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サルベージ・ゲーム  作者: 九木圭人
イオとクオ
16/103

イオとクオ1

 「成程、あれでは抑えられないか……。まあ、いいさ」



 ※  ※  ※



 翌朝、俺は――休みの日としては本当に久しぶりに――八時少し前に起床した。

うっかり半開きになっていたカーテンの隙間から差し込む朝日に無理矢理起こされた形だが、それでも日の出から八時まで眠れたのは、無理矢理に眠ったにしては上出来だろう。


 無理矢理:ファントムの一件を気にしないように。

 あの時、ケーニスの橋の上での一件を奴はどこかで見ていた。俺達が周囲を確認し、誰もいないと判断した筈のあの場所で。

 早く確認したい。早い所イオに報告しておきたい。

 経験則=早く眠れば、それだけ早く朝が来る。

 そしてそれまで安心しておくために、つまりは眠れるために昨日は仮説を一つ立てて無理矢理目を閉じた。


 仮説:俺達が見落としていただけ。或いは昨日のギュンターがゲロッた為に撤退した。

 そうだ。そうに決まっている。昨日から引き継いだそれを信じ、同時に鳴り響いたスマートフォンのアラームにどきりとする。

 音量も時間も自分でセットしていた筈なのだが、いざ鳴ってみると喧しい。


 「……よし、行こう」

 馬鹿な考えを無理矢理打ち切る。

 爽やかな朝の目覚め、と呼ぶにはかなり眩しい窓の前に立ち、カーテンを全開にすると、既に暑い光を背に浴びて一階に降りた。

 「あら、今日は早いのね」

 階段を降りたところで母親とすれ違う。

 「ご飯適当に済ませて。それとパジャマ脱いだら洗濯物に出しておいて」

 「うん」

 足早にトイレに向かいながらそう言う母に、俺も振り返らずに答えて居間へ。

 隣接している――というより2DKなので一体化している――キッチンで水を一杯。それから保温を切ったもののまだ温かい炊飯器からご飯をよそい、冷蔵庫から納豆と生卵を出して全て混ぜる。

 朝から授業のある日は大体これで済ませている。手早く済ませられて栄養価も高い――と思う――ため重宝するメニューだ。


 冷蔵庫から五分ほどで食事は終わり。茶碗と皿とを洗い、納豆の容器だけゴミ箱へ。

 それから洗面台に直行。途中で母親とすれ違う――今日は便秘解消したのか嬉しそう。


 身支度を終えてもまだ九時までには四十分近く時間がある。俺は部屋から財布を取ってくると、そのままコンビニへ。


 今日も相変わらず、この時間から暑い。

 ヒートアイランド現象という聞くだけで暑くなる言葉が脳をよぎり、袖口で額を拭って昨日の夜食を買ったコンビニに向かった。


 自動ドアをくぐると別世界――涼しさの楽園。

 小さく溜息をつきながら文具コーナーに向かい、封筒やらノートやらの近くに置かれていた履歴書に目を落とす。

 今回の一件が落ち着いたら新しいバイト探しもしなければ。無事に井出を現実に戻せれば謝礼も出るらしいが、継続的な収入は必要だ。

 ――勿論、来る就職活動においてもその経験が必要になるのだろう。普段はバイトと正社員は違うとか、アルバイト感覚で仕事をするなとかなんとか言いながら、その正社員になるためにバイト経験を聞くのもおかしな話だと思うが。


 まあ、それは置いといて。まずは履歴書だ。

 今あるのは二種類。手に取って少し見比べ、より在庫の多い方を選択しレジへ。

 何も判官贔屓ではない。ただこちらの方が書く項目が少なそうだったから。資格欄と趣味・特技欄を別々に設けていないのが高ポイント。


 「――っんだよてめえ、その態度はよぉ!?客舐めてんのかオラッ!」

 ――レジ前の騒ぎに気が付かなかったのはまだ寝ぼけているからか。

 「ふざけんなよガキ!おいガキてめえ。誰が給料出してると思ってんだよ、ええ!?」

 クレーマー:腰の曲がったジジイが一人。原因は不明だがえらくご立腹。

 土気色の頬にさした赤み:恐らく怒りからだけではない。

 近づいただけでわかる臭い:その証拠。


 「てめえ顔覚えたからな!っざけんなよガキ!おいてめえ!!」

 随分がなっているが、俺より一つか二つ年上らしい店員の方は全く申し訳ないと思っていないようで、めんどくさそうに話を聞いている。

 「……そっすか。あ、はい。そっすね」

 「お待ちお客様ドゾー」

 隣のレジに妙なイントネーションで呼ばれたのでそちらに向かう。

 中国人らしいそのおばちゃん店員は我関せずといった様子で淡々と会計を済ませる。

 その間も隣のジジイは放送で流れてくるヒットチャートやら、おばちゃん店員の代金読み上げよりもでかい声でがなり続けている。


 ちらりとそちらを見るが、その瞬間運悪くジジイと目があう――嫌な予感。

 「お、おおい!なんだよてめえ!何見てんだよ文句あんのか、おお!?」

 予感的中。

 ちらりと店員を見るが我関せず。そりゃそうだ。騒いでいるジジイより爪の間のゴミの方が重要だ。

 「ってめえ、喧嘩売ってんのかガキ!!おいコラッ!」

 「いえ、別に……」

 「ざっけんなよガキおい!!」

 ガン、と耳障りな音を立てるジジイの足。

 蹴とばした新しい煙草を並べたレジ前のラックがこちらに向く。


 ――ほんの一瞬。昨日のケーニスの一件が脳をよぎった。昨日のあいつのようにこのジジイを締め上げてやろうか。

 だが次の瞬間には却下された。現実世界にアサルトパッケージはない――脳内は常に慎重論。

 会計を済ませ、さっきまで対応していた店員と同じようにそっけなく応じて足早に店を離れる。バイト情報誌持ってくるのを忘れた事に店を出てから気付いたが、スマートフォンを取り出し、すぐ諦めて家路を急いだ。


 「時間がヤバいな……」

 九時まではまだ二十分以上ある。ここから家まで十分と少し。コンビニまで戻っても一分もない距離だ。


 だが時間だ。時間が理由だ。

 脳内は常に慎重論。


 「……ただいま」

 暑く、そして不快な外から涼しい家へ。

 「あ、お帰り。どこ行ってたの?」

 「コンビニ」

 居間でテレビを見ていた母親と今日二度目の会話。そこまで興味はなかったのか、それきりだ。


 「――サッカー界に激震です。イギリス、イングランドの名門として知られるFCアーモリーは現地時間の昨日正午に会見を開き、所属する選手三名が禁止されている薬物を定期的に使用していたと発表しました。薬物使用を指摘されたのは昨年のワールドカップでも活躍したルイス・ベポラッチ選手ら三名で、スター選手に突如かかった疑惑に日本のファンからも驚きの声が広がっています――」

 アナウンサーがスポーツニュースを読み上げるのを聞き流しながら自室に戻り、机の上に買ってきた履歴書を置く。

 と言っても、すぐに書ける訳じゃない。

 一つになったとはいえ特技欄は存在する。昨夜のケーニスでの冴えが半分でもあればと思うが、残念ながら俺の脳はそこまで全方位に活用できるものではない様だ。


 「ま、いいか……」

 分からない事をうだうだ悩んでも仕方がない。そう結論付けた俺はベッドに横になってヴァルター2000を被り、あちらの世界に飛んだ。


 「おはようございます。デンチ!」

 昨日と同じ橋の上、昨日出会った時と同じ格好に戻っていたイオが迎えてくれた。

 約束の時間にはまだ早いが、既に準備は出来ているようだ。

 俺も装備をレザーアーマーからもとのジャケットに戻す。勿論鉄仮面は外して。

 「おはよう、今日もよろしくな」

 「はい、よろしくお願いします」

 お互いに挨拶を交わすとすぐに本題に入る。

 「まず、昨日の件からご報告しますね。木梨に確認を取り、小川と木梨で協議を行いましたが、作戦の機密性の保持という観点からファントム、井出氏どちらもこれ以上の公式としての介入は出来ないという答えでした。お力になれず申し訳ありません」

 頭を下げるイオ。


 「あ、ああ。いや、別にいいんだ。気にしないでくれ」

 彼女がそうしたのと同じぐらいこちらも頭を下げる。

 「ダメ元で聞いただけだよ。木梨さんと小川さんにもそう伝えてくれ」

 彼女の背後にいる二人に申し訳ないような気がしてそう伝えると、その妙な罪悪感から逃れるように別の話を振る。

 と言っても、あのファントムの話を振るのは何となく躊躇われた。理由は分からないが。


 「なら、次はどこに行く?ここのギュンターが外れだった以上はニールベルクに戻って北上か、川を渡っていくかのどちらかだろうが――」

 スタート地点であるニールベルクには昨日歩いてきたケーニス方向の街道の他にもう一本、海沿いに北上する街道がある。街道の先には北部の山岳地帯と、その麓に位置するツーヴァ魔法学園。及びそれと隣接する魔法道具の生産拠点である職人の町ファレンセに至る。

 どちらもそれなりに人の集まる場所だ。特に魔法使いや僧侶、パラディンなどの職にあるプレーヤーは東部ではここを拠点とするケースも多い。

 戻るのは少し手間だが、無駄にならない可能性もない訳ではない。


 「その件についても一つ」

 「何か手がかりが?」

 まだ手がかりとは言えませんが、と前置きしたうえで切り出してきた。

 「公式としてのこれ以上の増員は難しいですが、現在私の他にもう一機実地試験中のPCAI搭載機がいます。試験の一環という名目で彼女の協力を取り付けるよう木梨の方で手配してありますから、一度顔を合わせて直接お話しできませんか?……人間のプレーヤーとの直接的な対話の試験を行うという、こちらの都合でもあるのですが……」

 どうやら俺の離れていたうちに色々話を進めてくれたらしい。

 増員は出来ないが、今いる者を回すことはできるという事か。イオは申し訳なさそうにこちらの都合と言っているが、こちらにとっても好都合だ。


 「よし、そいつは有難い。早速いこう」

 俺が正直に答えると、彼女の顔がぱっと明るくなった。

 「そうですか!良かった。場所はこの川を遡上した先にあるワイガの村です。相手には既に話がいっていますから、現場で待機している筈です」

 次の行先は決まった。ワイガはここから川沿いに北上した先にある農村だ。

(つづく)

コンビニはホント、生きてりゃ誰でも来れちゃうからね

――学生時代のバイト先の先輩


という訳でヘタレ全開で新編スタートします。

それでは、また明日。

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