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サルベージ・ゲーム  作者: 九木圭人
プロローグ
2/103

プロローグ2

 即答は出来なかった。

 暇だと答えてしまった自分を正直恨んだ。


 確かに俺はVRゲームについては詳しいつもりだ。日下もゲームはやるが、あくまで暇つぶし程度だっただろう。

 俺は確信を持って言える。VRゲームについては日下よりも遥かに詳しい。高校一年の夏まで井出と同じような状況だったのだから間違いない。


 VRゲームが爆発的に普及したのは、俺が小学生の頃だったと思う。

 当時はまだ黎明期と呼ばれる頃で、その機能も今にしてみれば控えめなもので、リリースされたソフトも少なかったが、それでも――ソフトもハードもどちらも――話題作の発売日には社会人すら有給を取って行列を作る程の過熱ぶりだった。


 それから数年後、俺が中学二年生の頃に――いいか悪いかは別として――発売された当時の最新機種『ヴァルター2000』が、俺にとっての人生の分かれ道だった。

 ヴァルター2000――ゲーム業界の古豪エーアイピーシステムズが発売したこのVRゲーム機は、複数のライバル企業が発売した同時期のVRゲーム機――例えば傑作機と名高い『N32』やコアなファンを抱える『サーガジュピター』などと並ぶ大人気ハードだった。


 そしてそのヴァルター2000の初期の話題作の一つにして既に発売から六年たつにも関わらず未だに人気を誇るVRMMORPG『エバークロニクルオンライン』が、当時中学二年生の冬休みだった俺の、生活全てになるのに時間はかからなかった。

 中高一貫校で高校まではほぼエスカレーターであったこともあり、点滴のお世話になる程ではないにせよ昼夜を問わず没頭した俺は、ゲームの腕前と引き換えに高校一年の夏まで続く引きこもり生活を始める事となる。

 一年と数か月後、まともな学校生活に復帰した俺は、それから毎日補習漬けで高校二年生の夏休み前になってようやく成績下位のグループの中間ぐらいになることが出来た。


 地獄のような一年間を終え、それから何とか授業に食らいついて、今こうしてそれほど頭のいい学校ではないにせよ大学生が出来ているのは何より先生方と――普段なかなか言えないが両親の……まあこの話は置いといて、高校生当時から俺のオタク仲間だった井出が、今になって廃人になっているという。


 「まあ、分かった。なら、その井出のお父さんに日程決めてもらってくれ。大学ももうすぐ夏休みだし、そしたら基本的にいつでも大丈夫だから」

 正直、会った所で大した事は出来ないと思う。

 ただ井出のお父さんの気持ちもなんとなく分かる。

 正直な所、引きこもりの相手なんて実の親でもちゃんとできない――俺の家がそうだったように。

 よくちゃんと向き合えば、とかテレビで偉い先生が言っているが、そもそも向き合う窓口を引きこもり側が示さないのだからそんなもの不可能だ。

 そうなる前にと言うのはもっともだが、今その問題に直面している人にそれを言うのは死にそうな重病人に健康診断の有効性を説くようなものだ。遅すぎる正論は意味がない。


 おそらくだが、井出のお父さんという人には、俺はかつて息子と同じように引きこもりで、それから復帰した人物として引合されるのだろう。

 ならやることは決まっている。話を聞いて、それっぽい事を言って、何とかして力になれるように、最大限のポーズを示してくる事だ。


 例えそれが気休めでしかなくとも、きっと井出家にはそれが必要なのだろう。


 俺のその考えは、注文を取りに来たウェイターの到着と同時に放たれた日下の言葉によってしっかり否定されてしまった。

 「良かった。じゃあ頼むわ。お前の腕前の事を話したらすごい興味を持ってさ――あ、ウーロンハイ一つ」

 俺の腕前――間違いなくゲームの話。


 それから数日後、話をつけてくれた日下から聞かされた大学病院に尋ねていく。

 総合受付で病室を聞き、エレベーターでその階まで上がると、しんと静まり返ったその廊下に、リノリウムの床がスニーカーと音を立てた。


 件の病室の扉をノックすると、中から男性の声で返事がある。

 「失礼いたします」

 音もなく簡単に開く引き戸の向こうには、五十歳ぐらいのスーツ姿の男性と、彼と年のころはほとんど変わらないだろうブラウス姿の女性がこちらに向かって立っていた。

 実は井出の家族に会うのはこれが初めてだが、伝えられていた個室に入ると、たとえそこにいるのが良く見知った人物でもその光景に呆気にとられただろう。

 恐らく井出のお父さんだと思われる男性はピシッとしたスーツ姿で、黒々とした髪をしっかりセットしている。

 その隣の、恐らくお母さんだと思われる人物は白いブラウスにライトグリーンのカーディガンという出で立ちで、どちらもしっかりした人なのだろうという雰囲気を漂わせている。

 何と言うか、俺の両親とはタイプが違うというか、どことなくハイソな空気があった。


 だが、呆気にとられたのはそこではない。

 「はじめまして、十川一(そごうはじめ)と申します」

 「井出健人の父です。この度はお呼び立てしてしまって申し訳ありません」

 頭を下げた俺に、スーツの男性は俺以上に畏まって名刺を差し出してくれた。

 「あっ、すいません。名刺の持ち合わせが――」

 確か名刺交換の際に相手に渡せないのは失礼にあたるとマナー講座かなんかで聞いたことがある。

 だがそれでも井出のお父さんは畏まった態度を変えず――それこそ、ビジネスのように――俺を病室に招き入れた。


 そこには異様な空間が広がっていた。


 ベッドには痩せ細って、ミイラの様になった井出が横たわり、真っ白な掛布団から出された右腕には点滴が繋がれている。

 彼の体からは他にも何本かケーブルのようなものが伸びていて、それらが心電図やら、血圧やら、なにかそういうものを測る機械に繋げられている。

 ここまでは良くある普通の病室だ。

 ミイラの様にやせ細ってしまったかつての友の姿はあまりにも痛々しくて、色白だと思っていた肌は土気色を帯び始めているようにすら思える。


 確かにその姿は見るに堪えない。だが本当に異常なのは、彼の首から上だ。

 彼の顔は隠されていた。より正確に言えばその鼻から上が、だが。


 彼の顔の代わりに俺を迎えたのは、ドイツ軍のヘルメットのような機械――俺がかつて装着していない時間を探す事が困難な程に没頭していた、ヴァルター2000だった。

 彼は今この瞬間も、即ちその姿に釘づけにされている俺と、その横で沈痛な面持ちをしている自身の両親との、六つの目が痛ましい姿になってしまった友と息子を見ている最中も、その意識はゲームの世界に行ったきりなのだ。


 「……もう一年間、ずっとこのままなんです」

 井出のお母さんが、絞り出すような声で教えてくれた。

 「一年間、ですか……」

 俺はカラカラになってしまったような気がする喉から、同じように声を絞り出す。

 「入院してからはもうすぐ半年になります。毎日こうして、痛々しい姿を見る事しか私には出来なくて……」

 その姿を見た俺の頭には、帰ったら母親を大事にしようという、いささかずれた思いが第一に浮かんだ。

 井出母のその姿は、思わずそんな考えが頭を支配する程に、あまりに哀れで悲しげだった。


 そして、その思いから少し遅れて現れたのは違和感だった。


 「半年間、毎日来られていたのですか?」

 「ええ、毎日です。いつか目を覚ましてくれるんじゃないかと……」

 だとしたらおかしい。

 手元の名刺に目を落とし、それからそれをくれた本人に目をやると、俺の感じている違和感の答えを知っているその人は渋い顔をした。


 名刺にもう一度目をやる。

 エーアイピーシステムズ株式会社 ソリューション開発部開発企画二課課長補佐 井出正臣――息子を捕えているゲーム機の開発元の企業の従業員。


 「半年間一度も、ですか?」

 俺の質問の意味が分からない筈がない。

 「恥ずかしいお話ですが、そうなのです。この病室にも、バッテリーに繋ぎ直してから搬送した位で」

 井出のお父さん、いや、井出課長補佐は苦虫をかみつぶしたような表情でそう答えた。

 それを聞いて生まれた、ほぼ確信に近い推測の答えあわせをするため、俺は井出の枕元に移動し、ヴァルター2000の前頭部――鉢金と俗に呼ばれるゴーグル状に盛り上がったパーツに手を掛け、少し力を入れて正面のスライドカバーを上に外す。


 「……成程」

 カバーの中には定期券程度の大きさの黒い板状の機械が配線の束の真ん中に鎮座していた。本来なら貼られている筈の、分解や改造を禁止する旨のステッカーはない。


 「あの、何を……」

 訝しがるように井出母が尋ねてくる。

 ちらりとその夫の方を見ると、ほんの僅かに頷いた――許可は下りたので話す。

 「彼はこのゲーム機を外していないのですね?一度も」

 「ええ、そうです」

 前提条件を確認して、恐らくこうしたものには詳しくないだろう彼女にも分かるように、そして出来るだけショックを与えない言葉を選んで説明する。

 「どうやらこのゲーム機は改造をされています。このゲーム機のこの部分に入っている部品には、本来は長時間連続しての使用を防止するための機能が入っている筈なのですが、どうやらその部品を正規品以外に交換していますね」

 そこまで話して彼女の顔を見ると、まだ良く分かっていないようだった。

 まあ、分からないならその方がいいだろう。


 だが井出父は、その辺を妻に理解させることにしたようだ。

 「本来の製品であれば、こんな事態にはならないんだ。だから普通はこういう事態を避けるために改造を禁止するステッカーを貼って警告しているんだが……」

 

 つまり、自分の息子が何をしたのかを。


 「どうやら息子はそれをやったらしい」

 「やったらしいって……、そんな事は初めて聞きましたよ!?」

 井出母が声を上げる。

 「じゃあ何、この子は禁止されている事をして、それでゲームを辞めなくなったって言うの?いったい何が不満で……」

 そこまでヒステリック気味に並べると、くるりと俺の方を見て言った。

 「その改造って言うのは、そんなに簡単にできる事なの?」

 「ええ、この機種は非常に人気がありますから。社外品や改造ツールなんかも出回っていますね。それこそ、ちょっとした知識があれば誰でも――」

 そこまで話すと、井出母はしぼんでしまったように立ち尽くしていた。

 無理もない。自分の息子が禁止されている改造をした挙句に――つまり自ら望んで廃人になってしまったのだ。

(つづく)

プロローグはまとめて投稿します。あと二話ぐらいの予定。

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