イオとクオ6
「……そのようですね」
イオが答え、それから得物の刀身を左手で撫でつけてから再度構える。
彼女の手が離れたナイフからは青白い淡い光が漏れていた。
改めて向こうを確認する。スケルトンは二体。距離は十分。先程のような弓兵もいない。
≪北辰樹の樹液 を使用しました≫
イオと同じく、手に取ったローションのような半透明のそれを得物の黒い刀身に擦り付ける――直に触っても手がべたつかないのは有難い。
先程はその動作をするほどの距離もなかったために省略したが、今なら距離も十分だ。
まだ城内に入ってはいないが、効果時間内に入口に辿り着くことは出来るだろう――以前と同じなら。
「行くぞっ!」
正面のスケルトンに突進し、奴の間合いにまで近づく。
想定と違う。と考えたのかは不明だが、こちらの動きに慌てて振り上げた剣を、先程同様にバックラーと共に振り下ろしてくる――こちらにとっては想定通り。
大きく踏み込んだ一歩を剣の動きに合わせて引き戻しながら、同時に振りかぶる。
目標を失って空を切った剣とバックラーが元の位置に戻るより前に奴の頭めがけて振り下ろす。
「オラッ!!」
「ガカカッ!?」
面あり。
先程と違い、クオの銀の矢同様の白いエフェクトが生じて奴が消し飛ぶ。
当たりどころもあるが、それを差っ引いても弱点属性で攻めるのは効く。先程は二発必要だった攻撃が、今回はただ一撃で確実に仕留めた。
肉も内臓もないのだから当然だが――本来剣や槍などの刃物の攻撃には強いスケルトンでも、アンデット共通の弱点である聖属性を付与すれば十分剣でも戦える。
「そちらも片付きましたか」
二人がかりで叩きのめしたのか、消えていく光を踏み越えてクオとイオがそれぞれ構えを解きながらこちらに向き直る。
「ああ、だが……」
同じような光が消えた直後の足下を見る。
今まで倒したのは六体。間違いなく六体だ。
「こんなに多かったか?」
生じた疑問が口を突く。
記憶の中のここでは、壁の割れ目を越えたところでスケルトンが一体、少し進んでから今の二体の計三体だけ。
三人組なんていなかったし、そもそも壁の上の弓兵はもっと後になってから、城の正面に回った時に出てきた筈だ。
その疑問に、俺も忘れていた可能性を示してくれたのは進行方向へ警戒を向けながら俺の横を追い抜いたイオだった。
「恐らく、パーティー化による増員だと思われます」
「ああ、それか」
言われてみて、自分が前回訪れた時は一人だった事を思い出す。
「言われてみれば、前来た時は一人だったな」
パーティーを組んで攻略するのは当然心強いが、何もメリットだけという訳ではない。
このゲームは基本的にソロで攻略できるようになっている。パーティーを組めば攻略の助けにはなる反面、今回のように敵の一度の出現数や出現頻度が変わったり、場合によってはより上位の敵が登場する場合もある。
――つまり、前回と同じという訳にはいかないということだ。
「すいません……。その辺りを配慮するべきでした」
俺の反応に何か感じてしまったのか、イオはしゅんとして頭を下げる。
だがそんなに気を使われても困る。
「あっ、いや。気にしないでくれ。俺が忘れていただけだし」
言いながらふと思い出す。
そう言えばパーティーを組んで攻略するなど殆どやった事が無かったな。
「それに、イオもクオも心強い」
そう付け加えると、二人はぱっと相好を崩してお互いを見やった。
――思ったことがつい口を突いただけなのだが、言った後はなんか恥ずかしい。
「それなら、良かったです!」
「あ、ああ。うん……」
そう言ってくれたイオから目を逸らす――新手に感謝するのも久しぶりだ。
「さっ、さあ、第三波が来たぞ!」
「「はいっ」」
先程とは異なり槍を構えたスケルトン二体に向き直り、めいめいが得物を構える。
まだ距離は十分にあるが、自身の身長ぐらいある槍はこの距離でも十分その長さが分かる。
「左の奴は任せて」
言うが早いか、少し前に出ていた左のスケルトンが、一条の白い光に尻餅をつくように倒れた。勿論白いエフェクト付きで。
残された右の方は相手に飛び道具がいる事を悟ったか、それまでのゆったりとした歩きから小走りで逆茂木の影に入る。
「ナイス」
「残りは私達で」
その逆茂木に俺達は殺到する。左から俺。右からイオ。奴が食いついたのは俺の方だった。
「カキッ!」
声とも音ともつかないそれを上げ、突撃してきた相手の方に向き直った――次の瞬間、後ろから頸椎のつなぎ目がナイフでこじ開けられる。
急に動力が切れたように膝をついたスケルトン。
自分を襲ったのが何であったのかなど、消え去るその瞬間まで気づかなかっただろう。
「ナイス!」
「そちらも!」
ハイタッチ。
それから勿論クオも――と、振り返った瞬間飛び込んできたのは、真剣な眼差しで俺達の更に後ろを睨みながら片膝をついた姿勢で矢をつがえている彼女の姿。
俺達は何も言わない。何も言わず、音も立てず、ただ可能な限り速く振り返る=この場合の正解。
付近には誰もいない。所々視界を遮っている逆茂木があるが、その近くにも敵の気配はない。
彼女の狙いに気付いたのは、その矢が放たれる寸前だった。
少し奥に見えている正規ルート=崖の先の石段。
その登りきった所の奥にそびえる二枚目の城壁の上に弓を抱えたスケルトンが頑張っていた。
こちらにはまだ気付いていないのか、俺達が登ってきた麓の方を見下ろしているそのスケルトンの頭に、山なりに矢が飛んでいく。
果たして目標過たず――崩れ落ちて消えた奴の姿がそれを物語っていた。
「「ナイスキル」」
思わず同時に口走る俺とイオ。
当人は小さく溜息を一つ吐くと、額を軽く拭ってからそれまでとは打って変わって笑顔で答えてくれた。
目に見える限り、これで敵はいない。正面には崖を越えた先の坂の、分厚い木の板で補強されたその側面が見えている。
当然、この空堀の役目から考えれば登れないようになっているのだが、それはそれ。ゲームである以上行き止まりにはならない。
ここから見えている坂の真ん中の辺りで補強板が外され、瓦礫や土砂がこんもりと盛り上がっている場所がある。
その山の上に乗れば、丁度腰と同じかそれより少し低いぐらいの高さまで坂が見下ろせる。そうなれば後はよじ登るだけだ。
「よし、行こう」
俺は二人にそう告げ先頭に立つ。
かつて来た時の記憶が、その坂に入った後までしっかり戻ってきた。エネルギーシールドとはいえ盾のある者が先頭で登った方がいいだろう。強化や増加はされこそすれ、弱体化はないのだろうから。
坂の前までたどり着き、そこから目指すべき城の方を見上げる。
敵は間違いなく増えているのだが、城はしんと静まり返り、ここからでは隠れている門の前の最後の敵の姿は見る事が出来ない――入口の上に張りだした見張り台の上の弓兵も含めて。
「ここからでは見えないか……」
言いながらダメ元で背後に控えていたクオを振り返る。
「クオ、ここから城の入り口辺りを狙撃できる?」
同じように城を見上げたクオは予想通り首を横に振った。ならやることは決まっている。
「よし、ならまず俺が登る。入口の上が見張り台になっていてそこに弓スケルトンが一人いる。これは一人の時からだからいなくなっている事はまずないだろう。で、俺が矢をシールドで防ぐからクオはその後ろから奴をやってくれ。イオはその後で俺と門番を頼む」
「了解」
「了解です」
実物を指さしながらの説明を、その指先を見て聞いていた二人がこちらを見てそう返した。
俺、クオ、イオ――来る時とは逆の銅銀金。
「よし、じゃあ行くぞ」
「了解、気を付けて」
真後ろに控えたクオと言葉を交わし、小さく深呼吸してから坂道に手を掛ける。
草と土の感触を感じるや否や、一気に力を入れて跳ね上がるように登り、その登り口の前に立ち塞がるようにしてシールドを展開。立膝になって的を小さくすることも忘れない。
「よし、来てくれ」
記憶通りの配置にプラス1。二本の矢が薄紅色の障壁に波紋と衝撃を残して足元に落ちてから叫ぶ。
ぽっかり開いた真っ暗な入口と、その周りの二枚目の城壁の間に広がる敷地に注意を凝らす。シールドの残りエネルギーは87%。ゆっくりだが時間経過で回復するため矢二本だけで削り切られる事はまずないが、それでも0になれば一定時間使用不能になる。
同じタイミングで二射目を引き絞るスケルトン二体以外にはここからでは見えない。
間違いなくいるだろうが、動かないなら好都合だ。何しろ直接攻撃のエネルギー減衰率は木の矢の比ではない。
「準備よし、左をやる」
自分を狙う者に気付いた左のスケルトンが、背後からのその声の直後にベランダ状の見張り台の後ろに転がった。
「よし、もう一体も」
隣の相棒を吹き飛ばした新たな目標を狙った三射目を前の目標に弾かれた残りのもう一体も、すぐ後を追う事になった。
「ナイスキル。後は私達が」
シールドを解いた俺の左横にイオが並ぶ。
「間違いなく一体はいる。それも厄介なのが」
言い終わる前に、俺は自分の記憶が正確であるという証明を見つけた。
丁度坂を上りきったそこで、二枚目の壁の内側に張り付くように隠れていたそれが動き出したのが視界の端に見える。
黒塗りのプレートアーマーとそれを包む同色のマントに、こちらの顔に切っ先を付けるように構えられたロングソード。
そして開かれた兜のバイザーから覗く暗闇に浮かんでいる二つの赤い光点。
スケルトンの上位種ナイトスケルトン。廃城を守る騎士が、侵入者を排除するべく躍り掛かってきた。
(つづく)
不幸にも黒塗りの騎士に衝突し(ry
それでは、また明日。




