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サルベージ・ゲーム  作者: 九木圭人
デイブレイク
102/103

デイブレイク4

 だが後悔した所で始まらない。

 防戦に回りながら、奴の斬撃を躱し、同時に詰まった間合いを利用して脛を払いにいく。


 「はあっ!!」

 「おおおおっ!!」

 驚くべき反射神経と言うべきか。

 奴はギリギリのところで、切先で掬い上げるようにこちらの脛斬りを受け止めて跳ね上げる。

 ならばそれでがら空きになった上半身を袈裟懸けに切って捨てる――そう思って振り上げた瞬間、左肘を先頭に奴が跳び込んできた。


 「ぐう!!」

 完全に不意。

 よろめいて、間抜けな万歳の形になった所へ追撃の一発が叩き込まれる。

 「ぐあっ!?」

 一撃で殺されなかったのは、奴も焦って微妙に斬撃が逸れていたか、ただ単に運が良かっただけだろう。

 さっきとは逆に俺が尻餅をつき、その前に仁王立ちする井出。

 「おああ!!」

 「ッ!」

 薪割りのような一撃を剣で受け止めるが、直後に下から突き上げるような衝撃が手に伝わってきた。

 「な……っ!?」

 そして、遠くにウォーロードが飛んでいく。

 この状況でどうしてそこに頭が行くのか。或いはそれが頭の出来というものかもしれないが、奴は単純に突きだした俺の剣を、あの一瞬で弾き飛ばす選択をしていた。


 「これでっ!!」

 そしてすぐさま、もう一度の薪割り。

 バリンとガラスの割れるような音がして、先程装備した限られた加護の腕輪が砕け散る。

 残りHPは10だけ。首皮一枚での生存。


 しかし、その皮も今まさに叩き切られてしまうところだ。


 目の前に剣を持った相手が立っていて、こちらの得物はそいつの向こうに飛んでいった。エネルギーシールドを展開すれば一撃は耐えられるかもしれないが、この状況ではカバーできる範囲はあまりに少ない。


 「時間か……ッ!」

 だが、それでもツキがある時というのは何とかなるものだ。

 井出は煙幕を張り、その中からの攻撃に身構えた俺を尻目に走り出した。

 ――それを知ったのはその声と、煙の切れ目に小さくなっていく奴を見つけてからだが。


 「待て!」

 飛び起きて煙を突っ切る。

 奴は既に艦橋の入り口まで差し掛かっている。

 回復している時間はない。ウォーロードを拾いに行っている時間も。


 「待て!!」

 もう一度叫んで俺も追う。

 走りながらシュトゥルムバゼラードを引き抜く。

 イオからもらったこれだけが頼り。これで何とかできなければ、そこで失敗だ。


 奴が飛びこんだ艦橋へ。

 97という番号が大書されたそれは、船体に対しては小さく見えるものの、それでもその足元まで来るとちょっとしたビル位ある。


 しかし、中で移動できるところは限られている。


 「待て井出!止まれ!」

 甲高い音を立てる階段に向かって走る。

 直角の螺旋階段は一階から四階まで通じている。


 「止まれ!止まれ!!」

 叫びながら階段を駆け上がる。


 ――私達はみんなAIです。だから、このゲームの中にしかいられません。だから、いつかお別れしなければいけません。


 「止まれ!この!!」

 奴の足音が、俺のそれの先に聞こえてくる。


 ――いつか試験期間が終わって製品化されても、ずっと記録しておきたいような、ずっと残し続けたいと思うような、そんな日でした。


 「止まれ!!井出!!」

 遂に奴の姿を捉える。

 それは同時に階段の終わりを意味している。


 そしてそれに追いついた時、何度も言った言葉は実現していた。


 階段を上がりきった廊下の奥。航空管制室の扉の前に奴は立っていた――こちらの方を向いて。

 「雷よ、我が敵を穿て!エクレール・ラム!!」

 その手から放たれた雷の槍が、階段を登りきった俺に突っ込んでくる。


 HPは10だけ。

 廊下は狭い。

 弾速は速い。

 回避は不可能。

 ということは――?


 「くうっ!!」

 奴はただ逃げていたんじゃない。

 ――ごめんな。イオ。


 ――デンチなら、きっと大丈夫です。


 この現象を、俺は多分永遠に説明する事が出来ないだろう。

 だが、その不可思議な現象を、俺はきっと永遠に忘れることはない。


 その瞬間、俺は機械だった。

 一切が頭から消え、ただ反射的にエネルギーシールドを展開して、こちらを貫かんとする雷の槍に突っ込んでいた。

 ほんの一瞬だが、しかし鮮明に焼き付いている。

 その瞬間、俺は少しも疑わず、エネルギーシールドが攻撃を受け止められると確信していた。

 高速で飛来する魔法への、全身を覆うにはあまりに小さいエネルギーシールドを構えての突進。一か八かの賭けの突撃ではなく、そうする事が正しいと、ずっと前から知っていたかのように。


 そしてそれは未来予知となった。


 「おおああああ!!」

 光の中を駆け抜ける。

 さっきは奴が上げた雄叫びを上げながら。

 「くっ!」

 奴が剣を振り上げる。

 そこにバゼラードを構えて突っ込んでいく。

 果たして、振り下ろされたそれにも一切の恐怖はなかった。

 自分でも信じられないのだが、俺は呼吸をするように刀身でそれを摺り上げて、がら空きになった奴の顔面を斬りつけていた。


 「おあ!?」

 声を上げ、のけ反るようにして振りかぶった井出。

 それが再度振り下ろされるが、やはり何も変わらない。

 こちらには小さなナイフが一つだけ。向こうはレジェンドの剣。だが何故か確信があった。ここでこいつを倒せると。

 そしてその通り頭上に迫った斬撃を右側に払落し、左半身で飛び込むと同時に目の前にある奴の右二の腕を左手で抑え込み、そのまま体ごと奴の胴を刺し貫いた。


 「ぐうああっ!」

 「ぐううあああっ!!」

 同じような声を上げながらもつれ合い、刺した勢いのまま奴を背後の扉に叩きつける。

 スローモーション。

 奴の身体が一瞬宙に浮き、それから何もない部屋の中に仰向けに倒れ込む。

 覆いかぶさるように奴の上に倒れ、それから刺さっているバゼラートを逆手で引き抜く。


 ――必ず、必ず井出さんを助けましょう!


 奴の喉を刺す。

 奴の頭上のゲージが完全に消えたことが、見なくても分かった。


 「……ッッ!!」

 奴が何か言おうと口を動かす。

 レ、オ――。

 その口パクが最後の文字を形作る前に、奴は消えた。


 「……」

 残ったのは俺一人。

 そう、四つん這いになった俺一人だ。


 「……終わった」

 誰もいない航空管制室に声が響く。

 「終わった……よ……」


 ――それは奇妙な話。

 俺は四つん這いになっていて、それから顔を前に向けた。

 正面の、枠だけになった窓からは艦首側=南の空高くに昇った日の光が、視界が真っ白になるほど強く差し込んでいた。


 薄暗い床から光あふれる正面への急な視界の移動。

 だからきっと、何らかの錯覚か、或いは影送りみたいなものが起きていたのだと思う。

 だがそれにしては、それはあまりにはっきりと明確に見えていた。

 眩しさに思わず目を閉じるまでのほんの一瞬の間だけだったが、それを確かに俺は見ていた。


 光の中、正面の窓の前にイオが立っていた。

 こっちを見て、にっこりと笑っていた。

(つづく)

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