イオとクオ16
「勝った……」
口を突く。
自分自身が陽炎となった奴。膝をつき、ツヴァイヘンダーを手放した右腕を手に突き上げる。
「ウオアアアア……ッ」
叫び声が、最早消滅した奴がいた空間に木霊した。
「デンチ!」
「デンチ!大丈夫ですか!?」
クオとイオがそれぞれ叫びながらこちらに駆け寄ってくる。
「あ、ああ……大丈夫――おっ?」
奴の足下だった場所に落ちているアイテム。というより奴の着ていた鎧の一部――だろうか?
複雑な幾何学模様の刻まれた、A4ぐらいの大きさの金属の板を拾い上げると、ウィンドウが開いてそれが何なのか説明してくれる。
≪徘徊者のコア を入手しました≫
「徘徊者のコア……?」
名前からして恐らくあれを動かしていたパーツなのだろうが、具体的な使い道はよくわからない。
インベントリを呼び出して調べようとしても、特に何に使える訳でもないらしい。
となると撃破した証として持っていろ、という記念品アイテムだろうか。
「ああ、コアが出ましたか」
拾ったそれを持て余しているのに気付いたか、クオが声をかけてきた。
「何に使うんだ?これ」
「主に換金用ですね。高値で売れます。と言っても一個目は売らないでとっておくという方もいらっしゃるようですね」
成程、そういう代物なのか。
なら機会があれば売ってしまおうか。今回の戦いで身代わりの腕輪を失ってしまった。
あれは手に入る場所も限られている上に、そもそも高い。効果が効果なので多少高くついても買う価値はあるのだが、それには当然先立つものがいる。
もしこの先、身代わりの腕輪を売っている場所に行くことがあれば、これを売ってその下取りにでもしよう。
「よし、ならどっかでこれに助けてもらおう」
そう答えてインベントリを閉じると、その向こうにいたイオと目があった。
「お疲れ様でした、デンチ」
ほっと安堵したような表情。
イオのそれを見た俺も、きっと同じような顔をしているのだろう――そう思える溜息がいつの間にか漏れた。
「ああ、お疲れ様。イオ。それにクオも」
改めて二人の顔を見る。
即席チームではあったが、なんとか度重なる不運も乗り越えられた。
そんな頼もしいAI二人はお互いを見て、それから俺を見てにっこりと笑った。鏡写しのように俺も。
「危なかったな」
「ええ。危ない所でした」
笑いながら、俺達はそんな風に言葉を交わす。
そう危なかった。危なかったのだ。でも、もう今はそうじゃない。
そんな思いが、俺達の口を軽くしているようだった。
「しかし、一体なぜあんなものが……。あんな徘徊者はデータにありませんでした」
そんな中で、クオが不思議そうに声を上げる。
確かに、今回は何とかなったものの、本来設定されている以上の敵が出現するというのはおかしな話だ。
イオも相方のその呟きに反応した。
「確かに、おかしな話です。あのタイプはまだ実装前だった筈ですが……」
俺としては――そしてどうやら言われたクオの方も――徘徊者云々よりそっちの方が衝撃的だった。
実装前の敵。なんでそんなものがここに出現する?
というか何でイオはそんな情報を持っている?
「え、それって……?」
そんな疑問が頭の中を渦巻き、纏まらずに切っ掛けだけを口から出す。
有難い事にイオもその事を理解してくれたようだ。
「あれは殺戮者と仮称されている徘徊者の上位種です。次回のアップデートでの実装が予定されていましたが、まだどのダンジョンにも配置されていない筈です」
「つまり……その……どういう……?」
聞き返しながらなんとなく何が起きているのかは理解している。
返ってきた答えがそれを証明していた。
「恐らく何らかの間違いで、ここにいない筈のモンスターが出現してしまったという事です。すぐに木梨に確認いたします」
「あ、ああ。頼む」
そういう事だ。
バグなのか、或いは――ないとは思うが――何者かが外部から手を入れているのか。
「……とにかく、これで戦闘終了だ。鐘楼へ行こう」
頭の中に浮かんだ馬鹿げた妄想を含む疑問を一度棚上げすると、俺達は広くなった礼拝堂の奥へ進んだ。
一番奥にある細い通路を抜けて外へ。
久しぶりに触れた気がする外気が頬を撫でる――つい数分前なのが嘘のような感覚。
目の前に立っている石造りの細長い塔が件の鐘楼だ。
「ここですね」
「ああ」
もう一度気を引き締める。
この先にファントムがいる。俺とイオをケーニスで見かけたかもしれないファントムが、今回の事件のカギを握るかもしれないファントムが。
「……行こう」
二人に――誰より自分に――そう言い聞かせて足を進める。
歩きながら、手は腰に納めた剣に伸びている。もしだ、もし万が一相手が友好的でなければ、またこれの出番になる。
「ええ……」
答えながら肩を並べるイオ。恐らく彼女も同じことを考えているのだろうという事は、その硬い声と何より同じく腰に伸ばした手で分かった。
鐘楼一階。奴がいるそこの扉を開ける。
しんと静まり返った石造りの空間。ファントム――というより人影はない。
「……いませんね」
「少し待ってみようか」
そう言って中に入りながら辺りに目をやる。
それなりに広い一階部分。多くのプレーヤーが同時に入り込む可能性があるセーフエリアは広く作る必要があるのだろう。
「私上を見てきます」
「私は外で監視を」
イオとクオはそれぞれそう言いうと、言葉通りの行動を始める。
俺はといえばそのセーフエリアの外に通じる二つの扉の真ん中に当たる場所で、背中を壁につけて待つことになった。
ファントム。いったい何者なのか。
一体何の意図があってギュンターに武器をばらまいているのか。
ここに奴が来て、それを聞き出すことはできるのか。
多くの謎が頭の中を回り、それが生み出した漠然とした不安が胸の中に込み上げてくる。
――入ってきたのとは別の扉が開いたのは、まさしくその瞬間だった。
「ッ!!」
扉の開く音がいやに大きく聞こえて、びくりとそちらを見る。
入ってきたのは情報にあったファントムとは似ても似つかぬ男――頭上の表示は『あらたく』氏。
ファントムのローブと鉄仮面の代わりに、レザーアーマーと魔法使いの帽子、背中には大きなウォーハンマーという出で立ち。
「えーっと、あなたが『NF-404』さん?」
「……そうですが」
その『あらたく』氏は俺を見つけ、それが目当ての人物だと知ると親しみやすそうな笑顔を浮かべてこちらに歩み寄ってきた。
「あなたの知り合いだっていう『ファントム』って人から伝言がありますんで」
がんと頭を殴られたような衝撃。
俺の反応など知らぬといった様子でウィンドウを開いて伝言を表示する『あらたく』氏。
≪お疲れ様。悪いが先に行く≫
更に衝撃。
心臓がビクンと痙攣したような感覚。
「伝わったかい?じゃあ俺はこれで」
「あ、ああ……。どうも……」
今来た方に去っていく『あらたく』氏。
はっと気づいて慌てて声をかける。
「あの!」
「はい?まだ何か?」
「これを託したファントムってのは、どんな奴でした?」
俺の様子からただならぬ事を感じたか、顔だけで振り向いていた『あらたく』氏は体ごとこちらに向け、顎に手を当てて記憶を掘り起こし始めた。
「うーん……ローブと鉄仮面で顔は見てないな。俺もさっきキーロのギルドで依頼されたばっかりだから、詳しい事は何も」
「そう……ですか……」
キーロはここからもっと西に行った町だ。ケーニスから一切寄り道せずに馬車やなんかで飛ばしたとすれば間に合わない訳ではない。
「……他に何か?」
「いえ……。ありがとうございました」
つまり、ケーニスから奴はこちらの動きを読んでいたということだ。
もっと言うと、ケーニスに奴はいたのだ。
再び誰もいなくなったセーフエリア。ただ謎と寒気だけが残っていた。
(つづく)
今回でイオとクオは完結。
次回から新章入ります。
それでは、また明日。




