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サルベージ・ゲーム  作者: 九木圭人
イオとクオ
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イオとクオ2

 「なら、早速向かおう」

 「はい!」

 話が決まるや否や、俺達は足早にニールベルク側から離れる。

 下を見るとキラキラ光る川面に小舟が何艘か浮かんでいて、まさにこれから一日が始まるという活気に満ちていた。

 その活気を背に、同じように行き来する連中の群れに向かう。

 ケーニスの両方のたもとは街道を行き来する馬車の溜まり場になっていて、群れはそこへ向かい、またそこから湧いてくる。

 昨日より随分と人――正確に言えば肉入りが多い。


 「随分人がいますね」

 イオも同感だったようだ。

 「まあ、学校も夏休みだからな。昨日の奴も恐らくはその類だし」

 何よりも自分がそうだから、とは言わないが。


 だが、イオにとって興味を引かれたのはそっちではなかったようだ。

 「昨日の、ですか……」

 昨日の奴=勿論彼女が忘れている訳もない。

 自分で首を切って不正を告発した。恐らく今頃はぶすっくれているか、ネットに悪口でも書きこんでいるか、或いは――まずないだろうが――あの時の言い訳通り、本来のアカウントの持ち主である親から私情100%のお説教中か。


 「……なんで、チートなんか使うんでしょうね」

 奴の今の境遇に対する想像はその一言で打ち切る。

 分からない、単純に理解不能というよりも、そこに至った事を悲しむような静かな口調。

 「そんな事をしても、ゲームが楽しいとは思えません。周りも自分も、面白くない思いをするだけ……そうではないのですか?」

 身長の関係で見上げるように俺の顔を覗き込んでくる。

 その表情もまた、口調を表しているように曇っていた。


 「うーん……」

 答えに詰まる。

 正直、全く面白くないかと言われれば、多分そんな事はないだろう。

 所謂無敵チートで俺TUEEEという状況を味わいたいという気持ちは、多分誰にでもある。


 「勝ちたいから、じゃないかな」

 歩きながら何とか編集した頭の中の答え。ふとよぎったのは帰宅時に聞き流したスポーツニュースだった。

 「最初はきっとイオの言う通り、ゲームを楽しもうとしていたと思うよ。あいつも。でも、そのうち勝つ方が楽しくなってきた。勝つのは負けるより気分がいい。それは分かるだろ?」

 問いかえすと彼女は小さく頷いた。

 それを確かめてから思いついたばかりの自説を続ける。

 「やがて勝利の喜びを得るためなら手段を問わなくなってきた。そうなった時に確実に、ほぼ確実に勝てる手段を見つけたら、飛びつくものじゃないかな?」

 確証は何もない。

 もしかしたら――多分そうだが――そこまでちゃんとした理由もなく、ただ気持ち良くなりたかっただけかもしれない。

 勝って嬉しいのは事実だ。例えそれが不正によって手に入れたものであったとしても。いや、或いは他人が手に出来ないものを手に入れたという興奮や優越感から余計にそう感じるかもしれない。


 そのペナルティーが格段に重く、またそれを理解していたであろうプロスポーツ選手ですら――理由は様々だろうが――手を染めるのだ。いわんやゲーム廃人をや、だ。


 「成程……そうかもしれませんね」

 イオにとって、つまりは機械にとって理解できる感覚なのかは分からない。

 だがとりあえず納得はしたようだ。


 「あの、でも、だとしたら、いえ、だとしても……」

 「うん?」

 納得はした、と思った途端にその続きがあった事を知った。

 彼女は心配そうな顔で俺を見上げている。

 俺がそれに気づいたのを確かめてから一拍、それから少しためらうように言葉を続けた。

 「……デンチは、そういう事しませんよね……?」

 「しないよ。したいとも思わない」

 嘘を吐いた。

 多分同じ状況に置かれたらやらないとは言い切れない。少なくとも、廃人時代の俺がそのやり方を知っていれば。

 だが今はしないだろう。昨日のアレを見てその上でそんな事を考えるほど俺は大物ではない。


 「そうですか。なら……良かったです」

 俺の心中を知ってか知らずか、彼女はほっとした様子でにっこり笑った。

 「ま、まあな……」

 少しどもったのは後ろめたさからだけではない。

 相手はイオだ。つまり機械だ。

 そんな事は分かっているし、昨日は普通にやり取り出来た。

 だが、こういうのは慣れていない。自分を話題の対象にされるのは。その上で自然な――少なくともそう見える――笑顔を女性に向けられるのは。


 そんなやり取りをしながら、馬車を探す群れに入り込むと、群れの先輩たちがやっているのと同様に俺達もまた、適当な馬車に当たりをつける。荷台の両脇にフクロウと天秤の紋章がはめ込まれた二輪二頭立て。

 「おはようございます!どちらに行かれます?」

 馬車の上から、御者の男のだみ声が落ちてきた。

 男の胸に荷台と同じ紋章――当たり。


 「ここからワイガに行きたいんですが」

 「ワイガね……それなら70クレーズでどうでしょう?」

 70クレーズ=妥当な額。

 「ならそれで」

 「あいよ。それじゃ後ろへどうぞ!」

 商談成立――の直後、後ろから声が飛んできた。

 「うちなら50クレーズで出すよ!」

 振り向いた先に同じような馬車と御者。違いと言えば紋章の有無。

 「悪いがもう決まったよ。また今度」

 そう答えるや否や俺は早々に荷台に飛び込んだ。


 「……よろしかったのですか?」

 後を追って乗ってきたイオが耳元で囁く。

 「いいんだ。あれは馬車強盗だから」

 強盗という物騒な単語に慌てて振り返るイオだったが、ゲームスシステム上乗車前に断った馬車強盗は消滅する――ある種の救済措置だろうか。


 「変に安い馬車は危険だ。あの男はオルドン商会の紋章もなかったからまだ見破りやすい方だがな」

 このゲームの変にリアルと言うかシビアな所がこれだ。あの馬車に乗れば行き先をどこに指定しようが人気のない場所に連れて行かれた上で正体を現した山賊どもに囲まれる。

 そうなった場合の結末は三つ。素直に身ぐるみはがされて捨てられるか、抵抗して死体にされてから身ぐるみはがされるか、反対に全員を死体に変えてやるかだ。

 中には敢えて一杯食わされてから三つ目を選び、怯えて逃げ惑う山賊を相手に人間狩りをする血に酔ったプレーヤーもいるが、山賊はこちらのレベルで強さが変動する上にアウトロープレーの一環として山賊団に加わるプレーヤーもいるためリスクは高い。


 どちらにせよ、今は係るべきではない。王国全土でタクシー馬車を扱うオルドン商会の馬車は確実に安全なため、商会のシンボルであるフクロウと天秤の紋章の入った馬車を使えば問題がないのはせめてもの救いだ。

 ――イオはこのゲームに実装される予定のAIだが、その辺の事は知らされていなかったのか。


 荷台に上がると、それまで同じ高さだった行きかう連中の頭を見下ろせた。

 インベントリが自動的に開き、所持金から70クレーズが自動で減らされ、同時にカタカタと軽い振動と共に景色が後ろに流れ出した。


 川沿いに町から離れていく。向かい合って座っていた関係から、イオの背後に二つの頭が流れてきた。

徒歩の二人組。後ろの一つに見覚えがあった。昨日ギルドで出会った『いぬキャット』氏だ。

 「ジンリー!おい行くぞ。地下鉄行くぞ!」

 彼は俺に気付かなかったのか、振り返ってそう叫ぶ。誰かを呼んでいるようだが、その後の地下鉄というのは聞き間違いではない。

 といっても勿論、剣と魔法の世界にそんな現代的なものが走っている訳ではない。馬車だまりから少し下流に行ったところにある地下ダンジョンの通称だ。


 地下深くに降りていくこのダンジョンの正体はかつて破棄され朽ち果てた地下鉄の駅。

 今のこの世界が生まれる千年近く前に存在し、最終戦争によって滅亡した高度な先発文明=ほぼ現代と同じ文明。その遺跡が各地に残っているという設定だ。

 ゲーム内のNPCから見れば正体不明の過去の遺跡でも、プレーヤーからすればよく知っている現代の施設ということで、ロマンとささやかな優越感を抱かせてくれる。

 ――廃墟マニアを取り込むにも成功したらしいが。


 「おう!今行く!」

 後ろから、つまり『いぬキャット』氏が後ろに流れ、昨日とは違いチェインメイルを着込んでメイスを腰から下げた全身が見えてきた頃にその呼ばれた人物の頭がイオの後ろで声を返した。

(つづく)

ファンタジー世界のかつて滅んだ文明が明らかに現代なのすき

初めてみたのは聖剣伝説2でした。


では、また明日。

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