イオとクオ7
その二つの光点は間違いなくこちらに向けられている。
ロボットのような鎧が、カチャカチャと音を立てながらこちらに近づいてくる。
俺はその歩み寄る様な動きに、一気に間合いを詰めて返す。剣を自分の正面に、地面と平行に構えるのも忘れず。
「カァッ!」
標的の急接近は予想していなかったか、声と共に慌てて右肩に得物を担ぎ上げる骸骨の騎士――動きは速い。しかし反応は致命的に遅れた。
担ぎ上げたロングソードが袈裟懸けに振り下ろされる――予想通りのタイミングで。
臍の下に沈めていた剣を振りあげ、首筋を狙った奴の斬撃を、頭と紙一重の場所で受け止める。
ずんと響く衝撃。収まるよりも早く受けた剣を返し、頭上を旋回させ振り下ろす。その勢いをそのまま、可動部故に装甲化できていない奴の右わきの下へ。
受け止めた時よりも遥かに強い手応えと、それが何を意味しているのかを示す白いエフェクトとよろめく敵。
だが倒れない。流石に上位種だけあって鎧がなくとも耐久力は馬鹿にならない。
――なら、倒れるまでやるだけだ。
「はぁっ!!」
体勢を崩したところにすかさず追撃。先程のそれを返すように振りかぶり、脳天めがけて叩きつける。
ガツンと返ってきた手応え――兜ではなく剣が受けた。
だが、受けただけだ。鍔競り合いに持ち込むには、あまりにも距離が近すぎる――奴の足が、だ。
お互いの膝が触れ合う程の近距離。奴がこちらの企みに気付くか体勢を整える前が勝負。
更に小さく足を近付ける。前にある右足の踵まで左足を引き付け、そちらに重心を移して右足で目の前に生えている鉄のレギンスを払う。
押し返してきていた上半身が不意にその動きを止める。反りかえるようにして何とかバランスを取ろうとした相手に駄目押し=左肘と柄頭を押し付ける。
軽く、そして急速に遠ざかっていく奴――そのまま尻餅。剣は右手に引っかかっているだけ。
言うまでもない:止めを刺す。
切先を下に向け、同時にそこを、つまり刃の方を柄のように握る。
手の防具がない状態だと自傷ダメージを受けるが、まあ仕方ない。今なら微々たるものだ。
「おらあっ!!」
「ギケッ!?」
餅つきのような振りおろし――突き出た分厚い鍔がしゃれこうべの顔面にめり込む。
濁った音と手応え、そして声にならない悲鳴を上げて、今まさに討ち取ったナイトスケルトンは消えていった。
敵将討ち取ったり。その興奮は手に伝わる僅かな刺激を甘受するのに十分だ。
殺撃――本来ロングソードの技だが、派生元の技を引き継いで使えるのはやはりありがたい。
剣の切先付近を掴み、鍔元付近に重心があることを利用してハンマーのように叩きつける、実際に鎧を着た相手に使用された戦法なのだと、以前聞いたことがあった。
ゲーム中でも刃物であるロングソードで使える打撃技であり、刃物に強いスケルトン系相手に、弱点である打撃を叩き込める。
そしてその狙い通り、ハンマーとなったウォーロードは鍔でもって奴の頭を粉砕した。
ハンマーから剣に得物を持ち直して振り向く。
連携が取れなかったのか、背中を向けていた方向で、今更駆け付けた槍のスケルトンが、向かい合っていたイオにその突撃をあっさり躱され、その腕で抱えられた槍ごと後ろに倒されていた。
直後、最もシンプルな打撃技=踏み潰しが決まる。
――ナイフにあんな技があったかは記憶にない。ここまでの戦いといい、イオにはプレーヤーのものと違うアサルトパッケージが適用されているのかもしれない。
「よし、片付きましたね」
「ああ」
何でもないように振り向いた彼女にそう答え、疑問をぶつける。
「あんな技、ナイフにあったっけ?俺が持った時とだいぶ違うような……」
普通のプレーヤーが使えるナイフ術は、なんというか、もっとひらひらとナイフを動かして素早く斬りつける動作が多かった気がする。
イオのそれとは、表現が難しいがなんとなく違う。
「ええ、この新アサルトパッケージも試験運用中ですので。いずれは一般プレーヤーの方にもご使用頂けるようになるかと」
彼女はこともなげに――そう見えるように努めていると分かるぐらいには得意げに――答えてくれた。
「成程。そういう事か」
もし昔の俺ならかなり興奮しただろう、ある意味幸運な体験だ。
「さ、これで危険は去りましたね。先に進みましょう」
「ああ、なら少し待ってくれ」
会話を切り上げ進もうとするイオにちょっと待ったをかけ、シールドのエネルギーを確認すると、既に100%まで回復していた。これなら大丈夫だろう。
「この先も敵がいるだろうし、室内に入ってからは狭い場所でいきなり待ち伏せされることもあり得る」
「確かに、そうですね」
説明に入口の方に油断のない視線を向けるイオ。
既に開かれている格子状の門の奥は、その門のすぐ近く、光が差し込むあたりだけは外壁と同じ色と分かる石畳が敷かれているのが分かるが、それから奥は真っ暗だ。
「だから、エネルギーシールドとは言え盾のある俺が先頭に立って進もうと思う。地形に関しては頭に入っているし、どうだろう?」
一拍。提案を受けた二人は一度お互いを見合わせる。互いの意見が一致している事を再確認したに過ぎないという事はその後すぐに分かった。
「デンチがそれでいいなら」
「よろしく頼みます」
全員一致。
「よし、じゃあそれで行こう」
シールドを展開し、その薄紅の膜の向こうを睨みながらゆっくり進む。
入り口をくぐると玄関――と呼んでいいのか分からないが――の中はそれなりに広い。
外の光が入っているのは入口のすぐ近くだけだが、中に入るとすぐに目が慣れ、その広々とした石造りの広間を見渡せる。
防御を解かず周囲を警戒。クオが矢を向け、イオが辺りの変化に集中しているのが背中からでもなんとなく分かる。
「……異常なし」
クオの声に俺とイオはふっと力を抜き、それから正面に続いている奥への廊下に足を踏み入れる。
一階はこの広間と、その奥に広がる謁見の間と呼ばれる広大な空間が中心となっている。
二人ですれ違うのがギリギリのその廊下の先、謁見の間に入る寸前で、俺は手を上げて後ろに指示した――止まれ。
謁見の間は広い。
ダンジョンとして使用するためか、倒壊した柱や崩落した天井の残骸によって中程で手前と奥とに分断されているが、その床面積は恐らく小学校のプールなどよりも大きいだろう。
この謁見の間の手前は、本来なら城内攻略の橋頭堡として利用される場所で、この部屋の左右に抜ける通路のどちらから進んでもボスのいる屋上礼拝堂に辿り着ける。
そんな場所に人影が三つ。
全員こちらにはまだ気付いていないのか、立ち尽くしたまま動くことはない。
そのうちの二人、背を向けているが間違いない。
先程倒したのと同じナイトスケルトンだ。
この廊下の隅からギリギリ見切れない位置に黒マントが静かに佇んでいる。
そしてその二人のちょうど真ん中に当たる位置にいるもう一人――いや、もう一体と言った方がいいか。
ロトンゴーレム――ヘドロを人の形にしたような2m近い巨人が、その赤茶色の巨体を背後の瓦礫に寄り添うようにして立っていた。
ロトンゴーレム。もしここをソロで初めて訪れた時にこいつがいたら攻略を諦めているだろう。何しろ、ストーリーモードならこの後に出てくるボスだ。
(つづく)
ぎりぎり今日中。今回は少し短めです。
それでは、また明日。




