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サルベージ・ゲーム  作者: 九木圭人
イオとクオ
20/103

イオとクオ5

 丁字を曲がり、ワイガの村から西にしばらく進む。

 青々とした田畑は次第に何もない荒地に変わり、農作物の代わりに伸び放題の藪や野草が、むき出しの土の上に所々覆いかぶさっている。


 ワイガ周辺は山が多い。

 北にはツーヴァを東端とする山脈が横切り、その山脈とワイガから北西で交わっている南北に延びるもう一つの山脈の、その中を突っ切る街道の脇、切り拓かれた山の中腹にひっそりとセランティア城は佇んでいる。

 100年前に放棄されたという設定の城は、赤いレンガ造りの角ばった外観で、ドイツのノイシュバンシュタイン城を参考にしたと言われているルフスベルク王城とは異なる要塞、軍事施設としての城の趣がある――らしい。


 らしい。と言っても、全く言っている意味が分からない訳ではない。

 俺は城や建築に関しては全く詳しくないが、それでも細長い尖塔をいくつも抱え、白い城壁と大きな窓のガラスが朝日の光を受けて輝いている王都の城と、高く分厚い城壁に囲まれ、直線的な構造と、恐らく投石や弓矢による攻撃を想定しての事だろう、小さなのぞき穴のような窓しかないセランティアは、全く別の性格を持っていることぐらいは分かる。


 そしてその古い要塞のダンジョンに、俺達は向かっている。


 「見えてきましたね」

 イオが目の前の山の中腹を指す。

 杉のような背の高い木が生い茂るその中にひっそり隠れるように立つ廃城。

 そこに確かに存在するという証拠は、イオが指す木々の間から飛び出した鐘楼の屋根でしか、ここからでは確認できない。


 「あれだな」

 その鐘楼を視界に入れながら、俺達は正面に見えていたそれを左手に移す。

 街道は大きく右に逸れ、城の横を迂回するように山と山の間を抜けていく。少し道なりに進み、途中の分岐に従った方が城には近い。

 のどかな朝の街道。ガラガラと音を立て、NPCの商人を乗せた一頭立て二輪の荷馬車が一両、俺達を追い抜いていく。


 小さくなっていくそれを追うようにしてさらに歩くこと数分。

 最早馬車は山林の影に消えて、代わりに俺達の前にボロボロの看板が一つ『←セランティア城 キィベル峠→』の表示。

 「よし、行くぞ」

 自分に言い聞かせるように呟くと、俺は左の細道に足を踏み入れた。何も言わず、イオとクオが後に続く。

 舗装など望むべくもない小道は緩やかな坂となり、所々石段の残骸のような物が目立つようになってきた。


 その坂を上って進むと、正面にそびえ立つ赤いレンガの壁――城壁がお出迎え。

 坂を上りきったそこに立ちはだかるそれは、本来なら今歩いてきた道でそのまま通過できるようになっているのだが、ダンジョンがそう簡単に一本道の筈がない。


 「行き止まり……?」

 「そのようですけど……」

 二人が訝しむ声を上げる。それぞれの言葉が俺の背中に掛けられている事は振り向かなくても分かる。

 在りし日にはここまで全てそうだったのだろう石段は、壁の向こうで大きく崩れ落ち、2m以上の崖になっている。


 「確かこっちだ」

 壁沿いに右へ。歩きながらインベントリを開き、クイック枠の空きに先程買ってきた北辰樹の樹液をセットする。これで一々インベントリを開かずとも、敵と接近するだけで使用可能アイテムとして表示される。

 ボロボロの土塁伝いに進み、丁度良く人がくぐれるぐらいの大きさに崩れた部分から向こう側へ抜ける。


 ここから先がセランティア城、つまりはダンジョンだ。


 「よっ……と」

 崩れた先は腰位の深さの空堀。元々要塞だったこの城は、先程の石段から見えた本丸――西洋風の城でそう呼ぶのが適切かは分からないが――を二重の城壁で守っていて、その二枚の壁の間はこうして空堀が掘られている。

 この中を進んで、先程の石段が途切れていた崖を迂回するルートになる。


 「よいしょ」

 背中からイオの声。

 同時に視界の上隅に人影が躍る。

 反射的に見上げたそこ=向こう側の壁の上。

 人が歩けるようになっているそこに、ボロ布を纏った――と言うより引っかけただけの骸骨が見下ろしていた。

 スケルトン――この城の代表的雑魚モンスター。その顔の目の部分に開いた何もない穴の中から赤い光点が二つこちらに向けられ、その手に持った弓を引き絞りはじめた。


 「っ!?避けろ!」

 振り返らずに叫び横にすっ飛ぶ。

 直後矢が放たれた――ただし奴に向かって。

 白いエフェクトがボロ布を吹き飛ばし、後を追って光となったスケルトンの弓兵が消える。


 「……無力化」

 「ナイスキル」

 「流石ですね、クオ」

 振り返って仰ぎ見る。

 丁度壁の切れ目に立っていたクオが静かに弓を降ろすと、そよ風が銀色の髪を撫でつけていった。


 「カカカカッ」

 俺達三人以外の声が今度は空堀の中から聞こえてくる――当然、あれだけで終わりじゃない。

 「カカッ」

 「カカカッ」

 改めて進行方向と周囲に目をやると、所々突き出た逆茂木の影から、同じようなスケルトンたちが湧いて出てくるところだった。


 スケルトンが三体。武装は全員ショートソードとバックラー。全て纏っている布と同じくボロボロ。


 「他には敵は見当たりませんし、距離もそう離れていない。散開して叩きましょう」

 「よし、それで行こう」

 「了解」

 ナイフを構えつつ出されたイオの提案に、同様に剣を抜きながら答えて動き出す。

 イオは右、俺は左、直線にいる正面の奴はクオの射線上。

 斜めに見えていたスケルトンを正面に捉え、同時に奴が半壊したバックラーをこちらに向ける。

 それを認識した直後、すぐ右隣の同じようなスケルトンが後ろ向きに吹き飛んでひっくり返った。

 消えていく仰向けのそれ。そのしゃれこうべに周囲の逆茂木同様に天を向いた銀の矢。

 ナイスショット――振り返りはしない。流石に目の前の奴から目を離す訳にはいかない。


 「カァッ!」

 カラカラと衣擦れならぬ骨摺れとでもいうような音を立てながら、骨格標本のようなスケルトンがこちらに剣を向ける。

 やや左半身となってバックラーをまっすぐにこちらに向け、後ろに下げた右手で腰の高さにした剣の切先を突きつけてくる。

 こちらは応じるように左足を前に、剣を右肩に担いでそのまま一歩。


 相手が同時に一歩詰めてきた、その出鼻に飛び込んで右足で踏込み剣を振り下ろす。身長は同じぐらいで、向こうは片手剣、こちらは両手剣。リーチはこちらに有利だ。

 ガッという音と鈍い手応え。バックラーと剣の鍔元が、こちらの刃を奴の頭上で防いでいた。

 受け止められたと理解するのと同時に更に左足を引き付けてから更に半歩踏み込む。上から叩きつけた力を正面からの押し合いにシフト――反撃を防ぎ、同時に追撃のチャンス。


 こいつらは遅い。だが厄介だ。

 バックラーで防御された場合はすぐに離れるか鍔競り合いに持ち込むように動くかしておかないと、受け流されてから手痛い反撃を受けることになる。


 そして後者の選択への奴の反応=押し切られまいと両手で対抗。

 成功だ。


 剣に少しだけ力を加えると、自然な反応として向こう側から押し返してくる。

 「しゃああっ!!」

 その押し返しの瞬間、先程引き付けた左足を一気に引き下げ、その動作に上半身を乗せた。

 一瞬で奴の手元から引き上げる俺の刃。足の動きに合わせて自分の顔の左横を掠め、右手一本で風車の様に一回転。


 そして、その勢いのまま裏刃で下から切りあげる。


 「ガカッ!!」

 乾いた音と、軽い手応え。それに少し遅れた奴の叫び声が聞こえる頃には、刃こぼれだらけのショートソードを持った奴の右腕の肘から先が高々と飛び上がっている所だった。


 「シッ!」

 鋭く息を吐き、吹き抜けた剣を肘と手首の動きで引き寄せると、今度は両手で持って左から右に頭をひっぱたく。

 万歳の姿勢のまま右腕の肘から先が無くなった奴に防ぎようもない。

 再度の軽い手応え。それだけを残して、奴は無数の骨に散らばって消えていった。

 「よし」

 小さくそう呟く――ごく個人的な勝ち名乗り。

 それによって勢いをつけて右を見ると、丁度こちらもけりをつける瞬間だった。


 「カカカッ!カッ」

 スケルトンが剣を振り下ろす。バックラーと合わせて両手剣のように振るのは反撃から手を守るためだ。

 「カッ!」

 だが奴の想定しただろう反撃は来なかった――その時は。

 向かい合った相手=イオはナイフで斬撃を受け流すと、それと同時に左斜め前に跳び出す――相手から見れば右に相手が消えた様に感じる動き。

 「カカッ!」

 当然、スケルトンも馬鹿ではない。

 突然目の前から消えた敵を追うべく向き直り、その勢いで同時に横薙ぎ――イオが動いたのはそれと同時だ。


 「たっ!」

 鋭く短い気勢と共に更に一歩踏み込み、横薙ぎを始めた相手の右腕を絡め取り、それを引っ張るように極め上げると同時に足をかけて引き倒した――のだろう。

 だろう。というのは、なにもちゃんと見ていなかった訳ではない。

 そういう動作を行ったと脳が理解した時には、彼女は足元に転がった頸椎を枯れ木でもそうするかのように踏み砕いていた。


 ビクンと痙攣するスケルトン。その小さく跳ねた手足が地面に着くと同時に、それらは消えていった。


 「よし、これで一段落ですね」

 額の汗をぬぐい、小さく一息ついてそう呟くイオ。

 「まだ隠れているかも知れない。油断しないで」

 彼女の元に歩み寄りながらそう言い、クオは弓を背に納めると代わりにハンドアクスを引き抜く。


 その言葉が決して過剰な警戒ではない事はすぐに示された――進行方向の逆茂木の影から、今倒したのと同じ骸骨の剣士が二人飛び出してきた。

(つづく)

骸骨とか踏み潰しちゃう系AI


それでは、また明日。

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