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サルベージ・ゲーム  作者: 九木圭人
エピローグ
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エピローグ

 「――では、次回までにその辺も詰めて頂いて」

 「はい。ではそのように」

 企画会議が終わる。

 ブルーバードではない、本当の企画会議が。


 息子が帰ってきて、もうすぐ一か月が経過する。


 あの後、グンロー社内では取締役が顔を揃えるレベルの判断を迫られたらしい。

 まあ、無理もない。全て――あの青年によって――極秘裏に処理できたとは言え事件の規模が規模だ。

 結局、グンローの法務部門と小川さん。そして私とグンローの取締役が立ち会い、木梨の処理が、より正確に言えば取引が行われた。


 PCAIに関する一切の権利は今後もグンローが持ち続け、今回の件は無論の事ながらPCAIについても社外へのあらゆる情報の持ち出しを禁ずる。そしてその見返りとして、木梨の処分は保留とする。

 ――これがグンロー内部での決定だった。


 木梨はこれに唯々諾々と従った。

 納得した訳でも脅しが効いたわけでもなく、最早抜け殻となってしまっているのだというのは、その場の誰でもが分かった。


 「一番没入していたのは、木梨でしたね」

 その後で小川さんが私にそう言った。

 「あいつにとっては、本当に家族だったのかもしれません。学生時代からずっと作り続けて、一緒に居続けた。それを失うということが何を意味するのか、多分私達にとってのそれを失うのと、同じ事に思えたのでしょう」

 自分の子供――木梨のその想いは実の所分からないでもないというのが、私と彼の――本当の子供を持つ身としての認識だった。


 そうだ。私達は自分の家族を守らなければならない。

 その為に例え、彼の“それ”への想いを踏みにじったとしても、だ。


 「ですが、それは間違いです」

 小川さんはそう断じる。

 「私達はゲームを作っている。ゲームが人を、閉じ込めてはならない」

 「そう言って頂けると、幸いです」

 私はその言葉に頭を下げるしか出来なかった。

 今回の事件、原因の決して少なくない割合は息子にもあるのだから。


 しかし頭を下げた私に、小川さんは恐縮してしまったようだった。

 「いえ、そんな……、あっ、ところで、ご子息のお加減はいかがですか?」

 「ええ。お蔭様で今はリハビリに励んでいますよ。ああ、それとこの前、閉じこもっていた動機を聞きだす事が出来ました」

 それを聞いた時の事を、私はまだ覚えている。

 息子は恥ずかしそうに、しかし覚悟を決めた様に言ったのだ。


 「『謝りたかった』そうですよ。自分のせいで消えてしまったレオナに」

 「成程……」

 失恋のショックから立ち直るのには少し時間がかかりそうだと付け加えると、小川さんも少しだけ笑っていた。

 「その時、事件の真相をすべて伝えました。そうしたら『木梨さんに謝らせてくれ』と」

 「そうでしたか……」


 それを知って、彼はどうなるだろう。

 また復讐心に火がつくだろうか。

 それとも、許してくれるだろうか。

 或いは、抜け殻のままだろうか。


 それはまだ分からない。

 恐らく彼も息子も、分かっていないのだろう。

 自分の中に抱えてしまったそれをどうすればいいのかを。


 ――いつか、全員が納得できる日が来るのだろうか。

 全員が現実を受け入れる日が、いつの日か。




※   ※   ※




 「いらっしゃいま――あっ、お疲れ様です」

 「お疲れ、悪いね十川君、今日休みだったのに」

 「いえいえ。気にしないでください」

 バックれた同僚の穴埋めのバイト。

 まあ、金になるならいいか。

 それに、交代に出勤してきた店長はこれから普段俺が入っている時間も勤務した上で夜勤までやらなければいけないのだ。あまり不満を漏らす訳にもいかない。


 「あー、今日も終わったー!」

 隣で一緒に入っていた田崎君が伸びをする。

 俺と同じく本来はこの時間ではないのだが、まあ仕方ない。

 それからすぐ、交代要員が到着したので引き継ぎをして上がらせてもらう――勿論、廃棄のパンを頂戴してから。


 「今日さ、あいつ来た?あれ、大根ババア」

 交代に入った野口さんに苦笑を漏らしながら応じる。

 大根ババア――この店によく来る迷惑なクレーマー。横柄な態度と順番という概念がない頭。そのくせこの店の数少ない日本人店員である俺と野口さんと田崎君、そして店長以外には大人しいという、まあどこにでもいるようなクレーマーだ。

 「来ましたよ。ちょうど一時間ぐらい前っすね」

 そこで田崎君が口を挟む。

 「いや十川さんのメンタルヤバイっすよ。なんで笑いながら対応できんすかあのババアに」

 「いやだって、もうあんなの笑ってないとやってらんないって」

 と、こちらも笑いながら応じると、店長も野口さんも同じように笑う。


 世間話もそこそこにバックヤードへ。

 着替えを済ませて足早に店を出ると、外には客にも大勢いた浴衣姿の通行人が行きかっていた。

今日はこの辺りの花火大会。それなりに人の集まるこの辺の夏の風物詩だ。

 「暑いなぁ……」

 思わず口を突く。今日も当たり前のように熱帯夜だ。


 ――あの事件から、もうすぐ一年が経つ。


 あの後知った事実――PCAI-X010は、俺との戦闘の後本当に消滅していた。

 では、艦橋で一瞬だけ見えたあれは、一体誰だったのだろうか。

 勿論ただの見間違い、或いは錯覚であるという可能性が高い。

 そもそも、逆光の中であそこまでしっかりと顔が見えるものかどうかも疑わしい。


 しかし、今となってはそれを証明する方法はない。

 という事はこうも言える。真実が何か証明されない以上あらゆる説に真実である可能性がある――と。


 つまりこういう事だ。

 俺は友人である井出健人の救出を依頼され、それが真犯人を特定するための囮だとも知らずに捜索を続けた。その終盤、支援AIのコントロールを奪われた事により妨害を受けるが、一瞬の隙を突きこれを排除して井出の救出に成功した。


 と同時にこうでもある。

 俺は井出の救出の為に送り込まれ、協力してくれた一人の少女と旅をした。彼女は不正に憤る正義感と仲間を思いやる優しさを兼ね備えていて、俺は彼女の事が好きになった。終盤に操られながらも、彼女は自身の命を差し出して俺の背中を押してくれた。


 これは憶測であり、願望であり、だが同時に真実だ。

 ――少なくとも、俺にとっては。


 その後、俺は現実世界に戻り、そして今のバイトを始めた――書き慣れない履歴書を何とか埋めて。

 そして今では、面倒な客にも対応できる店員という扱いになりつつある――その理由については誰に明かしたこともないが。


 「わあっ!!」

 「始まったぞ!」

 道の向こうの方で声が上がる。

 それに遅れてドン、ドンという音と歓声。


 「おっ、始まったか」

 空を見上げながら川の方に向かう人々に混じって歩く。

 少し遠回りだが、今日は河川敷の方を回ってちょっと見て行こうか。

 そんな風に考えて人混みを歩く。

 今のバイト先は繁華街と住宅街の境界線付近にあって、住宅街の奥の河川敷方面は普段は真っ暗なのだが、今日は別だ。


 「おおおっ!!」

 高いビルが無くなった空に原色の花火がいくつも開く。

 ――あの日、タイノルトで見たのと同じような花火が。


 「綺麗だな……」

 人間と機械の区別を、物語と現実の、ゲームと現実の区別をつけられなくなってしまう愚か者――あの日、グレートアークの格納庫で木梨さんが俺に言った言葉。

 ある意味これは的を射ていた。

 俺は物語の中にいたのだ。

 ――いや、“いた”のではない。今も“いる”。


 俺は結局、物語の世界から帰ってこられなかった。

 俺は今でも物語の中にいる。

 その物語とは、つまりあの事件であって、つまりは、そうつまり究極的にはイオだ。


 PCAI-X010は本当にあの時点で消えてしまっていた。

 つまり、イオはもういないのだ。この世のどこにも。

 

 だが、それでも彼女はいる。間違いなくここに。

 俺はイオを引き揚げ(サルベージ)た。あの事件の記憶の中から。いずれ薄れて、思い出す事もなくなるだろう世界から。


 ――デンチなら、きっと大丈夫です。

 その言葉はある意味で合っていた。俺はゲームに没入する事も、彼女を探してあの世界を彷徨う事もなかった。

 だが別の意味では間違っている。俺は現実の世界には帰れなくなったのだ。永遠に、自分の物語の中にいるのだ。


 楽しい時や辛い時や、何か決断しなければならない時には俺は今でもイオと話をする。

 彼女はいつでも俺の傍にいる。

 俺は彼女を感じ取る。

 そしてそういう時、俺はいつでもデンチになるのだ。十川一ではなく、イオと一緒にいたデンチに。


 デンチとして考え、デンチとして行動する。


 それはつまり、イオのパートナーとして相応しいかどうかという事だ。

 それは苦手であっても何とか取り組んでみようという事だ。

 それは面倒なクレーマーでも仕事である以上は相手をしようという事だ。

 それは辛かったり、腹の立つ状況で、「笑ってないとやってられない」と、腹を立てずに済ます事だ。


 そしてそういう時、俺は密かに彼女に語りかける。

 そこでは彼女は生きている。彼女は傍にいてくれる。


 ――私達はみんなAIです。だから、このゲームの中にしかいられません。だから、いつかお別れしなければいけません。

 イオは俺にそう言った。それは確かに事実だ。

 だが、それで割り切れる程未練がない訳ではない。

 “AIの”彼女は消えてしまっても、“物語の”彼女は生きている。


 これが最善の方法かは分からない。

 もしかしたら別の、もっといい方法があるのかもしれない。

 だが、俺にはこれが最高の方法に思えるのだ。


 別れなければいけない。一緒にいる事は出来ない相手でも、物語の中でならばそうではない。

 誰に口外するでもないが、それでも確かに俺の中に彼女はいる。

 俺はあの日から現実には帰っていない。彼女が一緒にいる物語の中で、俺は生きているのだ。


 沢山の花火が一度に上がる。

 ぱっと夜空一面に光が広がって、それがパラパラと消えていく。

 そしてまた次、それが消える頃にまた次。

 沢山の観客に囲まれて、あの日の夜と同じように見上げている。


 ――綺麗だな、イオ。

(おわり)

大変お待たせいたしました。

サルベージ・ゲーム

これにて完結でございます。


ちょっとした思いつきから始まった作品でしたが、楽しんでいただけたなら幸いです。

至らぬところばかりの拙作、無事完結までたどり着いたのは皆様の応援のおかげです。

それでは、最後までお付き合いいただき、大変ありがとうございました!


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