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サルベージ・ゲーム  作者: 九木圭人
橋上都市
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橋上都市10

 小さく舌打ちが聞こえたが、そんな事より顔の高さに現れた、目当てのもの表示されたウィンドウの方が大事だ。


 「……って、これじゃ何もわかりませんよ」

 同じものが奴の後頭部の上に表示されていたイオが不満げに声を上げる。

 「仕方ないだろ。俺が会った時はいつもその格好なんだからさ。……なあ、もういいだろ?いい加減に――」

 表示されたファントム――灰色のローブに俺達のと同じ鉄仮面から目を離さずに不満を聞き流す。


 「……そうかい。分かったよ」

 「なっ、本気で解放するつもりですか!?」

 だるくなってきた俺とは対照的にイオがしっかりと食いつく――まあ聞け。

 「約束したからな。今回のチートは見逃してやる」

 言い終わる前に奴はにやけ面をこちらに向けていた――恐らく、助かったと言う喜びよりも、上手くいったという喜びの方が大きいのだろう。

 ちょろい奴ら。これで無罪放免だ――舐められたものだ。


 「だから約束通り、()()()()()()チートは見逃してやる」

 「は?」

 「っ!……ええ。そうですね。そうしてあげましょう」

 同じように行間を読み、そして対照的な反応:冗談だろう?と顔に書いてある下の奴と話せる相方で良かったという――多分だが――上のイオ。


 「だから本来ならチート再犯でシリアルナンバーごとさようならだが、大甘判定で今回はアカウント凍結だけという事だ」

 「サン・セヴォの件は今回のとは無関係に自首しましたしね」

 努めて冷静に平坦な声のイオ。こちらでも対照的に青ざめていく奴。

 「はぁ!?ちょ、ちょっと待てよ!何だよそれ!!汚えぞ!!」

 雷が落ちた。

 「最初に汚い真似をしたのはどちらですか!自業自得です!」

 公式の声――という事だろうか。

 ごもっともなのだが、それで納得いかないのも事実だろう。同じ立場なら俺も同じことを叫ぶだろうしな。


 「ふ、ふざけんなっ!そんなのが……っ、そんなのが通る――」

 抗議の叫びを聞き流しながらイオに合図=首の前で手を横に。

 同じく聞き流しながらイオが横にナイフを引き、そして声が消えた――本人の姿と同時に。


 「……まったく」

 溜息交じりに吐き出しながらこちらを振り向くイオ。

 最早必要ないという事か、鉄仮面を外した彼女に倣うと、涼しい川風が汗ばんだ頬を撫でた。


 「今回は外れでしたね」

 イオはそう言いながら上気した顔を左右に軽く振り、それに合わせて金色の前髪が揺れている――少し艶っぽく見えたのは黙っている。

 そんな事は気にもせず、ナイフを腰に納めた彼女に考えを伝えた。

 「まあね。でも、完全に外れじゃないさ。今のあいつの言葉を覚えているか?」

 「ええ。会話ログとして全て保存できます」

 何に使う気だろう?そんな表情でこちらを見つめ返してくる。

 「今回の作戦、運営に協力を依頼して大々的に井出を探すことは出来ないのだろ?だが今の話に出てきたファントムという奴はどうだ?」

 「うーん……、確かに怪しい点はありますが、そればかりは木梨に確認してみないと何とも言えませんね」

 顎に手を当て、小首をかしげている。


 「でも、どうしてです?」

 「今の奴の話じゃあ、ファントムはギュンターなら誰でもよかったと言ってレアな装備を渡してPKをさせていた。それもただのレアじゃなくレジェンドまで含まれる超貴重品を、だ。いったい何のために?そして誰とも分からない相手に気軽にそれをくれてやるほどの余裕はどこからくる?」

 先程降って湧き、馬鹿な鉄砲玉にシリアルナンバー凍結を回避させた疑問を改めて口に出す。

 「こいつの目的は何で、正体は何だ?まず間違いなくまともな奴じゃない。それも、ただ意味もなく他人にレアアイテムを渡して好き勝手にさせるのだけではなく、“ギュンターなら”誰でもいいと相手に一応の条件を設定してきている。奴がギュンターに、つまりは井出のここでの名前にこだわった理由は?色々と怪しい点が多い。こいつの事をもっと理解できれば、井出に近づくヒントくらいは得られないかと思ったんだ」

 以上が俺の考えだ。

 勿論、ファントムの言うギュンターがイコール井出の事とは限らないし、そもそもこの話が奴の作り話だった可能性もある。

 だが作り話だという証拠もない――あの状況であんな作り話を並べる理由もない――以上は、とりあえず調べてみるのも一つだろう。


 仮に奴の言う“ギュンター”が井出の事ではなかったとしても、井出が奴と係っている可能性は十分にある。

 奴を見つけ出せば、それが井出に繋がっているかも知れない。


 そして、俺のその考えをイオは今までのやり取りで理解してくれたようだった。

 「成程、確かにこのファントムという人物が実在するとすれば、それが私達の探しているギュンター、つまり井出氏について知っている可能性は十分にありますね。有力と思われたケーニスのギュンターが外れだった以上、次のギュンターを探すヒントとしては十分有用だと思います」

 相方の理解も得られた以上、こいつを探すのを行動方針に含めてもいいだろう。

 そして当然ながら、その点も織り込み済みだったようだ。


 「協力を得られるかどうかは分かりませんが、ファントムの件は木梨に確認いたします。もし協力を取り付けられれば御の字、それが出来なくても、これだけ目立つ行動をしている人物ですから、他にも目撃情報や接触を持った人も見つけられると思います」

 話が早い。

 もっとも、ファントムという名前も恐らく相当数存在するだろうし、ニックネームで設定している場合は既に変更されている可能性もある。

 まあ、“ギュンターと名乗ったプレーヤーにのみレアアイテムを与えてPKを指示するファントム”と絞り込んで調べればそれほど候補はいない筈だ。


 「では、今後の方針はそれで行きましょう。今日はお疲れでしょうから、もうお休みになられてはいかがですか?」

 イオの提案。実際のところ今日はもうやることはない――だらだらと続けるのを防止させるためか?


 まあ、ファントムについての聞き込みは明日でも問題ないだろう。


 「……そうだな。じゃあ、そうさせてもらうよ」

 「お疲れ様でした!明日は何時から開始しますか?」

 そう聞かれて少し考える。明日は特に予定はない。午前中に開始しても大丈夫だろう。

 「俺は午前中からでも大丈夫だけど、イオは?」

 「私は時間を指定して頂ければ何時からでも大丈夫です。午前中からという事でしたら、朝九時からでもよろしいですか?」

 朝九時=一般的な企業の始業時間。

 恐らくだが、木梨さんが間違いなく即応できる時間だろう。

 「じゃあ、九時で」

 「了解しました。それでは、また明日ここで」

 話は決まった。明日は朝から――恐らくあまり連続してはイオに怒られるだろうが――ゲームに張り付くことになるだろう。


 「ああ。それじゃまた明日。お疲れ様」

 「お疲れ様でした。……さっき、格好よかったですよ」

 ほんの少し頬を赤らめながら付け加えられた最後の一言。

 社交辞令なのだろうが、嬉しくないなんてことはない。


 ゲームを終了して現実世界に帰ってから、自分がにやけている事に気付いた。

 「……そりゃどうも」

 もう聞こえないゲーム内の相棒にそう呟くと、被っていたヴァルター2000を脱ぐ。


 久しぶりの心地よい興奮と、脳が冴えていく感覚。

 やっぱり俺はこれが好きだ。


 ベッドから起き上がる。興奮はまだ冷めず、頭の中では今日のハイライトが何度もリピート再生されている。


 今日のハイライト=言うまでもなくケーニスギュンターとの一騎打ち。


 PKの経験はそう多くないし、特別得意でもなかったが、それでもやはり興奮はするし、なにより勝った時の爽快感はすごい。

 そしてその心地よい興奮が、俺を机の上のPCの前に座らせた――我ながらやる気がある時というのは随分積極的になる。

 電源を入れ、起動を待つ間にコンビニで買ってきた夜食を引き寄せ、ビニール袋から明太高菜のおにぎりを取り出す。


 包装を手順通り剥く――PCの起動時の電子音。

 おにぎりを口に突っ込む――ウィルス対策ソフトがレポートアイコンを表示する:スルー。

 しょっぱい明太子を口の中に転がす――インターネットに接続し、エバークロニクルオンラインの攻略サイトを開く。

 口の中の米と明太子を噛み砕いて飲み込む――自分の書き込みに回答があったか確認する。

 もう一口齧り、高菜の風味が口に広がる――回答の書き込みは四件。上から順に見ていく。



 チート野郎。 ――名もなき冒険者 7/28 19:31:57 


 

 一言だけ。恐らくケーニスの誰かか。

 次の書き込みに目を落とす。



 ↑適当なこと言わないでください。彼はチートなんて使っていません。正当に強いだけです。 ――名もなき冒険者 7/28 20:37:11



 時計を見ると今から10分ほど前。恐らく本人か。

 「馬鹿ガキが……」

 思わず苦笑しながら毒づくが、今となっては微笑ましくもある。



 ↑本人乙www ――名もなき冒険者 7/28 20:39:22



 すぐにばれている。まあ、そうだろう。

 苦笑が後を引きながら、最後の書き込みに目を落とす。

 口の中の高菜と米を飲み込んでもう一口。


 「……え?」

 咀嚼も笑いも、全てが止まった。



 ↑↑本人乙。二人がかりで締められたからってここまで出張ですかww ――ファントム 7/28 20:41:01



 高菜の風味も米の味も一切が口の中から消えた。

 勝利の余韻も心地よい興奮もまた。

 効き過ぎということはない筈だが、冷房が嫌に寒く感じる。


 あの時確かに周りを調べた。誰もいない事を確認した。

 だが見られていた。

 ファントムはあそこにいた。

 静まり返っている部屋の中、一際大きくパソコンの起動音とエアコンの音だけが聞こえる。


(つづく)

次回からケーニスを離れます。

それでは、また明日。

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