イオとクオ15
≪クオ のスキル サーチ が発動しました≫
ウィンドウが流れていく。
相手の指定した相手のパラメーターを表示させるスキルだ。
そしてその表示を見たか見ないかの内に斬りかかるイオ。
先程同様小回りの利かない右側から突っ込むが、流石に敵も好きにやらせてはくれない。
イオの方に向き直りながら小さく跳び下がると、斬撃ではなく柄をそのまま真下に振り下ろしてけん制し、それによって一瞬動きが止まったイオを蹴りはがす。
ダメージは小さそうだが、あれでは簡単には近寄れない。
「対象ステータスに該当データなし」
その状況に聞き流してしまいそうだったが、サーチを行ったクオの一言は随分ととんでもないものだった。
「……何だって?」
「奴のパラメーターが設定上の徘徊者のそれの上限を上回っています。原因は不明ですが、もはや上位互換種と呼んだ方が適切な差です」
どういう事だ?
バグ?何らかのチート対策?そのどちらも心当たりはない。
「理由は?」
「分かりません。運営側に確認が必要――」
「危ない!二人とも!」
イオの叫びが、突っ込んでくる巨体を示していた。
俺もクオもギリギリまで引き付けそれぞれ左右に飛び退くと、紙一重で奴の剣が衝立のように俺達二人の間に割って入ってくる。
「詳しくは後で!」
「そうしてくれ!」
お互いに叫び、それぞれの得物を構える。
奴が踏み込んだ足を戻し一時停止――恐らく一瞬の思考。
矢を弾き落とし、巨大な風車のような斬撃でクオを追い払うと振り向いてこちらへ前進――選ばれたのは俺。
「来るか……」
再び中段のように構えを取り、こちらもじりじりと間合いを詰めていく。
奴の構えは相変わらず中段に突きだしてくる左と、上段に振り上げられた右。不用意に飛び込めば振り下ろすだけの右に斬られる。かと言って下がり続けてもリーチのある相手の方が有利なのは確実。
――なら、その前提からまずは崩す。
滑るように近づいてくる奴と、ジリジリとそれに応じて前に出る俺。奴が動けば俺も動き、奴が前に出れば俺も同じだけ前に出る。
当然、少しずつ間合いは狭まってくる。そしてこれも当然だが、お互いの得物が届かない距離からお互いに接近し合っていった場合、先に自分の間合いが来るのはリーチに優れる側=この場合は奴だ。
――そこで先に振らせる。
俺の考え:奴の構えは確実に防御を固めてはいるが、その実あけすけな攻撃の意思を見せている。
つまり、間合いに入った瞬間に、あのツヴァイヘンダーを振り下ろしてくるという極めてシンプルだが強力な攻撃。
左手のロングソードを防御と迎撃に専念させることで相手をけん制し、それに堪えられなくなって飛び込んでくるか、或いは押し込まれて逃げ腰になったかで反撃か先制かを決める戦法だ――俺の考える限りは。
「……ッ」
更に間合いが詰まる。もう間もなく奴のツヴァイヘンダーが届く。
そしてそこで先に振らせてそれを躱せれば、そもそもの前提条件を崩せる。長大な反面重いツヴァイヘンダーは、空振りしたからといって即座に次の攻撃――とはいかない。
つまり最初の一撃を誘っておいて躱す事さえ出来れば、その瞬間から奴の右半身は完全にがら空きという訳だ。
互いに更に一歩。完全にツヴァイヘンダーの間合い。
だが――こない。
奴は例の構えを取ったまま、更に小さく一歩。
同じくこちらも進む――なら、恐怖するまで、武器を振らないではいられない距離まで踏み込んでやる。
その思いが次の一歩をゆっくりと進ませ始めた瞬間、奴が動いた――ただし左が。
「なっ!?」
それは全く予想外の行動だった。
或いは、初めから――戦闘開始時からこれを狙って右でだけ攻撃してきたのかとすら、ほんの一瞬の間に疑うぐらいに意外な行動だった。
奴のロングソードが、小さく突くようにこちらに伸び、ウォーロードの切先を上から抑え込んだ。
捕まった――ぐんと重くなる得物にそれを理解した瞬間、頭のてっぺんから股間にかけて、巨大な刃が俺の中を通り抜けて行った。
「「デンチッ!?」」
二人の声。そして力の抜ける感覚=これまで何度か味わったそれ。
俺は死んだ。殺された。
奴に、負けた。
がくりと膝が地面につき、次の瞬間その腹を思い切り蹴り飛ばされて吹き飛ぶ――もう何の感触も衝撃もない。
ゴロゴロと床を転がり、そして仰向けで止まる。
ほぼ満タンからの一撃死。凄まじい威力。
パチン!と遠ざかっていく周囲の音――イオとクオの声や奴がまだ残っていたベンチを木片に変えていく音に混じって一際大きく響く。
その音を合図にしたかのように、俺は起き上がる。
俺の周りには眩い光が輪となって現れ、足元から湧き上がるそれの真ん中に俺は再度立つ。
≪身代わりの腕輪 を使用しました。身代わりの腕輪 を失いました≫
ウィンドウの向こうに真っ二つに割れて転がっているそれ――俺の命の代わり。
ケーニスから腕輪をそのままにしておいてよかった。
「デンチ!」
次のターゲットに設定されたイオがぎりぎりで斬撃を躱し、クオが尻から叩きつけることで自分の方を向かせる。
その隙をついてイオがこちらへ――連係プレーの安否確認。
「デンチ、無事ですか!?」
「ああ、なんとかな……」
答えながらちょこまかと逃げ回っているクオの方に目をやる。
素晴らしいまでの身軽さを披露している彼女も、じりじりと壁際に追いやられているのは事実だ。
――どうする?
身代わりが消えたことで思い出した腕輪の装備。そしてそのままという事は、あれが使える――そう思ってアイコンに一度だけ目をやると、予想通り徘徊者の上限越えは十分にアイコンを使用可能表示にするだけのものだった。
――どうする?迷っている時間はあまりない。
俺は奴に一撃でやられた。
HP満タンからの一撃で死亡=現時点で多少の防御は無意味。
あれを使った場合のデメリット=現状と大して変わらない。
なら、残るはメリットだけだ。
「……イオ」
「はい?」
最後の確認。
正解なら最後の一押しもかかる。
「蘇生魔法は使えるか?」
「はい。MPも十分です!」
一押し完了。
≪NF-404のアイテムスキルが発動しました≫
左手に生じた光が、触れた剣の方へ移っていく。
「デンチ、まさか……」
「もし死んだら頼む」
それだけ言い残して今まさにクオに斬りかかっている奴の背後に突進する。
飛び出してすぐ――まだ気付いていない。
俺は剣を右肩に担いで更に駆け寄る――まだ気付かない。
そしてそれとは反対に気付いているクオは、出来るだけ相手を自分に釘付けにしようとわざと間合いに飛び込んでから転がるように脱出していく。
更に一歩――まだ、まだもう少し。
更に一歩――そこで奴が動いた。
ほぼノールック。振り上げられていたツヴァイヘンダーを地面すれすれに回転させての切り上げが、俺の鼻の少し先を掠めていく=気付かれていた。
「くぅ……ッ」
危うく踏みとどまり、紙一重で二度目の死を避けたが、その時には既に俺の真左に奴はすっ飛んでいた。
後を追うと、丁度あの構えをとった直後。間合いは奴のそれ。
――ここでしかない。
奴が完全に構えを取る。左のロングソードが前に突きだされ、右のツヴァイヘンダーはまさしく振り下ろさんとしている。
その真ん中に、俺は一気に飛び込んだ。もし止まっていたら腰だめに構えた愛剣をもう一度掴まれるかもしれない――その前にまた真っ二つかもしれないが。
そんな考えがその行動に出させたのか、俺の狙いは左右どちらでもない。
奴の真ん中。つまりは胴体そのものだ。
「おあああっ!!」
叫びながら体ごとぶつかっていく。
ツヴァイヘンダーは近すぎる。
ロングソードは左にある関係で胴体への突きには対処不可能。
結果:妙な手応えと、咆哮と共にのけ反る奴。
最早その鎧は裸と同然だ。俺がそうであるように。
崩れかける奴――幸い徘徊者のHPは救済措置なのか他のスペックの割に低い。これまでの攻撃でHPを半分に出来たという事は、恐らくあと一発か二発叩き込めば終わりだ。
――HPゲージがどれだけ徘徊者の上限を超えているのかは分からないが、それだって倒せないという事はないだろう。
のけ反りから立ち直ろうとした奴に更に追撃を試みるが、踏込みのそれより大きく奴は後ろに下がると、再度その体を包み込むように陽炎が生まれる。
――シールドはまだ回復していない。跳び下がるには既に前に踏み出してしまっている。
奴を中心に陽炎が収縮し、そして爆発――の直前にそれは止まった。
「フラッシュ!!」
「アアッ!?」
背後から漏れる光。
まともに覗き込んでしまったのだろう奴は、びくりと首をすくめ動きを止めた。
それはほんの一瞬で、しかし白兵戦においては永遠に近い時間だ。
「デンチ!今です!!」
イオの叫びが届くと同時に、もう一度手応えが返ってきた。
そして奴の陽炎は消えた。天に手を突き上げた奴と共に。
(つづく)
またまた遅くなりまして申し訳ございません。
周囲を巻き込む爆発的な攻撃を見るととりあえずアサルトアーマーと呼んじゃう人僕と握手!
それではまた明日。




