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サルベージ・ゲーム  作者: 九木圭人
プロローグ
3/103

プロローグ3

 「どうして、どうして……」

 へたりと椅子に座り込んでしまったその姿は、もし可能なら病室から飛び出して忘れてしまいたいと思う程に悲しいものだった。


 何と悲しい皮肉だろう。自分の夫の会社が作り出した商品が、自分の息子を捕えている。


 そしてその製品を作り出した会社に勤める夫が、さらに詳細を教えてくれる。

 「先日ゲームマネージャーを呼び出して確認したところ、レギュレーション、MASガバナー、アサルトパッケージが全て最新のバージョンにされていました。そして、更新日時は全て最新バージョンの配布当日でした」

 その説明を受けてちらりと井出母の方を見るが、意味が分かっていないのか、或いはもう聞こえていないのか、一切反応がない。


 それでいい。知らない方がいいんだ。こんなこと。


 ゲームのレギュレーションも、MAS――Man-Avatar-Synchroガバナー=自分の意思とゲーム内のアバターの感覚的、時間的ラグを発生させずに操作する機能――も、アサルトパッケージ=ゲーム内の戦闘技術をまとめたシステムも、全て一度ログアウトして、物理コントローラー=所謂ゲーム機のコントローラーを使用してダウンロードしなければならない。


 つまり、一度現実世界に帰ってきても、両親より仮想世界を選んだという事だ。


 「……それで、本題なのですが」

 沈黙が支配した病室に、井出父の声が妙に響いた。

 彼は俺に椅子をすすめながら、今日俺を呼びだした理由を切り出した。

 「あなたはかつて、息子が没入してしまっているゲーム、エバークロニクルオンラインの優秀なプレーヤーだったと伺っています」

 「ええ。そうです」

 優秀なプレーヤーだった。確かにそうだ。

 優秀な――その実態は貴方の息子と大して変わらないのだけど、とは付け加えなかった。


 「これからお話しすることは全て御内密にして頂きたいのですが――」

 井出父はそう念を押し、俺がそれを承諾すると話を続けた。


 「その腕前を見込んでお願いします。どうか、ゲーム内に潜入し、息子を連れ戻してきてください!」


 一瞬、意味が分からなかった。

 だが、頭の中で言葉が繋がった後には、ごく単純なその可能性について、何故考えなかったのかとさえ思うものだった。

 俺が呼ばれたのは、井出を引き戻すためだったのだ。

 だがその意味を理解すると同時に、ごく単純なそれが遠回りな方法であるとも気付いた。


 「私がゲーム内で彼を説得する……という事ですか?」

 「勿論そうして頂けるのが望ましいですが、もしそれが出来ない場合は、ゲーム内で息子を発見し、撃破して頂きたいのです。勿論、相応の謝礼はお支払いいたします」

 息子を発見し撃破せよ。再び意味が分からなくなった。

 その上それを受けた場合には相応の謝礼――つまり報酬まで払うと言っている。まるで傭兵か殺し屋だ。


 だがそれすらも遠まわしな方法なのだ。彼の立場からすれば。


 「そんな事しないでも、運営会社に説明してアカウントを停止させればいいのでは?」

 そう、彼はエーアイピーシステムズの社員であり、エバークロニクルオンラインはヴァルター2000用のソフトとして新興サードパーティーのグンローゲームズがリリースした初めてのタイトルだったはずだ。

 俺の記憶が正しければ、まだまだ今より小さい会社だったグンローゲームズの高い技術力に目を付けたエーアイピー側が開発資金を援助する形で作られたゲームだった。


 つまり、エーアイピー側でグンローの運営部門に話をつけることだってできない事はない筈だ。


 「それに、自分はあくまでただのプレーヤーです。保健所とか警察とかでも、最近は対応して――」

 そう付け加えたところで、俺はそれが失言であったことに気付いたが、後の祭りだ。

 井出母の、この病室を真空にするほどに大きい息をのむ音が聞こえてきた。


 「けっ、警察!?そんな、そんな事は……っ!息子を警察になんて――」

 「落ち着きなさい」

 井出父が発狂したようにまくしたてる妻を押さえる。

 勿論警察といっても、事件として突きだす訳ではない。今や社会問題となりつつあるVR廃人の対応に警察の地域安全やら少年犯罪やらを担当する部署が当たるケースもあるらしい。

 「いや、そういう訳にはいかないのです」

 何とか落ち着きを取り戻した妻を椅子に座らせると、やつれたような表情で井出父は振り返りため息交じりにそう言った。

 「もしそんな事になれば、どこからか情報が漏れるか分かりません。現在VRゲームの審査や実態調査を行う業界団体VRCEOが活動していて、運営部門への対応を依頼するのは会社としてはあまり乗り気ではないのです」

 VRCEO=VRコンテンツ倫理機構の名前は何度か聞いたことがあった。恐らくそうした正規のルートで対応すれば、そうした記録を残してしまうのだろう。


 井出父は話を続ける。

 「実は今、一部の市民団体、それを支持母体に持つ政治家などが声を上げ、VRゲーム規制法案を国会に提出しようとする動きがあります。もし警察や保健所に持ち込めば公になってしまうでしょうし、会社に正直に報告して組織ぐるみで動けばVRCEOへの報告義務が発生します。あそこは毎年報告事例を公表していますから、世間の風当たりが強くなることは私自身したくありません。それに正直、あそこからの週刊誌へのタレこみ等の可能性がゼロでない以上、関係する人間は限りなく少なくしたい。となれば、グンロー内での非公式な協力を取り付け、息子が撃破されて本セーブ地点に戻った所でアカウントを特定し、それを凍結するという方法が確実だと考えます」


 オンラインゲームとしては非常に珍しいが、エバークロニクルオンラインのシステムでは、ゲームを中断する場合に作成するセーブデータの他にクイックセーブのデータを別に作ることになる。

 本セーブというのは前者で、ゲーム内の都市や特定の施設でのみ行え、ゲーム中に倒れた場合のリスポーン地点は最後に本セーブを行った場所になる。このセーブデータは運営側のサーバで管理されている。

 これに対しクイックセーブはどこでも行う事が出来る反面、リスポーン地点としては機能せず、あくまでゲームを中断するための機能で、主にダンジョン探索中などに使用する。

 こちらのデータは各ゲーム機内に記録されている。


 そして違法改造対策として、運営側は正規品によるセーブデータに秘密のコードを使用しており、本セーブをする毎にそのコードを確認し、確認できない場合は違法なデータとして自動的にアカウントが凍結される仕組みになっている。


 改造機を使っている以上、井出が本セーブ地点に戻れば、改造機であることが運営にばれる。つまり、一度井出を撃破すれば、後は不正を行ったユーザーとして自動的に――その詳細を知られずに処理されるという事だ。


 つまり俺の仕事は、その最後の力ずくの部分だ。


 「……」

 もう一度井出夫妻をそれぞれ見比べる。

 それから病室を、井出本人を、そしてまた夫妻を。


 「……分かりました。私に出来る事なら」

 結局俺はその話を受けることになった。

 改造された井出のヴァルター2000、バッテリーに繋いだままここに搬送したという事は、恐らくUPSやプレーヤー保護用の自動ログアウト機能にも手を付けている可能性が高い。緊急時予備電源が機能しない以上、ログインしたまま無理やり電源を落とせば脳に障害が残る危険がある。


 つまり、すべての条件を満たす解決法は井出父の言う方法しかない。

 そしてそれが出来るのは、現在俺しかいない。


 それから、井出父の動きは早かった。

 句読点代わりに「ありがとう」と頭を下げながら何度も礼を述べ、感謝の言葉辞典のようなその状態で今後の事を説明してくれる。


 その翌日、俺はその説明にあったグンローゲームズ本社を訪れた。

(つづく)

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