イオとクオ4
女将がいなくなったところでクオが言葉を続ける。
「ただ、今朝からの聞き込みにより、これより西のセランティア城にて条件に合致するファントムが先月から見られるようになったとの情報がある」
「本当ですか!?」
イオが身を乗り出して聞き返し、クオは静かに頷いて続ける。
「出現する場所は鐘楼の一階部分のセーフエリア内。そこ以外での目撃例はなく、恐らく誰かを待っているものと思われる」
セーフエリア――ダンジョン内でありながら敵が出現せず、他のプレーヤーと出会う事も多い安全地帯だ。
「セーフエリアにいるのなら好都合です。探索中なら厄介ですが」
「恐らく誰かを待っている以上、到着してからはそう遠くには行かないか、或いは何らかの連絡手段を残していると思われる」
この世界のダンジョンはロッド制というシステムによって成り立っている。
多くのプレーヤーがダンジョンに殺到してすし詰めにならないようにと採用されたシステムとの事で、ダンジョンに入ると一定の人数毎に『ロッド』と呼ばれる仮想フォルダ内に一纏まりにされ、ダンジョン内では同一ロッドのプレーヤーにしか遭遇しないようになっている。
このロッドをダンジョンごとに複数用意することで、イベントなどで大人数が集中しても常に変わらずプレーできるようになっているのだそうだ。
かつて聞いた「都内の地下鉄並みに本数の多いジェットコースター」という例えが、俺の聞いた中で一番分かりやすかった。
「はい、エール三つお待ちどう。ごゆっくり」
それぞれの前に木のジョッキが置かれ、一時中断。
「まあ、とにかく」
クオが再開する――と思ったが、彼女は自らのジョッキを持ち上げた。イオもそれに倣う。
「成功を祈って乾杯」
「乾杯!」
「あっ、か、乾杯」
二人の声に遅れて俺もジョッキを持ち上げる。
……意外とマイペースだなクオ。俺の所持金が減っていないところを見るとおごってくれたのだろうから文句は言わないが。
酔わないエールを一気にあおる。未成年でもプレー可能なのでエールと言うよりエール味のジュースだが、まあ仕方がない。そもそも実際には何も飲んではいないのだから。
「……っぷは」
クオがジョッキを置き、髪の色に近い泡の口髭を指先で拭い取ると、改めて話を戻す。
「セランティアにギュンターの出現は今のところ確認されていない。ただ、イオの報告にあったファントムの行動パターンからするとここでギュンターを待っている可能性は高い」
それまで通りの落ち着いた口調。
とてもジョッキの中身を半分近く飲み干した口とは思えない。
その言葉を聞いて、同じく髭を作っていたイオが勢いづく。
「そうと決まれば早速行きましょう。デンチもよろしいですか?」
「あ、ああ。実は出発する前に報告することがあってな」
赤と青の四つの目がこちらを覗き込む。
それが少しだけ居心地が悪い――という訳でもないのだが、なんとなく視線をテーブルに落としてからファントムの書き込みの件を伝える。ケーニスのギュンターの口からファントムの名を聞きだした時に周囲を確認したことをイオに確かめながら。
「――という事が昨日の夜あってね」
「うーん……」
話し終えると、イオは小さく唸ってちらりとクオと目を合わせる。
一拍、沈黙する。それを破ったのはクオだった。
「私もケーニスの構造は知っている。けど、あの騎士像の前での戦闘を夜間に視認範囲外から監視する事は不可能かと」
「そうですね。私もそう思います」
AI二人の答えは否定だった。
そしてその反応に、俺が困っていると判断したのか、イオはすぐ言葉を続けた。
「勿論、デンチの話を信じないと言う訳ではありませんよ。……ただ、こちらに気付かれずに見ていたとは思えません。途中まで見届けた後で退散したのでは?」
まあ、それが妥当な所だろう。
同僚の説明にクオが付け加える。
「何らかのクランか、或いは個人的な繋がりがあれば伝聞で知ることも可能です」
クラン――冒険者ギルドや、各種職のそれらとは異なり、プレーヤー同士が集まった集団をそう呼ぶ。内容はただの仲良しから秘密結社然としたものまで様々だが。
「まあ、そうだな……」
話してみると随分と簡単に答え――あくまで現時点のだが――が出るものだ。
それに、幾分目撃した時よりも気持ちが楽になったような気がする。
それで一応の解決と判断したか、イオがジョッキの残りを飲み干してからほっと吐き出して言った。
「いずれにせよ、実物に会えばはっきりします。よろしければ、もう出られますか?」
「うん。行ける……ああ、ちょっと待ってくれ」
答えてからちらりと店の奥を見る。宿屋の受付をやっているカウンターの隣に立っているもう一人のNPC。四年前の記憶が正しければ、そして変更されていないのなら、ここで用は足りるだろう。
「ちょっと買い物が必要だ」
「買い物……ですか?」
残りのエールを飲み干して立ち上がった俺に同じようにイオがついてくる。
向かうのはカウンターの端にいるNPC。大体の町に一人はいる商人NPCだ。
「いらっしゃい。何にしましょう」
カウンターの前に立つと自動的に表示される「買う」と「売る」の選択肢に、商品の一覧。
その一覧に目を走らせてから「買う」を選択する。
「北辰樹の樹液を十個ください」
「はい!2000クレーズになります」
代金が消え、北辰樹の樹液の保有数が3から23に増える。
北辰樹の樹液は武器に一時的に神聖属性を付呪するアイテムだ。セランティア城にはこれが有効な敵が多く出現する。それなりにダンジョンが広い上に効果時間が三分しかないこれを三個だけの手持ちでは少し心許ない。
「アンデット対策ですか?聖属性付呪なら私も出来ますが……」
後ろからイオがそう申し出てくれるが、俺は首を横に振ってから振り向く。
「イオは回復魔法も使えるだろ?昨日みたいにPvPをする羽目になるかもしれないから、それまでMPを温存しておいてほしいんだ」
正直な話、ファントムが手を出してこないとは限らない。
セランティア城は出現するモンスターこそ厄介なものの、ダンジョンの突破だけなら広さこそあれ大して複雑な構造でもなく難しい所ではない。初来訪時には確実に出現するやたら強いモンスターがいるが、それは既に倒している。
となれば警戒するべきはやはり人だ。
その事にイオも納得してくれたのだろう。
「成程……。了解です」
その時は頼りにしてくださいね、と笑顔で付け加えてくれた。
「あ、ああ……」
多分、本当は何か気のきいた台詞か何かを返した方がよかったのだろう。
だが口を突いたのはただそれだけ。
「……よろしく頼む」
辛うじて吐き出したそれも、聞こえるかどうかという小さい声だった。
相手は機械だ。それは分かっている。
だがケーニスでのやり取りと同じだ。分かっていたとしても、あまりこういうやり取りには慣れていない。
つまりその、女性と親しげに会話するというのは。不意に――実際にはプログラムだとして――真っ直ぐに自然な笑顔を向けられるというのは。
だから彼女の後ろで、宿屋のカウンターから何かを受け取っているクオが視界に入った時には助かった。
彼女は何か包みを受け取っていた。
宿屋で受けられるもう一つのサービス=弁当だ。
一食分の代金を払えば、回復アイテムであるこれを購入する事が出来る。
効果で言えばそこらで市販されている回復薬と同じな上に割高なので、薄いスポーツドリンクのようなそれの代用としては味を楽しむ以外にない。
「……案外大食いだな」
本人に聞こえないように呟くと、イオもまた同じくらい小さな声で囁きを返してくれた。
「様々なキャラクター性の模索も試験の一つでしたから」
ギャップという事だろうか。
ただ、おかげで話題を逸らすのには成功した。
「お待たせしました。こちらの準備は出来ています」
先程までと同じ涼やかな顔でそう告げるクオ。もしインベントリがなかったらその手に弁当を抱えている所だ。
実際には弁当はインベントリに消えていて、今の彼女の持ち物といえば弓の中でも愛用者の多いコンポジットボウを担ぎ、護身用のハンドアクスと共に腰に提げられた矢筒からは透き通るような白い羽が無数に覗いているという、まさしく狩人といった装備。インベントリは偉大だ。
「ああ……、じゃあ行こう。アンデット対策も?」
こちらに戻ってきたクオに尋ねると、彼女は矢筒をこちらに見えるように僅かに腰を捻った。
「銀の矢を用意しました。数は十分。それに聖属性付呪も可能です」
銀の矢はアンデットに大ダメージを与える事が出来る矢だ。普通の木の矢に対して売値が二十倍の高級品だが、公式だけあってふんだんに使えるのだろう。
万一弾切れでも、ハンドアクスに聖属性を付呪すれば十分な戦力になってくれるだろう。
それぞれの持ち物を確認して俺達は店を出た。
≪クオ とパーティーを組みました≫
イオの時と同じウィンドウが表示される。ステータスを見ると名前と職、装備以外はイオと同じもの。 詳しくは見ていないが、職と装備が違う事から使えるスキルも異なるだろうが、各能力値は変わらない。恐らく各機に差異が出ないようにしているのだろう。
「よろしくお願いしますね、クオ」
「こちらこそよろしく」
イオに答えてからこちらに向くクオ。口元に微笑を浮かべた柔らかな表情が向けられる。
「改めてよろしく」
「ああ、よろしく」
挨拶を終え、俺達は歩き出した。
三人組など、久しくなかった組み合わせだ。
金銀銅に並んで来た道を戻る。セランティアは先程の丁字路を曲がって村を出た先だ。
(つづく)
男もすなるぎゃつぷ萌へといふものを、AIもしてみむとて(ry
今日日大食いキャラなんてなんの珍しさもないなんてのは言わないお約束
それでは、また明日。




