イオとクオ8
「なんであんなのが……」
パーティーを組むことで敵が強化されるのは分かる。だがボス級のキャラを雑魚と一緒に出現させるのは幾らなんでもやり過ぎだ。
「恐らくですが――」
俺の呟きに――ややためらいがちに――返したのはクオだった。
静かで平坦な声だが、それでもなんとなくばつが悪そうと言うか、居心地の悪そうなものに聞こえる。
「パーティーの合計レベルがかなり高いものになってしまっています。それによって更に強い修正がかかったのかと……」
緊張感を失わせない配慮――今回は裏目に出た。
彼女の口調も分かる。イオとはやはり姉妹機なのだろう。
「そういう事か……」
納得はしたが、依然解決はしていない。
どうする?心の中で自問自答。
ロトンゴーレムはかなり強い。これまでのモンスターと違い中央に埋め込まれたコアを破壊しなければ撃破できないという仕様により桁違いの耐久性を誇る上に、攻撃の手段が豊富だ。
そして奴が陣取っている場所。
奴の能力と部屋の広さ。そしてあの二体のナイトスケルトン=すべて同時に相手にするのはそれなりに厄介。
「逃げるか、戦うか……。さて……」
知らずに声が出る。
正直あの部屋で迷っている時間はない。逃げるなら逃げに徹するし、戦うのなら徹底抗戦しかない。
逃げようと思ったが逃げ切れないので仕方なく戦闘。或いは敵の出方を見て逃げられないと判断したから戦闘――恐らくどちらも最悪の形だ。
少し考える。
こちらの戦力は三人。向こうも三体。
向こうの三体のうち最も強力な一体=言うまでもなくロトンゴーレム。
本来のボス戦で奴と戦った時の記憶を思い出す――パーティーを組んでの三人がかり=俺の数少ないパーティー経験。
つまり、だ。こちらは三人。向こうは二体と、三人相当の一体。
三対五――戦うのはリスクが大きい。
選択:逃げに徹する。
奴らも追跡してくる距離は決まっている。多少追尾されても入ってこられないような狭い場所や範囲外まで逃げてしまえばいい。
「よし、相手にせず左側の道に逃げよう」
振り返って伝える。
謁見の間は左右に道が伸びているが、通路自体が狭く、デカブツが入りにくいのは左側だ。それにほんの僅かではあるが右より近い。
「「了解」」
二人からは間を置かずに返事が返ってきた。
「では念のため防御力アップを――」
「ああ。悪いな、頼む」
イオが立膝をついて手を組み詠唱を始めると、彼女の手に淡いピンク色の光が宿った。
「光よ、鎧となり我らを守りたまえ、プロクト!」
その光がオーロラのように揺らめきながら俺達を包み込んでいく。
≪デンチ の防御力がアップしました≫
≪イオ の防御力がアップしました≫
≪クオ の防御力がアップしました≫
表示されるウィンドウ。
その表示が全員≪防御力はこれ以上アップしません≫に変わるまで数回重ねがけ。
「よし、これで最大だな」
「はい。これなら十分に耐えられるはずです」
もっとも、耐える事態にならないのが一番いい事は言うまでもない。
「……行きましょう」
「おう」
「了解」
改めて謁見の間に向き直り一歩前進。
まだ連中の補足範囲のギリギリ外だったからここまで落ち着いて行動できたが、ここからは一瞬でも止まれない。
「行くぞ……」
後ろの二人に伝え、一気に走り出す。
「行け行け行けっ!!」
叫びながら左斜め前に一直線。広間に入った時から消えていた戦闘時のステータス表示が視界の四隅に浮かび上がってくる=発見された証拠。
そしてそれを示すように、外で散々聞いた乾いた声を上げながら行く手を遮ろうとするナイトスケルトンが一体。
「どけっ、この!」
シールドを向け、それを先頭に突っ込んでいく。
いつ右から攻撃が飛んでくるか分からない以上、こいつに構っている時間はない。
振り下ろされる斬撃を盾で受け止め、その衝撃を強引に振り払って一気に突っ込み、奴の腹を蹴り飛ばす。
相手がよろけた隙を見逃さず、今やその縁に生えている苔まで見えるほどに近づいた出口に殺到――しようとした瞬間、背中のすぐ後ろに轟音と衝撃が炸裂した。
「くぅっ!?」
「イオ!デンチ!」
叫び声に思わず振り返る。
子供の腰回りぐらいありそうな太さのドロドロの塊が、イオの後ろ、クオがいたはずの所を横切り、すぐ横の壁に突き刺さるようにその先端を密着させている。
その塊が部屋の中央にいたロトンゴーレムの異様に伸びた左腕であるという事は、その本体を見ないでも分かった。何しろ、壁に密着したそれを文字通り手がかりにして、本体がこちらに飛んできたのだから。
ドカン!という擬音がぴったりな着地。
と同時に巨大な鞭のようにしなって俺とイオを打ち据え吹き飛ばす左腕。
「ぐはっ!!」
衝撃と共に視界がぐるぐる回り、背中に硬いものを叩きつけられるショックで自分が吹き飛ばされた事を知る。
視界の隅のHPゲージを確認――削られたのは二割弱。プロクト重ねがけ様様。
「うぅ……」
同じく近くに飛ばされていたイオが何とか起き上がり、先程まで立っていた方に向き直っている。
彼女の後を追うようにして立つ。安定した視界に映る奴の巨体――大きく震えて、泥の塊のような頭を変形させている。
直後にその頭から噴き出す噴火=奴自身と同じドロドロの腐肉のような無数の塊。
放物線を描いたそれの一つが、本当なら今頃くぐっていた左側の出口の前に落ちて広がっていく。
――作戦失敗。出口は塞がれた。
戦闘は不可避。それも最悪の形での。
あれは奴が生み出したトラップの一種だ。接触すると毒状態になる上に、纏わりついてきてしばらくその場から動けなくなってしまう。一応時間経過でも消滅する上に弱点である火属性か聖属性の攻撃を当てれば瞬時に消す事が出来るが、この状況ではどちらもあまり期待は出来ない。
つまり、左側の出口から出るのは難しくなったという事だ。
「イオ!デンチ!!」
振り向いた俺達に左斜め前からの声=クオだった。
「こちらにも扉が……くっ」
もう一つの出口に誘導してくれようということだろうが、もう一体のナイトスケルトンがそれを許さない。
そしてロトンゴーレムには孤立した獲物を放っておくほど温いルーチンは組まれていなかった。
奴の右腕が再び伸びる。泥のような体は腕を回す、旋回するというよりもそれまで背中だった方に腕を生やすと言った方が近い。
その腕はクオを狙い、一切容赦なく振り抜かれる――まさに紙一重。
「くうっ!!」
あと少しでも反応が遅れていれば、クオも吹き飛ばされてしまっていただろう。
だがこっちも見ているだけという訳にもいかない。腕はもう一本あるのだから。
「くっ」
「このっ……」
大蛇のような腕が振り回され、離れようにも近づこうにもこちらの動きは封じられてしまう。
「カカカッ!!」
「ぐうっ!」
そして大将に加勢しようとでもいうように、ナイトスケルトンも襲い掛かってくる。
「カカッ!」
先程の礼とばかりに振り下ろされた斬撃を危うくシールドで受け止める。
衝撃と共に一気に減るエネルギー=残り63%。
受け流そうとするも、しっかり抑え込んでくるその動作に動きが遅れる。そしてそれを見逃すには、ロトンゴーレムの左腕は自由に動けすぎる。
プレートアーマーの大きな肩の向こうで、触手のように左腕が蠢いていた。
「くっ……!」
やられる――幸運なことにその直感は外れた。
「オオオ……」
奴は唸り声を上げながら俺達に背を向ける。
穴が三つ開いただけのような単純な顔の反対側に深々と突き刺さっている一本の矢。
「クオ!」
「……こっちだ、デカブツ」
そのデカブツ越しに小さく見えるクオ。ナイトスケルトンを上手くあしらい、目標が反応を示すとすぐに反転して右側の出口から離れる。
自分に傷をつけた相手を捨てては置けないのか、彼女の方にロトンゴーレムはずるずるとにじり寄っていく――背中ががら空き。
ナイトスケルトンを力ずくで振り払い、学習しない相手をもう一度蹴りはがすと、その勢いそのままに反転。
「うらあっ!」
そのでかい背中に深々と鍔元まで差し込む。グズグズの肉塊はしっかりと刃を飲み込み、ビクンと震えてこちらに振り向こうとするが、剣を引き抜いたその背中は再度クオに晒されることとなる。
「オオオオ……ッ」
振り向きざまの大振りな左フックを躱し、吹き抜けたままの格好で止まっているその腕に再度斬りつける。
その瞬間、背中に気配。学習はしないが立ち直りは早い。
「オオッ!!」
右腕を振り上げたデカブツの咆哮。背中には更に矢が増えているが、お構いなし――悪い事は重なる。
「ちぃっ」
「たああっ」
声は同時。
動きは向こうの――イオの方が少しだけ速かった。
ナイトスケルトンがつんのめって倒れる。
それを理解した瞬間振り下ろされるロトンゴーレムの巨腕――間一髪シールド展開。一撃でエネルギー切れだが、かすり傷で済んだ。
「デンチ!」
「済まない。助かった!」
答えながら再度の左フックをくぐるように躱す――ボクシングで言うダッキング。
躱しつつアンテナのように剣を立て、くぐった腕を削ぐように斬り、腕を引かせたところで、また後頭部に矢が突き立てられた。
「デンチ!クオ!少しだけ、少しだけ時間をください!!」
光になったナイトスケルトンを飛び越え、俺の背中を通り抜けてイオが叫ぶ。
ほんの一瞬の振り向き=本人とクオが作ってくれた時間。
確認したもの――右手がナイフから淡い光に変わったイオ。
呼ばれた俺達=時間を欲した理由を理解する。
「了解!」
「……よし、任せた!」
前を向き直り、同時に背中側に放たれた巨腕の裏拳をいなす。
ここからは背後にいるイオにこいつを近付けてはならない。これから先、振り返る余裕は多分ない。
「こっちだ。こっち」
再度ナイトスケルトンをあしらったクオの放った矢が執拗に顔面を狙う。
「どこ行くんだコラ!」
そうして向こうに興味が向いたところで、さっきまで腹だった背中を斬る。
あまりクオに引きつけさせ過ぎても良くない。
クオが最優先目標で固定されてしまって、こいつにさっきの方法で移動されてしまうと、クオが一人で向かい合う事になってしまう。流石に一対一でやりあうのはだいぶ無理がある相手だ。
「オオオオオオオッ!!」
邪魔をするな、そう叫んでいるかのような咆哮。そして実際にそうなのだろう現れ――両腕での連続ハンドストラップ。
危うく叩き潰されるところを躱しながら、ケーニスでやったようにステップを踏んで挑発する。イオにもそうだが、クオにも時間を稼いでやらなければ。
「天上の君、大いなる者よ、我ここに祈り奉らん。その力我に貸し与え給え――」
床を叩く鈍く大きな音に混じって、イオの真剣な声が背後に聞こえる。
「我賜りし力を振るいてこの身の難を払わんとす。その力我が言の葉に宿らさん――」
戦闘中にも聞こえるようなゆっくりとしたテンポの長い――先程のプロクトとは比べ物にならない程の――詠唱。
「清浄なる光、我が意思と言の葉に宿り、仇なす者を討て――ディバイン・フレシェット!!」
詠唱を締めくくる叫びは、視覚情報と同時にもたらされた。
一筋の光――俺の背後から放たれたそれが、するすると、それこそロケット花火のように奴の頭上に飛んでいく。
直後、閃光。
目も眩まんばかりのそれは、雨となって辺り一面に降り注いだ。
「オオオオ……ッ!?」
その爆心地に最も近いのは言うまでもなくロトンゴーレムだ。
咆哮はすぐに爆音にかき消され、曲がりなりにも人型だったその巨体は、砂の山に雨を降らせるように一瞬で形を失わせていった。
謁見の間全体を覆う光弾の雨。
ディバイン・フレシェット=貴重な神聖属性の大魔法。
大魔法全てに言える事だが――隙だらけになる長さの、中二病真っ盛りの詠唱はしかし、それに相応しいだけの効果をもたらしてくれる。
眩い光の雨が消え去った後にあったのは、胸から上が無くなった巨像。その腐肉の塊の一番上に、バスケットボール大の赤い光球=コアがむき出しになっていた。
(つづく)
すいません。ただちょっとヴァル〇リープロファイルが懐かしかっただけなんです
ちなみに大魔法、本来はクオの技の予定でしたが、某ダークなソウルやら某英雄女体化ゲーに同じようなのがあったので急きょ変更していたり。
それでは、また明日。




