橋上都市9
「はい。それだけの筈ですが」
前提は出来ていた。
「……ふぅん」
その場にかがんで奴の顔と高さを合わせる。
「おいよく聞け。今から言う質問に答えろ。それ次第ではどうにかなるかも分からんぞ?」
「なっ、それは……っ」
チートを見逃そうとしている――そう考えたのだろうイオが口を挟もうとするのを、左手を上げて制する――まあ聞け。
「俺達としては、このままお前の不正行為を罰する事は簡単だ。お前のだか親のだか知らんがそのアカウントを凍結して、お前をゲームから追放する。もしお前の話が本当ならお前は親御さんから褒められるかな?それとも?まあ、嘘だったとしても、つまらん夏休みだな。だがどうだ?ちょっと罪滅ぼししてみる気はないか?」
反応なし。
言葉を続ける。
「もしお前が俺の知りたいことを正直に答えてくれれば、もしかしたら少しぐらい今回の件を手加減してやらんでもないかもな」
アカウント凍結は重い。
このゲームにおいてアカウント凍結とは、今言った通り要するに追放だ。
勿論新しいアカウントで新たに始める事も出来るが、その時には一度今のアカウントを抹消し、新たにアカウントを作成して一から始めなければならない。
――そして肝心な事だが、一度チートの楽しみを見つけた奴は必ずもう一度やる。
一度それで味を占めた奴は、自分だけ絶対的に有利な状況で勝利を収めることを覚えた奴は、絶対にそれを捨てることはない。
例え自分では断てたと思っていても、難関にぶち当たれば必ずまた欲しくなる。
つまり、どういうルートで手に入れたか知らないが、今のチートコードをアカウントと共に捨てなければならないとなれば、チート抜きの通常のセーブデータでは物足りなくなると言う事だ。
そしてそうなれば、必ずもう一度手を染める。
「なあ相棒」
イオの方に顔を向ける。
口調もそれまでと違い、努めて明るく。
――俺の名前を隠しているのに、イオがばれては意味がない。
「もしチート使用の再犯があった場合、処罰はもっと重くなるよな?」
「ええ。再犯に及んだ場合、アカウント凍結に加えて同一シリアルナンバーからのアカウント再取得を拒否するようになります」
問いかけに、彼女はすらすらと答える――事務的な口調が更に奴を追いつめている。
ヴァルター2000は全ての個体にそれぞれシリアルナンバーが振られている。そして同一シリアルナンバーからのアカウント再取得拒否とは、つまり再開にはゲーム機自体を買い替える必要があるという事。 ヴァルター2000は初期に比べ値崩れしているとはいえ、それでもVRゲーム機は小学生の小遣いで気軽に買える額ではない。
「聞いたな?どうする?」
答え無し。
「お前にも分かりやすく言ってやるとな、俺が満足するような答えを出せば今回の一件をチャラにしてやると言うんだよ。分かるか?」
「……一応言っておきますが、回線切断は無駄ですよ。貴方がそれを行った時点で、貴方のセーブデータはサーバに送信されます」
回線切断。この手合いの最後の手段を封じられて、ようやく観念したようだった。
「……なんだよ」
手に取るようにわかる:弱みを握られても完全に屈服するのはださい=ちっぽけながら最後の意地――無駄な努力。
「そうだな。最初に兜を外せ。面を拝ませてもらう」
無言のままだが、行動で答えを返してきた。奴の兜が消えtype32系統――俺のtype28の後継――の“書籍化されたネット小説の挿絵”とネット上で呼ばれる造顔傾向のそれが姿を現す。
「……これでいいか?」
吐き捨てる――セミロングの黒髪の、まだあどけなさのあるしょうゆ顔。
これで奴のリアクションがより分かりやすくなった。
「まず一つ。お前のその装備、ユニコーンとフラガラッハだが、どこで手に入れた?チートか?」
「は?違えし……ぐっ!?」
イオが喉元にナイフの刃を当てる。
「正直に言えよ?」
「ほっ、本当だって、本当に違えから!!」
イオがこちらを見上げている――どうしますか?
「そうかい。ならそいつを信じようか」
刃が喉から離れる。
「ではどうやった?ガチャだって簡単には出ないだろう?」
しばし沈黙――迷っているのか?
イオの刃がもう一度首に触れ、もう一度目が俺を見る=さっきと同じ。
「……答えられないか?じゃあしょうがない」
「分かった、分かった!!こいつは貰ったんだ。貰ったんだよマジで」
「そんな事を言われて信じると思っているのですか?」
イオが背中からぴしゃりと放つ。
「まあ待て相棒。信じてやろうじゃないか」
良い警官と悪い警官――という訳ではないが、聞きたいのはこの先だ。奴に喋らせる。
「で?それはいつ誰に貰ったんだ?」
「そ、それは……知らねえ。っ!!違う!違うんだよ!そういう意味じゃなくて!!名前は何も言ってなかったんだ。ただこれをやると……」
「ニックネームでもいい。何か表示されるだろ」
亀のように首を伸ばす。余程イオが怖いか。
「えっと、確か……『ファントム』とかそんな名前だ」
ファントム――ニックネームならもう変えている可能性はあるが、それでもこの名前で活動していた時期があると分かっただけで良い。
「で?いつ貰った?」
「今から……一週間ぐらい前だ」
奴が一瞬言葉に詰まったのが分かった。すぐに口を開こうとして、それを中断したように。
昔の記憶を掘り起こしているから?いや、恐らく違う。
この件に関して、奴は恐らく後ろめたい何かがある。それを俺達に口にしていい物かどうか一瞬悩んだ。そういう反応だろう。
「……ただ貰ったって訳じゃなさそうだな」
「っ!?いや、そんな事は……」
嘘が下手。
「そうは思えないが?」
「そんな事ねえよ。何もねえ、何もねえって言ってんだろ」
イオに目配せして小さく首を横に振る――奴に見えるように。
奴の顔が分かりやすく青ざめた。
「わっ、分かった!分かった話す!話すって!!」
「それでいい。で?」
それから一度奴の目が下に落ちる。話すとは言ったが、本当なら――最初は隠そうとした点からも分かるが――黙っておきたかった。その未練が湧いているのだろう。
だが、その未練とここで渋っている事とを天秤に掛けられない程馬鹿ではなかったようだ。小さく息を吐き、それから俺を見上げて口を開いた。
「実は、実はさ……俺これが初めてじゃないんだ。その、チートがばれたのがさ」
イオの視線がこちらに向いているのが視界の隅に見える――まあ待て。
「それでその時、そのファントムって奴にばれて、そいつからその……脅されたんだ。チクッてやろうかってさ。それで……それで奴の言う通りに」
妙な話=当たり。
「奴がここでPKしろと言ったのか?」
「そ、そうなんだよ!俺は奴にそう言われて、それでこの装備もやるからって……、手を抜いたらチクるって言われて……本当だ!奴はそう言って俺に……なあ信じてくれよぉ!!」
俺とイオは目を合わせ、それから四つの目を辺りに走らせる。
手を抜いたことが分かる=ここで監視している。
もし奴の話が全て本当ならそういう事だ。
「……異常なし」
「ああ、……そうだな」
辺りには誰一人見えない。
足下の奴を見る。何が起きたのか分からないという顔――この状況で嘘をつける奴とは思えない。ならファントムのブラフか?
「ど、どうしたんだよ……」
「いや、別に。それで?ファントムはそんな事をする目的を話したか?」
ダメもとで聞いてみる。
十中八九話してはいないだろうが。
「い、いや……何も言っていなかった。俺を選んだのも、ただギュンターって名前の奴なら誰でも良かったとか言いやがった。で、俺はただ言われた通りにするしか……」
案の定。
馬鹿な子供。
哀れな鉄砲玉。
だが分からない点が一つ追加――ギュンターって名前なら誰でもよかった?
「それで?一週間前と言ったな?そのファントムって奴とはどこで知り合った?」
「えっと……、ここじゃなくてサン・セヴォだ」
サン・セヴォ=半島南西部にある港町。ずいぶん遠くからやって来たものだ。
一週間前という事は俺が日下と会ったのより少し前か。
「ファントムがサン・セヴォでやれと言ったのか?」
頷きが返ってくる。
何故――理由は分からない。
「理由は何か言っていましたか?」
イオが背中から問いかけるが、今度は横向きに首を振られた。
何故やるのか、どうしてここなのか、何も聞かずに言われた通り――つくづく哀れな鉄砲玉。
「……なあ、本当だって。信じてくれよ……」
「ああ、そうかい」
思わずため息交じりに答えた。
あれだけ戦ってこれとは、ハイリスクローリターン過ぎる。
そんな俺の心情を察してくれたのか、イオが急かすような口調でまとめに入る。
「つまりあなたはサン・セヴォでチートを使っていたのがファントムにばれ、見逃してもらう代わりにケーニスでPKをすることを要求され、その為の装備品まで支給されたが、その目的もファントムの正体も分からない……という事ですね?」
「ああ。そうなんだよ。……なあ、俺は正直に話したぞ。そろそろ放してくれよ」
奴がうんざりした様子で俺を見上げる――亀の首再び。
「いや、まだだ。ファントムの外見を教えろ」
心底うんざり――顔も態度も大変正直。
(つづく)
小学生を脅して話を聞く大学生の図
それでは、また明日。




