砂塵の園6
正直な所、あまりいい思い出の無い所だ。
「ビノグラット……」
その地名をもう一度呟いた俺を尻目に、イオが口を挟む。
「ビノグラットには、イコルさんも一緒に?」
「ええ。私が、彼にお願いしたんです」
AI同士の会話にギュンターが照れ笑いを浮かべながら頷く。
「一体どういう理由で?」
ビノグラットは確かにエルフの居住エリアではある。だが、もしあそこを抜けて暮らせるのなら戻りたくないと考えてもおかしくない場所だ。
「彼女は、あそこに弟を残してきてるんス。んで、何とかしてその弟君を安全な所に連れ出したいって」
ギュンターが照れながら答え、イコルもまたはにかみながら付け加える。
「こんな見ず知らずの私の為に親身になってくれて、本当に感謝しています」
それを聞いてまた照れ笑いを浮かべながら、「気にしないでくれよ」と謙遜するギュンター。
成程、そういう設定か。
正直、俺がエルフならそうでもなければ折角抜け出せたビノグラットなんかに戻りたいなんて思わないだろう。
勿論、俺が良い思い出がないからそう思うというのもあるのだろうが、そもそもビノグラットがPK天国になった理由は、ある意味でエルフにある。
ビノグラット――元々はこの国と地続きの小国だったウルカン公国の首都だったこの町は、公国の崩壊に伴いコローボス王国に併合された歴史を持つ。
そしてその崩壊の原因となる人口爆発による経済破綻と食糧危機をもたらしたのは、当時の公国政府が積極的に受け入れていた難民化したエルフにある――反エルフか親エルフかは別に、事実として。
勿論、それを受け入れ続けたのは公国政府であるのもまた事実なのだが、当のウルカン国民からすればエルフはよそ様の国に土足で踏み入り、自分たちの国と生活を奪ったよそ者という事になる。
そしてその結果が、ビノグラット市内を中心に続いているウルカン人至上主義政党とエルフたちによるレジスタンスの終わらない内戦だ。
そしてプレーヤーもどちらかの勢力に所属し、戦いに参加する事も出来る。
これがPK天国になる理由だ。
どちらかに所属して戦い、所属陣営を勝利させることで得られる報酬は中々レアなものが多い。
またそれだけでなく、この微妙なテーマは現実の政治思想やら個人の信条やらなんやらを持ち込む連中の格好の標的となり、そういう連中がせっせと殺し合いに精を出すようになった場所だ。
この戦いの一番リアルな所は自分の欲望の為に首突っ込んだ下っ端が一番積極的にドンパチする所――現役時代に聞いた皮肉を思い出す。
「……それで、あなた達はレジスタンスに加わるつもりですか?」
イオが問いかけると二人は顔を見合わせて小さく首を振った。
「いや、俺達はそんなつもりはないッス。ただ彼女の弟君を探し出すだけで」
「私には弟以外に家族がおりませんし、これからあそこで暮らしていくのは……、だから弟を連れて町を出ようと思います」
それぞれが答えた後、ギュンターがもう一つ――頭の後ろに手をやり照れ隠しのように――付け足す。
「……あとは、そのファントムって人がどういう理由か武器を配っているって聞いて、それならもしかしたら俺も……ってのも、あるんスけどね」
聞いた。彼はそう言った。
「聞いた……ですか?」
イオもそれに食いついた。当然、俺も。
「それはいつ誰にです?」
前後から食いつかれて驚いたようだったが、それでも少し考えてから答えてくれた。
「えっと確か、何日か前っス。俺とは別のギュンターって人がそう言われたってスカーフェロー……だったかな、で言われて」
スカーフェロー。いまクオが向かっている町。
確かスカーフェローにはファントムが出現したという情報もあった。やはりこの辺を中心に活動しているのだろうか。
――まあ、この辺はクオの報告を待つしかないだろう。
「その人は怪しいから断ったって言っていましたけど、まあ俺はどの道ビノグラットに行くしダメもとで……って感じで」
「そのギュンターという人はどんな感じだったか分かりますか?」
「どうって言われても……銀髪の魔法使いで、身長は俺よりちょっとデカイ程度で……、あっ、イコルが覚えているッスよ。なあ?」
「はい。こんな人です」
これまで何度もやってきたウィンドウの表示を、今度は向こうにされる。
映し出される銀髪ロン毛の優男――顔も装備も井出とは似ても似つかない。
「お探しの方は、この方でしたか?」
イコルの問いに俺は首を横に振る。
「そうですか……、残念ながら、私達はこの人の他には見かけていません」
「わかりました。ありがとうございます……ところで、もしよければ我々も一緒にビノグラットに行ってもいいですか?」
咄嗟に口に出た。
言いながら葛藤。本当はあまり行きたくないが仕事だ。仕方がない。
「一緒にッスか?」
「はい。我々の探している相手もそこにいるかもしれませんし、正直な所あそこは危ない。お互いに協力できればと思ったのですが……いかがでしょう?」
自分がここまで舌が回るとは思わなかった。
そしてその意外な一面は、しっかりと効力を発揮してくれた。
「そう言ってもらえるなら自分らも助かるッス!よろしくお願いします!」
ついさっきまで武器を向けてきたとは思えないほど早い同盟締結。
「こちらこそお願いします」
「お願いします」
俺とイオも返事を返す。
取りあえずこれで、ファントム探しの方は光が見えてきたかもしれない。
「あ、そうでした。デンチ、いいですか?」
話が一段落ついたところでイオが俺の方に戻ってきて切り出す。
そう言えばさっき何かを報告しようとしてくれていたっけ。
「ああ、ごめん。さっきの話?」
頷いてから、ギュンターとイコルの注意が逸れている事を確かめると、俺に耳を貸すようジェスチャーを送ってくる。
従って少しひざを折り、彼女の高さに合わせると、耳元に小さく囁いた。
「先程の中庭での聞き込みですが、やはり空振りでした――」
正直、耳にかかるほのかに温かい吐息の――嫌いではない――くすぐったさの方に意識がいってしまう。
まあ、空振りならそれでいいか。そう頭の中の多分快楽を司る部分が判断しようとした瞬間、その温かい吐息そのものがそれを否定する言葉を続けた。
「そのときに聞いた噂ですが、この神殿に『インペリアルサーカス』の構成員が潜伏している可能性があるとの事です。この組織について何かご存知ですか?」
温かさから緊張感に、一気に脳がシフトする。
「ああ……知ってる」
インペリアルサーカス――PKを専門に行う老舗クラン。厄介な人狩り集団が、脱出不能のこの建物の中にいる。
(つづく)
今回は少し短め。
それでは、また明日。




