる。

 「お、お前……」

 ギュンターだ。

 「お前、よくも!!」

 首を反るようにして見上げると、机の残骸の向こうにブラウトが、恐らく見えない向こうに立ちあがったのだろう声の主と対峙している。


 「裏切った……ねぇ」

 対峙すると言っても、恐らく憤慨して剣を構えているであろうギュンターのそれとは対照的だ。

 静かな声と直立した姿勢。

 俺達を叩き伏せた棒は右手に持ったまま、身長でも測るように体の横に垂直に立てて持っている。


 「正確に言えば騙した、だけどね」

 ああ、そうか。

 やっぱり直感は正しかったか。


 「……」

 声を上げず、クイック枠からグリーンポーションを選択し、マラソンの給水所よろしく手の中に現れたそれを浴びるように口に注ぐ。

 僅かにメンソールの香りがする薄いスポーツドリンク味のそれは、そんな使い方でもちゃんと役目を果たしてくれた。


 静かに、しかしブラウトの背中から目を離さずに起き上がる。

 こいつは強い。

 おそらく相当の――もしかしたら俺と同じかそれ以上の――熟練プレーヤーだ。

 棒は槍やハルバードのような棹状武器の一種だが、それらに比べて威力や衝撃力で劣る反面、回転が速く手数が多いという利点がある。

 使用者は少ないが、こいつのような熟練者の手にかかると厄介な武器であることは現実なら去勢された撲殺死体になっているぐらいやられることで身を以て味わった――ゲームで良かった。


 だが、勝てない相手ではない。


 HPは回復した。状態異常も出ていない。

 当然だが身体に痛みも違和感もない。HPの増減だけで済むのなら恐れることはない。

 ここはゲームの中。現実に出来ない事が出来る。

 だったら、俺もやるだけだ。

(つづく)

またまた投稿遅くなりまして申し訳ございません。

次回は明日投稿の予定です。

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