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サルベージ・ゲーム  作者: 九木圭人
プロローグ
4/103

プロローグ4

 「お待ちしておりました」

 案内された会議室はパーテーションで仕切られた六畳ばかりの空間に白い天板の長机が一つと、それを挟んで向かい合う椅子が四つだけの殺風景な部屋だった。

 その殺風景な空間に、井出父と、初対面となる二人の男性が俺を待っていて、案内してくれた女性社員の後ろから現れた俺に六つの目が集中していた。


 「グンローゲームズの小川と申します」

 「木梨と申します」

 初対面の二人からもらった名刺――株式会社グンローゲームズ 開発企画室室長 小川睦彦(おがわむつひこ)、同じく開発企画室主任 木梨一貴(きなしかずたか)

 それぞれに同じように、名刺を持っていない件を詫びて口頭での自己紹介となったが、どちらも大して問題にはされなかった。


 「こちらの二人が、今回の件に協力してくれることになっています。勿論、表向きは――ね?」

 井出父の補足を受けながら促された席に着くと、向かい合った席に座った木梨さんが全員の手元に冊子を配った。

 「それでは『仮称:ブルーバード』の企画についてご説明いたします。まず、お手元の資料を一枚めくって頂きまして――」

 発覚を避けるためだろう、冊子には明朝体で『仮称:ブルーバード』の文字がでかでかと印刷されている。

 恐らく、新しいゲームの企画の為の資料に偽装しているのだろう。


 それにしても、ブルーバード=青い鳥とは何とも皮肉なネーミングだ。

 青い鳥――そこにいるのに探しに行かなければならないもの。


 「――尚、今回の計画には十川様の支援及び、計画そのもののカモフラージュと新技術の試験を兼ねてPCAI-X010を参加させます。PCAI-X010については資料次のページを――」

 進行役を務める木梨さんの顔をちらりと見る。

 まだ三十代かそこらだろうか、くたびれたワイシャツに無精ひげという出で立ちの割に若々しい声が、ボリュームを落としてPCAI-X010についての説明をしている。


 PCAI-X010――Pseudo Character Artificial Intelligence(疑似人格搭載型人工知能)。すごく簡単に言えば、人のように振る舞う人工知能だそうだ。

 通常の人間と変わらない受け答えが可能で、かつ人工知能としての機能を一切損なわない。SFなんかでよく見る、意思を持ったロボットが一番近いイメージだろうか。


 「――次に作戦の遂行時間ですが、これは十川様にお任せいたします。我々は基本的に立ち入ることが出来ませんが、適宜PCAI-X010より私に連絡が入るようになっております。なので、基本的に捜索は十川様とPCAI-X010の人型インターフェース『イオ』によって行います。また必要に応じて私がイオを介してやり取りする場合もございます。ここまでで何か質問はありますか?」

木梨さんと目が合い、軽く頷いて意思を伝える。


 「それでは最後に十川様。捜索の開始の段取りについてご説明いたします。こちらで調べたところ十川様のセーブデータは現在も弊社サーバ内に存在しておりました。ですので、このデータのステータスをコピーした今回の計画専用のデータをご用意いたします。後でログインIDをお渡しいたしますので、ログイン後はインベントリの一番上に表示される『アイテム1』というアイテムを“向こう”でイオに見せてください。それで開始となります。初回は私もイオからの中継を確認しておりますので、明日以降でご都合のよろしいお時間はございますか?」

 バイト先がなくなり、大学も夏休みに入った今、特に時間的拘束は発生しない。

 「いつでも大丈夫です」

 「畏まりました。では明日の12時開始でも?」

 「はい。では12時にログインいたします」

 俺達の話がまとまった所で木梨さんはもう一度全員を見渡した。

 「では、このプランで開始いたしましょう」

 彼のその言葉を合図にしたように、今度は井出父が立ち上がり、俺たち全員を一瞥する。


 「この度は皆様に多大なるご迷惑をおかけし、大変申し訳ございません。ご協力に心から感謝いたします」

 深々と頭を下げた彼に、それを受けた俺と小川さんも立ち上がる。

 「ま、ま、よしてください。今回の一件は何も特別な事ではないのですよ。ご子息を無事にお返しする事は、このゲームを生み出してしまった我々の責任でもあります」

 小川さんは恐縮しきった様子でそうフォローする。

 エーアイピーとグンローゲームズの関係を考えれば、恐らく自分の上司が土下座しているような感覚かそれ以上の居たたまれなさだろうか。


 結局、会議はそこでお開きとなり、別件でのミーティングを控えているという小川さんと井出父とは会議室で別れ、木梨さんがエレベーターホールまで送ってくれることとなった。


 「今回の件は、業界全体の抱えている問題でもあるのです」

 逆三角形のボタンを押してから彼はぽつりと呟いた。

 「業界の問題……ですか?」

 聞き返した俺に、彼はええ。と答えて言葉を続ける。

 「我々はユーザーの皆様に楽しんでいただけるようなゲームを作らなければなりませんが、楽しいゲームを作ろうとした結果、家族を引き裂いてしまった。技術者の私が言うのもおかしな話ですが、技術力がありすぎるが故の皮肉ですね」

 一瞬、彼の表情がひどく悲しいような、怒っているような奇妙なものに見えた。

 だがそれを確かめるより早く、エレベーターがピンと音を立てた。


 「ああっ、急に湿っぽい話を失礼いたしました。では気を付けてお帰り下さい。明日から宜しくお願い致します」

 エレベーターに乗りかけて1階のボタンを押してくれた後、彼は閉まるドアの向こうからそう言って俺を送り出してくれた。




 「私は今回の作戦をバックアップします、PCAI-X010です。『イオ』とお呼びください」

 そして翌日、つまり今日。俺は予定通りにログインし、イオと合流した。

 「よろしくお願いします。NF-404さん」

 イオはそう言って、色白な手を差し出してきた。


 「あ、ああ。よろしくお願いします」

 その握手に応じる。手の感触はこのゲームにおける人間のそれと大して変わらない。

 彼女の顔をもう一度見る。PCAI――意思を持ったロボット。しかしその姿は、ごく普通の――つまり、この世界でのごく普通のなのだが――少女のような容姿だ。


 そしてその顔の左に、小さなウィンドウが空中浮遊した状態で出現した。

 「お疲れ様です。十川様。イオとは合流できたようですね」

 グレー一色の背景に白いSOUND ONLYの文字。そのウィンドウから木梨さんの声が聞こえてくる。


 「お疲れ様です。無事合流できました」

 「了解しました。では、これから宜しくお願いします。作戦の詳細はイオに入力……あ、いや失礼、教えてありますので、分からない事は彼女に尋ねてください。勿論、彼女に分からない事であれば、アイテム1を選んで使用を選択すれば私のパソコンに直接メッセージを投げて頂くことも可能です。今後私どもが直接接触することは難しいですが、その子、イオは十分にサポート要員として機能するはずです。では、よろしくお願いします」


 通話が途切れ、ウィンドウが消滅する。

 入力を教えると言い換えたり、目の前の人工知能をその子、と表現するなどはイオのキャラクター性を守るためだったのだろうか。


 「あの、NF-404さん。早速で恐縮なのですが、一つお願いをよろしいですか?」

 そんな事を頭の片隅で考えていると、件の彼女が申し出てきた。

 「はい。何でしょう?」

 「今回の井出健人氏の捜索は、私、PCAI-X010の試験運用を兼ねています。そのため、より実際に想定されている用途に近い形での運用をお願いしたいのですが、よろしいですか?」

 実際に想定される運用?そう言えば、彼女が作られた理由は良く分からない。

 実際に想定される運用という事は、そのうちこのゲームにNPCとして彼女が登場するという事だろうか。


 分からないでいる俺に、彼女は説明を続ける。

 「私のようなPCAIを、将来的には弊社からリリースされるタイトルのNPCに使用する構想が存在します。そして、中でも私はプレーヤー随伴型インターフェースとして設計されています。なので、今後私には現実世界での友人、知人のように接して頂きたいのです。よろしいですか?」

 よろしいですかと言われてもなぁ……。

 正直女友達なんて今までの人生で一人もいなかったので、どう接していいか分からない。


 「うーん……、具体的にどうすれば?」

 友人としての付き合い方を友人でもない――そもそも人間ですらない相手に――尋ねるというのも何とも情けない話だが、まあ分からないものは仕方ない。

 「えっと……」

 俺のその情けない問いに、彼女は小さな顎に手を当てて少し考える。

 ――どうしよう。普通に恥ずかしい。

 その情けなさからくる恥ずかしさは、彼女が答えを用意してくれるまでの数秒間続いた。


 「そうですね、ではまずため口で接してください。友達が分かりにくければ、部下でも後輩でもなんでもいいのです。ただ機械ではなく、人間であると考えて接してください」

 成程、そういうことなら出来る。

 「分かりまし――」

 早速間違えそうになった。小さく咳払いしてもう一度仕切り直し。

 「分かった。これでいい?」

 「はい!よろしくお願いします!」

 俺の訂正に彼女はにっこり笑ってそう言ってくれた。

(つづく)

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