006 もう、ごまかしはきかない。
「どうして僕なのですか」
返事を求められているのに、質問で返すのはズルいやり方だと自分でも分かっている。だけど僕は高宮恵華さんに聞かずにはいられなかった。だってそうでしょ。学園のアイドルですよ。いくら小さな田舎の中学校だからと言って、イケメン男子やスポーツ男子、将来は偉くなりそうな秀才やお金持ちの子だって少しはいる。わざわざ、良いところがなんにも無い僕に、告白してくるなんて、何か理由があるはずだ。
星崎匠真くんが口をはさむ。高宮さんに向かって、輝く白い歯をさり気無く見せてほほ笑む。星崎くん、定番の『俺イケメン』アピールなのね。大抵の女子は、この笑顔によって、星崎くんの魔法にかかる。
「飯坂くん。キミ、分かってないですねー。高宮さんが、何でわざわざ全校生徒の前で、何処にでもいる平凡なキミに告白したか。僕は良ーく分ります。僕が毎朝、下駄箱を開けると知らない女の子が書いたラブレターが入っているんです。毎日、お昼か、放課後に呼び出しを受ける身にもなってみてください。相手を傷つけないように気を使って断るのは、けっこう労力がいるんですよ。要するにです。キミは言い寄ってくるうざい連中を排除する為の捨て石ってことですよ」
さすがイケメン、説得力がある。なるほどそう言うことか。美男美女の気持ちなんて考えたこともなかった。そうだよね。好きでもない人に言い寄られるって、実は大変なんだね。告白する方だって相当な覚悟だもんな。相手の真剣な気持ちを受け止められないって告げるのはそりゃあ大変だろうな。
学園のアイドルから告白されるなんて、僕ってホントはイケテル!って浮かれなくて良かった。恥ずかしい思いをするところだった。僕は星崎くんの意見にとても納得した。
一瞬、美菜さんの顔が目に入る。とても悲しそうな顔をしている。美菜さん!もしかして星崎くんに告白するつもりだったの?美菜さんは大丈夫。うざい女の子なんかじゃ絶対ないから。って僕は何を考えているんだ。工藤美菜さんには幸せになって欲しいと願うけど、星崎くんとの恋が成就するのはごめんだ。複雑な思いで顔をしかめてしまう。
「違うから!ほら、これが証拠」
学園のアイドル、高宮恵華さんが僕の右腕を両手でつかんで引き寄せた。彼女の胸と胸の間に僕の手のひらが吸い込まれる。あまりに突然のできごとで、その場の全員が固まった。生徒が下校して誰もいない学校。しーんと静まりかえっている。
トクン、トクン、トクン。
制服越しに感じる柔らかな肌の感覚。その下から伝わってくる高鳴る心臓の鼓動。学園のアイドル、高宮恵華さんの透明な肌がみるみる赤くなっていく。袖からのぞく真っ白な手も襟から伸びる細い首も、小さな顔も、可愛らしい耳も。彼女のうるんだ瞳が僕の目を真っ直ぐにとらえて離さない。彼女の小さな唇が動いた。
「私は、飯坂洋太くんが、ずっと、ずっと、好きでした」
一つひとつの単語を区切ってハッキリと声に出す。僕の手のひらに伝わる彼女の鼓動がいっそう高鳴った。恵華さん・・・。
「おい、おい。本気ですか!高宮さん。飯坂くんの一体どこが良いって言うんですか?」
知ったかぶって美男美女の苦悩を語った星崎くんはしどろもどろだ。その言い分に納得していた僕の頭も大混乱。益々、恵華さんの気持ちが分からなくなる。恵華さんが僕のことを好きだったなんて信じられない。一年の時に同じクラスだったけど、ほとんど会話らしい会話もした覚えがない。
恵華さんは僕の右腕を強くつかんだまま胸から離す。僕の右手を握ってうつむく。僕の手を見つめながら指、一本、一本を確かめるような仕草をした。
「だって。消しゴムを拾ってくれたから」
「・・・?」
みんなの前で、恥ずかしそうに語りだす恵華さん。いつも華やかで凛とした、学園のアイドル、高宮恵華さんらしからぬその仕草は天使だってハートを射抜かれる。かわいい。テレビで見るアイドルなんかよりもずっと可憐だ。って、いかんいかん、だって僕には工藤美菜さんがいるんだから。
それはさて置き、消しゴムって何?まったく記憶にないんだけど。それに、女の子が消しゴムを落としたら、誰だって普通は拾ってあげるもんでしょ。
「消しゴムを渡してくれた飯坂くんの手を見た時に、私の心はときめいたんです・・・」
恵華さんは、うつむいたまま両手で僕の手のひらを押さえて、しきりに親指で僕の五本の指をもてあそぶ。彼女の白くてスッとしたやわらかい指がまぶしい。って見とれている場合じゃない。恵華さん!手フェチだったんですか?
学園きっての美少女アイドル、高宮恵華さんのまさかの告白に、その場に居合わせた全員が驚愕せずにはいられなかった。
「好きになるのに理由が必要なの?心に芽生えた、恋しいと思う気持ちが大きくなるのを押さえられないのはなぜ」
普段はキリッとした姿で、学園のアイドルらしく、その美しさを周りに見せつけている恵華さん。恐れ多くて気軽に声を掛けられずに遠くから彼女を見つめる男子たち。一年の時は、僕が知っているだけでもクラスの男子の半数が彼女に告白して玉砕した。
そんな絶対的美少女の瞳から大粒の涙がポタリと落ちた。その涙が僕の右の手のひらに落ちる。恵華さんの涙。学園きってのアイドルの涙が僕の手のひらの上に広がっていく。それを茫然と見つめながら、僕は声をかけることができずにいた。
「私は、今までずっと色々な人の告白を断り続けてきた。だから私なんかに人を好きになって告白する資格なんてない。どんな思いで告白しているか知っているから、とっても怖いの。勇気をもって告白したのに、断られるのって心が引き裂かれるくらい辛いことだと思う。私が迷惑なことを言っているのは分かっている。だけど、お願い。洋太くん。私とお付き合いしてください」
うつむいて語る恵華さんの瞳からせきを切ったようにボロボロと涙が零れ落ちる。彼女はそれを隠そうともしない。学園のアイドルと言う立場を捨てて僕を求めている・・・。
「私ね。洋太くんに迷惑をかけたくなかった。だって、私が好きだって言ったら洋太くん、きっとみんなに嫌われる。洋太くんが困った姿なんて見たくない。そう思って一年の時は我慢した」
「・・・」
恵華さんの肩が震えている。僕には返す言葉もない。
「二年になって分かったの。洋太くんの姿を見られないだけで心が苦しくなるの。洋太くん、知っている?私、二年の時は『氷の美少女』って陰で呼ばれていたのよ。女の子の友達だって一人もいない。だから決めたの。もう、周りなんか気にしないって。自分の心に素直に生きるんだって。最後の一年だもの。三年生だし、最後のチャンスをかけて屋上から告白したのよ。ごめんなさい。洋太くんをみんなの悪者にする気なんてなかったの」
アクセル全開、ブレーキ無し。一途な思いを直球で投げてよこす恵華さん。
「決めた。私、絶対に恵華さんを応援する。飯坂洋太くん。男らしく恵華さんの思いを受け止めなさい。学園のアイドル、高宮恵華さんですよ。こんな可愛くて、素敵で、心の澄んだ女の子なんて他には絶対にいないんだから。文句を言う男の子がいたら、私が相手になってやる」
いつもは猫背の美菜さんが背筋をピンと伸ばして言った。メガネの奥の瞳がキラリと輝く。ちょっと、美菜さん!僕は貴方が好きなんですけど・・・。
「くーっ。泣けてくるね。良く知らないけど、ボクだって応援するよ」
「俺、高宮さんに憧れて二班に入れてもらたけど。こうなったら応援しないわけにもいかないか」
・・・。牛若丸に弁慶まで。いや、もとい。山名愛唯さんと矢島元くんだったっけ。二人が熱い眼差しを僕に向けてくる。生まれてから一度も好きなんて言われたことのない僕。星崎くん!僕はいったいどう答えるべきなんでしょうか。頼みの綱である悪魔の星崎くんは、予想だにしない意外な展開に目を白黒させるばかり。
大波乱と共に僕の三年生としての幕が切って落とされた。どうしよー。窓の外は桜の木々が満開だ。溢れる光に囲まれて僕は答えを探し求めた。もう、ごまかしはきかない。