イオとクオ14
奴が俺を振り払い、ロングソードを再びだらりと垂らす。
同時に真一文字に振り抜いたツヴァイヘンダーを引き戻す。
――ここまで奴は、ツヴァイヘンダーでしか攻撃をしていない。ロングソードは防御のみ、或いは一度だけ出してきた――奴の基準でだが――ごく至近距離での反撃だけ。
そしてその攻撃も、ジャンプして飛び込んでくるあれを除けば、振り下ろすか、大きく左にテイクバックしての横薙ぎだけ。
常にその2パターン。連続攻撃やフェイントの類はない。
――なら、攻め方はある。
「アアアッ!」
叫び声と共に再度振り下ろされるツヴァイヘンダーを後退して躱す。
奴は床を叩いたそれを引き戻し、その動きと合わせるようにベンチの残骸の上に跳び下がる。
――恐らくだが、ツヴァイヘンダーは奴にとっても重い武器なのではないだろうか。
考えてみれば肉入りのプレーヤーだって1m強の長さのロングソードを両手で振り回すのだ。体重の何十分の一程度の体感重量の代物を、だ。
3m近い巨体であるなら、ツヴァイヘンダーが人間で言うそれに該当していてもおかしくはないだろう。
「アアアア!!」
苛立ったような咆哮と共に再度奴が飛ぶ。
距離が近いためほぼ垂直に落ちてくるそれを左に躱すと、床と轟音を立てているその大剣の鍔元に斬りつける――反応してみろ。
「アアアアアアッ!!」
小賢しいという事か。奴は体をこちらに向ける動作に剣を合わせ、腰に少し遅れた刃が足元を薙いでいく。
「おっと――」
思わずその場でステップして躱すが、その瞬間は無防備。
はっとしてすぐに飛び下がるが、その間奴のしたことは空を切った得物を再度引き戻す事だけ。
――明らかに間合いにあったロングソードは、絶好のチャンスにも拘らず動かなかった。
「よしっ!」
跳び下がったその足の再度の蹴り出しももどかしく奴の左腕に飛び掛かる。
カッという金属音と硬い手応え。奴のロングソードが再び盾となって俺の斬撃を受け止めている。
ツヴァイヘンダーは来ない。ロングソードの間合いには大きすぎる。
「イオ!右だ!右側をやれ!!」
押し返そうとする奴の剣を、その力を何とか受け流しながら叫ぶ。
防御の要であるこちらを押さえていれば、重くて取り回しの悪いツヴァイヘンダーではイオの攻撃を凌げまい。
「アアアッ!!」
絶叫と共に更に振り払おうと力を込めるが、正面から応じずに力を流すと慌てて引き上げる。
本来両手で振るうものを片手で振り回しているのだ。
勿論振るだけなら強大な膂力があれば何とかなるのだろうが、接近した間合いで片手と両手の操作の精妙さを競えばどちらに軍配が上がるかは、奴からすれば小人に等しい俺が食い下がっていられる事で明らかだ。
そしてその食い下がりが時間を稼いだとうぬぼれてもいいだろう。
「はあっ!!」
イオの鋭い気勢と共に放たれた斬撃。
奴は意外にも躱した。咄嗟にツヴァイヘンダーを床に突き刺すようにして壁にした。
だが、それが最後の抵抗だった。 動いているのはイオだけではない。
奴の巨体がぐらりと揺れ、ロングソードから力が抜ける。
「アアッ!アアアッ!!」
両腕を封じ込められたまま、背後からの攻撃に対応する事は不可能だ。
ましてや、右側に意識を集中した瞬間に叩き込まれた攻撃など。
「――さっきの礼だ」
飛び上がるようにして奴の背中にハンドアクスを叩き込んだクオの声が、奴の叫びの中にかき消されずに聞こえてきた。
斧系の武器は刃物と鈍器の中間の扱いになっている。背後からのクリーンヒットとなれば、その衝撃力は巨体でも揺らすことができる。
――当然、それだけでは終わらない。
「おおあっ!」
抑えるものが無くなったウォーロードを振り上げ、ヘリコプターのように頭の上を回転させる。
そのまま、その勢いを奴の膝裏に叩き込むと、明らかに鎧を叩いたのとは違う手応えが返ってきた――がくりと崩れ落ちるような奴のリアクションと同時に。
「たあああっ!!」
そして巨体の向こうでイオが舞う。
立膝が四つん這いに変わる。
「デンチ!頭を!」
四つん這いになった奴の頭。
丁度俺の頭と同じか、少し低いぐらいの所にある。
片手で切先を下へ。そして空いた手でそれを掴む。
残ったもう片方も切先へ。前後逆さの大上段=殺撃。
「喰らえ!!」
首を落とすように振り下ろす。真っ赤な飾り緒の上から叩きつけた即席のハンマー。
目標は過たず、鉄の延髄が音を立てる。
立膝から四つん這いへ、そして土下座へ。
――だが、まだ死んでいない。
「こっの……」
戦闘で相手が死んでいない=やることは一つしかない。こいつの首を餅つきにするだけだ。
だが、二発目を振り上げたところで奴は前に飛んだ。
それはまさに滑空と言うべき動き。奴の蹲っている地面から発射されたような、そんな勢いで俺とイオの背後に抜ける。
「なっ!?」
振り向いた俺の耳に、甲高い音が響いてきた。
飛び上がる直前のジェットエンジン――とでも言えばいいのだろうか。耳鳴りのような甲高いそれは、奴の体を包むように突然現れた陽炎が発しているように思えた。
陽炎――ゆらゆらと、遥か遠くを見ているように奴の身体がぼやける。
そのぼやけた姿でも、奴が両手の剣を地面に突きたてるようにしているのがなんとなく分かった。
直感する――陽炎の正体。
頭に浮かんでくる記憶――奴のデータ。
咄嗟にシールドを展開しつつ、さっきまで奴が暴れ回っていた辺りまで飛び下がろうと足に力を入れたのと、奴の陽炎だけが轟音と共に急接近してきたのは同時だった。
「ぐううっ!?」
脚力以上に後ろに飛ぶ。いや、飛ばされる。
陽炎=衝撃波。
シールドがかき消され、範囲内にあった残りのベンチが次々に瓦礫へと変わって吹き飛ばされていく。
俺が降りたのは、丁度そうやって作られたスペースだった。
幸いダメージはない。
「くっ……、イオ!クオ!無事か?」
「はい!何とか」
「こちらも」
幸い二人とも躱していた。
イオは奴の真横に飛んで。
クオはそもそも範囲外だったようだ。
クオの位置は今の俺の位置よりやや後ろ。あの衝撃波の及ぼす範囲は精々俺の飛んだ数m――多少広く見ても5m程度だろうか。
HPゲージは未だにほぼ満タン。シールドが消えたが、それで交換できる程度の威力か――もっとも、シールド回復までの間はその交換も出来ないが。
「これが、か」
思わず口を突いた呟きは少々距離のあるイオにも聞こえていたらしい。
「でもこれが来るという事は既にHPは半分切っている筈です!」
そう言われて、より正確に先程のデータを思い出す。HP50%低下後は思考ルーチン変更+攻撃に衝撃波を追加――だったか。
「確かにな……」
ウォーロードを中段のように構えながら、明らかにこれまでと異なる奴を睨みつける。
今や奴は目のように見えた赤い光が輝きを増し、同じようなそれが鎧の隙間から漏れだしている。
あれは目ではなく、単純に中の光――何で光っているのかは知らないが――がバイザーから漏れているだけという設定だったのかもしれない。
その赤い光が、こちらを睨み返している。
目など無い筈だが、それまでとは明らかに異なりこちらを見ている。
分かりにくいのだが、ただの電光掲示板やネオンサインから、レーザービームのように一点を指してきているように思える。
そしてその一点が俺であるというのは、こちらはほぼ確信に近く伝わってきた。
「本気か……」
答えは当然ないが、恐らくそうなのだろう。
その証拠に奴の左手はこちらにロングソードを突きだし、右手は頭で大きな刃を支えるように高くとっている。
奴が初めて構えた。俺に向かって。
(つづく)
投稿遅くなってしまい申し訳ございません。
次回で徘徊者戦は決着する予定です。
尚、次回投稿は本日中を予定しております。




