橋上都市6
最早十分。上に向かってスクロールし、左側に並んだページ一覧から掲示板をクリックする。
様々な話題が持ち込まれ、その話題毎にコメントが返ってくるシステムのこの掲示板。
発言者のハンドルネームやら、内容やらに目を通していくが、ケーニスのギュンターについて触れている書き込みはない。
ふと思い立ち、適当なハンドルネームを作って質問をしてみる。
タイトル:ケーニスの騎士像前にいるギュンター
本文:ケーニスの騎士像前にいるギュンターというPKについて。知ってる人いる?あった事ある人教えてください。
正直こんなので良いのか分からないが、何か見つかればめっけものだろう。
回答を待つ間に魔法のページに戻り、目当てのそれが俺のいた頃と性能が変わっていないか確認する。
調べるのは『アルサールの結界』恐らく奴が橋の上で使用している魔法。
ページに記された、俺の記憶と変わらないその効果に目を通す。
名前:アルサールの結界
属性:白魔法
種別:その他
対象:単体
範囲:広い
消費MP:12
効果時間:180sec
詠唱時間:30sec
説明
気高き伝説の騎士、アルサールが遺したとされる結界。範囲内に入った任意の一人を対象に戦闘終了まで離脱不可にする。効果時間中、詠唱者と対象は結界外部とは双方向に干渉が出来なくなる。
伝説の騎士アルサールは、自身とその騎士団の名誉を傷つけられた際には誰が相手でも決闘を申し入れた。彼にとって名誉なき生は死に等しかったのだ。
説明文はゲーム中の物を丸写しにしたのだろう。
ページの更新履歴を見るにどうやら最新版らしい。という事は、ここに書かれている数値は今の物という訳だ。
アルサールの結界。本来は遭遇した複数の相手との戦いを回避するためというより、双方合意の上での戦いに邪魔が入らないようにする、まさしく決闘用の魔法だ。
複数で襲い掛かってくる相手に使うには、30秒という詠唱時間はあまりにも長すぎる。
魔法の詠唱時間を短くするアイテムは存在するが、それを使っても20秒は切らないだろう。
もしチート説が外れなら、奴は接敵まで30秒の距離にいる相手を捕捉し、その上で詠唱を行ってタイマンに持ち込んでいるという事になる。
微妙な所だ。
通学用に使っているリュックを開け、ルーズリーフを取り出して一枚ちぎり取ると、そこにケーニスの略図を書きだしてみる。
騎士像を小さな四角で表し、そこを起点にいくつかのランドマークを記憶を頼りに書き起こす。
30秒で動ける範囲は決して狭くない。それも奴が出現するのは夜だ。ゲーム内の市街地は夜でも十分に明るいが、それでも昼間に比べれば視認できる距離は短くなる。
となれば、相手を視認した時に詠唱を始めても間に合わない可能性は十分にあるし、そもそも見通しのいい橋の上である以上は――盲撃ちがたまたま当たるぐらいの精度だろうが――アウトレンジから狙撃される可能性も高い。
「つまり奴は……」
言葉に出して、そして辞めた。
今考えても答えは出ない。結局、実際に会ってみるしかない。
チートならイオは判別できる上に、随時通報可能だと言っていた。なら、それで押さえればいい。肝心なのは、このギュンターが井出ではなかった場合に、俺がこいつに倒されるという事が無いようにするという点だ。
その時点で俺はニールベルクに戻される。イオが蘇生をしてくれれば別だが、それがなければ――或いはイオもやられてしまえば――今日一日が無駄になってしまうという訳だ。
まあ、今それを考えたところで仕方がない。今頭にある対策を全て採って、後はベストを尽くす以外には。
そう考えてパソコンをスリープにした俺は、大学に入学したころから日課になっている筋トレを始めた。
理由あって始めたこの日課、最初の頃は引きこもりと補習と受験勉強で缶詰になっていた体にはきついと思う事もあったが、今ではやらないとどうしても落ち着かなくなってきている――体つきが劇的に変わった訳ではないが、それでも以前よりは確実に筋力がついたとは思う。
――井出はどうして廃人になったのだろう。
いつものメニューをこなし、一息ついたところでふと考える。
高校時代の井出は、俺の知る限り普通の奴だった。
クラスの中では大人しい方で、勉強は上の下から中といったぐらい。つるんでいた中では一番よくできた。
騒ぐ連中とも普通に接していた日下とは違い、奴は専ら“こっち側”のグループにいた覚えがある。
と言っても、高校の頃のあいつは決して陰気ではなかったし、目立たないが同時に悪目立ちもしないために不良から目をつけられることもなかった。
つまり、普通の、真面目な生徒だった。
だがその井出が、高校卒業後の二年間で廃人となった。
考えられる理由――例えば、人間関係が上手くいかなくなったとか、大学のレベルに付いていけなくなったとか。どれも俺の知っている井出からはしっくりこない。
ならば、ただ単に中毒か――俺がそうであったように。
そう、中毒だった。俺だって何も不満があって引きこもっていた訳ではない。ただ単に中毒だったのだ。
朝起きて、とりあえずゲームを起動する――普通の人間が顔を洗ったり、着替えたり、朝飯を食ったりするのと同様に。
ゲームの世界には同じような奴がいっぱいいた。徹夜でやり込んでいる連中も少なくなかった。そいつらに会って、自分が寝ている時にこの世界で何があったのかを聞いて、その日一日のやることを考えた。
朝起きて、いや、より正しく言えば、仮眠を終えて戻ってきて、だ。
ゲームは現実になっていた。楽しいとかつまらないとか、満足とか不満とかじゃなく。
多分、井出もそうなのだろう。
頭の片隅にそんな考えを遊ばせながら夜を待つ。
夏の陽は長くて、涼しく快適な部屋から見る分には、外に出かけたいと思えるほどには明るかった。
五時過ぎ、パートから帰ってくる母にメールを入れる――今日は晩飯を抜く。
夕食の開始が恐らく八時過ぎになるだろう事を考えると、これからどこかで済ませて戻ってくるか、或いは全て終わってから夜食にする方が都合がいいだろう。
なに、現役の頃は断食と一日一食を交互に繰り返した時期もある。今更一食ぐらい屁でもない――当然体には悪いだろうが。
メールを打ち終わると、俺はようやく暑さが落ち着いてきた外に出て、昼とは反対の方向――近くの公園に隣接しているコンビニに適当な夜食を探しに行った。
買い込んだそれらを自室に持ち込み夜を待つ。
母からは色々詮索されたが、食欲がない、腹を下しているとだけ言っておいた。
風呂をシャワーで済ませ、時間を待つ。
採るべき戦術と、必要な装備をリストアップする――アルサールの結界対策として俺一人で何とかできるような戦術を。
下で両親が食事を始めたのが聞こえる頃、俺はもう一度ケーニスに戻った。
「お疲れ様ですNF-404」
ダイブした目の前にいた、俺と同じレザーシリーズの鉄仮面が、聞き覚えのある声でそう言った。
「イオ?」
「はい。私も今後の事を考えて顔を隠します」
鉄仮面を僅かに外し、こちらにウィンクしてそう答えてくれたイオ。すぐに鉄仮面に戻り、同じ装備が二人向かい合っている。
「よし。それじゃ、準備に入るけど……イオにはアイテムはあるのか?」
「ご心配なく。一式全て揃っていますよ。それに私には装備重量が適用されませんので、どんな重武装も可能です」
なら問題はない。元々俺だけでも何とかできる戦術を立ててきたが、イオが同じことをしてくれれば更に勝率は上がるはずだ。
彼女にそれを伝え、必要な装備を用意してもらうと、俺もまた同じものを用意した。
「ああ、あとこれだ」
左腕に戦闘不能時に一度だけ自動的に蘇生してくれる消費アイテム、身代わりの腕輪を装備する――最悪の場合の保険。
そして右腕には最後の切り札となる腕輪、奴隷兵の枷を装備。
真鍮色と錆色――左右の二色の腕輪の装備が準備完了の合図。
「準備出来ましたか?」
「ああ。もう大丈夫」
イオの言葉にそう返し、小さく深呼吸を一つ。
時間だ。
「……それじゃ、行こうか」
「……はい」
お互いに最早顔は見合わせなかった。
ただ、手の中に同じアイテムを握っている事だけは視界の隅で分かった。
(つづく)
ソシャゲとネトゲは廃人の話聞いてるのが一番面白いみたいのあるよね。
それでは、また明日。




