橋上都市8
「外れか……」
思わず声に出す。とんだ無駄骨。
その上、ここで負ければもう一度ケーニスからやり直しときている。無駄骨の拡大再生産は御免だ。
――なら、使うか。
視界の左下に一瞬だけ意識を移す。
普段なら現在選択中の魔法が表示されているアイコン。回復魔法を覚えるために一度だけ僧侶になった以外は戦士と、そこから派生する上級戦士一本でやってきた俺には本来ほとんど縁のないそこに、今は剣のアイコンが表示されている。
「死んどけオラッ!」
飛び込んでくる相手をシールドで受け、蹴りはがして距離を取る。
――久しいスリル。
「調子乗んなや小坊がっ!!」
叫び返しながら左下に意識を移す――時間はほんの一瞬。それから左手に生まれた光を右手の中の得物に叩きつける。
≪NF-404のアイテムスキルが発動しました≫
流れていくメッセージログに、ほんの一瞬だけその行為が載り、そしてそれもすぐに消える。
アイテムスキル――特定のアイテムに存在する固有のそれ。今回発動したのはウォーロードの持つ“叛骨の狂戦士”だ。
ウォーロードと奴隷兵の枷を装備した状態で発動するこのスキルは、任意の相手に対し自身の攻撃力より相手のそれが勝っている場合、お互いの鎧の防御力を0にし、かつお互いの攻撃を全てクリティカル扱いにするという効果がある。
元々の攻撃力の高いウォーロードでは発動する機会は少なく、加えて自身の防御力も0になるというデメリットもあって死にスキル扱いだが、こういう場合にはうってつけだ。
こちらはどの道直撃なら死。その上こちらの攻撃は碌に通らないばかりか、予定していた固め殺しも光の刃の影響で難しい。
その状況で、防御は変わらず攻撃面の不利は解消される。
つまり、こちらにデメリットはない。
「はっ?何それ?」
奴が声を上げる。
「うーわっ、きっしょこいつ」
挑発を繰り返すが、それでも先程の様に斬りつけてこないところを見るとこれの効果は知っているのだろう。
俺は剣を右肩に担ぎ、左右に小刻みに動きながら前進する。
奴は小さく円を描くようにステップを繰り返しているが、間合いが詰まってきてそれが続けられない事は分かっているようだ。
「……ッ!!」
無駄口は消え、代わりに無言での飛び込みを放つ。
大きく踏み込んでの袈裟懸け。合わせて打ち落とす。
「……ッ!?」
慌てて飛び下がる奴。
「余裕ないなあ、ええ?」
立場逆転。折角のスーパーレアが裸同然なのだから無理もないか。
「うっせ!!」
安い挑発に乗った。
大振りの横薙ぎ――構えを解いて再びスウェーで回避し、戻るのと同時に跳ねあげた切先で奴の右肘の内側に斬りつける。
確実な手応え、斬りつけた切先に残るいつもより派手なエフェクト、そして奴の頭上に出る456の数字=クリティカル。
「はっ?きっしょチートとか……」
お前が言うな。
吹き抜けた剣の裏刃で同じ軌道を振り下ろす。流石に躱されるが、反撃は来ない――ビビったか。
「ヘイヘイヘイ、ビビったか雑魚?」
頭が冴える。口が軽い。
――四年ぶりの心地よい緊張。
「ふざ……っ、何なんだよマジで!」
情緒不安定な叫び声を上げながら斬りつけてくる――斬るというより振り回すと言った方が近い動き。
足を止めて上半身だけで得物を振り回す=ビビった証拠。
勝った。
PvP=対人戦は数える程度の経験だが、それでも分かる。
余程腕の差か、装備の差が無い限り、このゲームにおける一対一の対人戦はビビった方の負けだ。
アサルトパッケージによって戦闘技術は均質化されている。つまり百人が百人、同じ装備をすれば同じ技を同じように使えるという事だ。
使える技が同じで、装備も同系統の場合、つまるところ自分が出来る事は相手にもできる。逆もまた同様に、だ。
つまり、勝負を決するのは技術ではなく、それを使うための読みあい。更に言えば相手にビビらないメンタル面の勝負だ。
「当たらねえよ?どうした?」
奴を真似た円のステップ。
大振りを誘発――勿論その場で振り回しているだけ。
動く俺に更に大振りするが、同じ結果を繰り返すだけ。
構えを解き、剣をだらりと下ろしたままステップを続ける。
「ちっ!!」
その瞬間は急に訪れた。
奴がこの空気に耐えられなくなったのだ。当たらない攻撃を何度も繰り返すことに。挑発するだけの相手が、その気になれば切り込んでくることもできるという事に。
つまり、自分が舐められている事に。舐められるほど動揺している事に。
「ちああっ!!」
両手突き。最早何も考えていない突進。
間合いに無理やり踏込み、俺の顔めがけて剣を突きだす。
――だが遅い。
右足を引いて左半身になりつつ、右こめかみの高さに得物を掲げ、地面と平行にして切先を相手に向ける――西洋剣術で雄牛の構えと呼ばれるらしい形。
構えを取ると同時=金属音を立てて、奴の剣が俺の剣の外に逸れていく。
「ッ!」
そのまま右足を元の位置に戻し、同時に剣を突きだす――手応えあり。
奴の腹を蹴って剣を引き戻す。
蹴られた奴はゆっくりと仰向けに倒れる。
ゆっくり、ゆっくりと。
その頭に461と乗せて。
その下の赤い線が完全に消えて。
「……終わったか」
小さなため息とともに吐き出す。心地よい疲労と興奮。
――本当に久しぶりの快感。
だが、それで終わりでない事をすぐに思い出して剣を構え直す。
奴はまだ消えていない。それどころか白い光に包まれ、たった今の瞬間を巻き戻す様に再び立ち上がる。
身代わりの腕輪の効果か、或いはこれもチートか。
「……」
奴は無言。もう挑発する気もないという事か――ならそれでいい。
もう一回戦、お互い無言のままそれを理解して得物を向け合った――その直後に状況は動いた。
「――違法行為通報完了。一時的権限付与を確認。排除を開始!」
奴の背後からの声。
それと同時に消滅する結界。
――そして、それへの理解が追い付いた時には既に奴の背中に飛び掛かっていたイオ。
「なっ!?はぁっ!?」
奴が声を上げるが、出来た反応はそこまでだ。
アメフト選手のような鋭いタックルを放ったイオは、崩れかけた奴が剣を振りかざすのをものともせずにその腕を抑え込み、そのまま俯せに倒すと馬乗りになって後ろ手に極め上げた。
ほんの一瞬の出来事。奴のその極められた手には手錠が光っている。
「ぐっ、う……っ!!」
体格的には小柄なはずのイオだが、しっかりと相手の背中を押さえつけているためか、手錠で拘束されているのも相まって彼女の下にいる奴はもぞもぞともがくばかりで碌に抵抗できずにいる。
――見たことのない技だ。既存のアサルトパッケージとは別物か?
「貴方がチートを使用している事は今の戦闘で分かっています。この状況は運営の専用窓口に中継されており、貴方のアカウントの凍結許可は既に下りています」
静かに淡々と、判決文を読み上げるように告げるイオ。
その声からは一切の感情が読み取れない。
兜越しでも奴の顔から血の気が引いているであろうことは、背中の上のイオを見上げたまま固まっている姿で想像がついた。
流石は公式の新型AIだ。試作機でもその辺は厳正に処罰する方針が行き届いている。
「運営……?」
何とか吐き出した声。
「い、いや。あの……待って……ください」
イオの下から――先程までと打って変わって――弱々しい声。
「あの、これ俺のアカウントじゃなくて……その、親の……」
「誰のアカウントだろうと関係ありません。貴方の行った戦闘中の魔法詠唱時間及びアイテム使用モーション省略はチートとして報告されています。規約に則り厳正に対応させて頂きます」
苦しい言い訳は一蹴されてしまった。
足下のギュンターはそれきり声を、正確には言葉を発さなかった。
ただ押し殺すような、呻くような音が漏れ聞こえてくる。
「まあ、自業自得だな」
呟いた俺の言葉に――小学校で習っているのかは知らないが――奴の肩がびくりと震える。
どうやらあれらは既に前例があったらしい。まあ、それが相当なアドバンテージになる事は先程嫌という程実感した。
――と言って、久しぶりに心地よい興奮と頭の冴えを覚えているのも事実だが。
そしてその冴えた頭が、突然ある考えに至った。
「――では、凍結処理を行います」
「あっ、おい。待った」
その思い付きが口を突く。ギリギリのところで刃を首に差し込む寸前のイオを止める。
「どうかしましたか……?」
紙一重。それを何でもないようにこちらを見上げるイオ。
「確認だけど、こいつのチートは魔法の詠唱省略とアイテム使用モーションの省略だけだよな?」
前提条件を確認する。もし今考えている通りなら、今後の仕事を少し楽にできるかもしれない――同時に少し大がかりな話になるかもしれないが。
(つづく)
悪 質 タ ッ ク ル
それでは、また明日。




