002 親友なんて関係だったっけ?
僕は星崎匠真を追うように、坂道を登り切って東山中学校の校門前にたどり着いた。登ってきた坂道をふり返って見る。眼下に広がる瀬戸内海の島々。急こう配に立ち並ぶ古い民家の数々と、坂道に沿って並ぶ桜の木々。本当に美しい光景だ。僕は星崎匠真によって、よどんでしまった心を清めてから校門をくぐった。
クラス分けのプリントがはりだされた玄関前は、既に多くの生徒たちでにぎわっていた。僕は後ろから人垣へと近づいていく。前を牛耳る人の群れで、背伸びをしてもまったく見えない。こんな時ほどチビであることが悔やまれる。更に、どいてと言えない小心者の僕は自然に人が減るのを待ってゆっくりと前に進む。
後から来た生徒に押されて、目の前の女生徒にぶつかってしまった。スカートから伸びるスラリとした美しい足。長身を隠すように丸めた猫背スタイル。見覚えがある。ってか、いつも遠くから見つめることしかできない背中。くせっ気のない長い黒髪が日の光を受けて天使の輪を作っている。
僕の憧れの工藤美菜さんはクラスでも目立たない存在を演じている。でも、僕は知っている。とても中三とは思えないモデルのような長い腕と脚。細くてしなやかな指。透けるような白い肌。小さな顔につぶらな瞳。僕の天使は高身長を気にする恥ずかしがり屋のメガネっ子だった。
やばい!やば過ぎる。憧れの美菜さんが目の前に。突然の、偶然に心臓が高鳴る。チビの僕の鼻先に漂う、甘い香り。僕は両脚に力を込めて押してくる力に抗った。一瞬、ぶつかったことで彼女がゆっくりと振り向く。メガネの奥の瞳が僕の視線と交わった。なんて可憐なんだろう。ドギマギしていると彼女が恥ずかしそうに声をかけてきた。
「飯坂くん。おはようございます。飯坂くんは三年C組ですよ」
背の低い僕が、クラス分けを記したプリントが見えないと察したのかな。背の高い美菜さんとチビの僕。はたから見たら残念な構図。恥ずかしさと緊張で目を反らしてしまう。言葉も出ない。
「・・・」
「私もC組です。今年も同じクラスですね。よろしくお願いします」
やった!今年も美菜さんと同じクラスになれるなんて。飛び上がって喜びたい気持ちを何とか押さえつける。やっぱり神様は僕を見捨てたわけではないんだ。都合のいい時だけ僕は神を信じることにした。緩みきってしまいそうになる顔を、何とか普通の笑顔に抑え込で、思い切って声を絞りだした。
「おはようございます!工藤さん。こちらこそ、よろしくお願いします」
「ふふっ。良かった」
満面の笑みをたたえる美菜さん。んっ、良かった。って?どう言う事・・・。これってまさか、彼女も嬉しいってこと。意味深な言葉に、どう答えるべきか迷いにまよっている時だった。ポン、ポンと頭を叩かれる。
「なーんだ。飯坂くんと工藤さんじゃないですか。今年も二人と同じクラスですね」
星崎匠真!先に行ったのではないのか?しかも今年も同じクラスなんて。星崎くんのイケメン特有の爽やか笑顔がチビの僕の頭上を越えて美菜さんの目に飛び込む。下から見上げる美菜さんのつぶらな瞳が益々大きくなる。星崎くんを食い入るように見つめる彼女のほおが桜色に染まっていく。
僕は初登校初日から見たくなかったものを見てしまった。僕の心は一気に闇へと沈んでいく。天国から地獄へ。正直、星崎くんに想い寄せる美菜さんを、一年間、見守り続けてきた僕にとって、今年も同じ思いをするのかと思うとやるせない。やはり神様は意地悪だ。
「あれっ。洋太くん!わあーい。洋太くんもC組なんだ」
うわっ!今度は誰?って学園のアイドル高宮恵華さん。下の名前で呼んでくるなんて、何だかとても馴れなれしい。こんなキャラだったっけ?星崎くんが驚いた顔で、僕の首根っこをつかんで引き寄せる。
「飯坂くん。キミも隅には置けないな。学園のアイドル高宮さんとお知り合いだなんて」
「いっ、一年の時に同じクラスだっただけで。知り合いと言うほど知りあってません」
正直に言って、一年生の時は高宮さんとは挨拶すらまともにかわしたことがなかったはずだけど。ましてや下の名前で呼ばれる関係なんて記憶にないんですけど!
「飯坂くん。僕に彼女を紹介してくれませんか」
その一言で、一瞬にして顔を曇らす美菜さん。星崎くんはイケメンだけとデリカシーがまったくない。僕の憧れの彼女が星崎くんに想いを寄せているなんて気づく余地もない。彼女の顔を見ただけで正直つらい。悲しそうに背中を丸めるメガネっ子の美菜さん。この、悪魔め!僕は星崎くんを上目遣いに、にらみつけた。
あれっ。でも、でも。これってチャンスかもしれない。星崎くんが高宮さんとくっつけば美菜さんはフリーになるじゃないか。学園のアイドル高宮さんとイケメンの星崎くん。美男美女のお二人さんならお似合いだ。美菜さん、ごめんなさい。本当にごめんなさい。でも、東山中学校に通えるのも後一年。僕は心を鬼にする覚悟を決めた。
「たっ、高宮さん。こちら二年から一緒のクラスだった星崎匠真くんです」
星崎くんが言葉を添える。
「飯坂くんの親友、星崎匠真と申します」
えー!星崎くん。僕と星崎くんは親友なんて関係だったっけ?