001 こいつはやっぱり悪魔だ。
四月になって東山中学校へと続く坂道は、満開の桜並木に祝福されていた。ふり向けば、春の日ざしが瀬戸内の穏やかな海に降り注ぎ、ゆらめく水面が宝石のようにキラキラと輝いている。この、のんびりとした光景が見られるのも今年で最後た。
僕こと飯坂洋太は、今日から中学三年生になった。来年には、この街を出で県の中心部にある高校に通うことになるだろう。何故なら、この街には高校が一つもなかった。小学校、中学校と一緒に過ごした幼なじみたちにピリオドを打つのか、はたまた、未来につなげるのかが決まる最後の大切な一年だった。
僕は通いなれた狭い通学路を、一人で登って行く。風に吹かれて舞い散る薄桃色の桜の花びらが絵画のように美しい。って見とれている場合ではない。僕の心臓は坂道を急いで登ることとは、まったく別の理由で高鳴っていた。
どこの学校でもそうだと思うが、学年初の登校日はクラス分けが発表される。どんな人と一緒になるかで、今年、一年の運命が決まってしまう大切な行事だ。僕はドキドキする気持ちを押さえながら、足早に進んだ。
んっ?前方の狭い歩道を横に並んでふさぐ、リア充の東山中学校生徒のお二人さん。仲睦まじく手をつながれたのでは通れません。とっても邪魔なんですけど。そりゃあまあ、お二人の世界を満喫するにはふさわしい光景が広がっているのは事実ですが。僕は片想いの女の子、工藤美菜さんと並んで歩く自分の姿を妄想してしまった。ついつい顔がにやけてしまう。
リア充のお二人さんの後にくっつてい歩くにやけ顔の僕。って変態じゃんか。かと言って、二人の間を割って進む勇気は、僕にはない。そわそわしていると後ろから頭を叩かれた。
「飯坂くんではありませんか。おはようございます」
聞き覚えのあるキザな言い回しに振り向くと、校内一のイケメン、星崎匠真くんが後ろにいた。口角をクッと上げて白い歯をのぞかせる爽やか美少年。学年一の知性を誇る涼しい目元に、男の僕でも吸い込まれそうになる。が、僕の片想いの彼女、美菜さんが密かに星崎くんに想いを寄せていることを知っているだけに、初登校日には会いたくなかった一人と言えた。
「頭を叩かないでください。星崎くん。僕の成長が止まるじゃないですか」
僕の身長は158cm。中三にしてはちょいチビ。はっきり言って気にしている。心も体も小物な僕。対する星崎くんはスラリとした身長172cm。イケメンで高身長。バスケ部キャプテンで、勉強もスポーツも学年屈指。どうして神様は、こうまで不平等なんだろうと不満を言いたいが、僕は最初から神なんて信じていない。
「ごめん、ごめん。チビを気にしてたんですね」
傷つくことをズケズケと言ってくれる。デリカシーのない奴。星崎くんは僕と肩を並べて歩き始める。いや、星崎くんの肩は僕よりずいぶんと上にある。それだけでも自分のスペックが落ちた気がする。足の長い星崎くんと同じスピードで歩くには、僕は1.5倍足を動かす必要がある。必然、星崎くんはゆったり、僕はちょこまかとせわしなく歩くことになる。くっ。歩くだけでひきたて役な僕って何なのよ。何もしていなくても、星崎くんのそばにいると何時だって僕の心は傷つく。
「もしかして、キミ、前の二人に気兼ねしてノロノロと歩いていたのですか」
くそっ、心を読まれている。こう言う洞察力の鋭さも、僕が星崎くんを苦手とする一つだ。でも、星崎くんを疎ましがってはいられない。星崎くんの行くところ、数多の女子に混じって美菜さんあり。敵に回したら美菜さんに嫌われかねない。っても卒業するまで、遠くから見つめるだけの関係から進展する兆しもないのだが。少しムッとした口調になってしまう。
「そんなことないですよ。桜が余りにきれいなので眺めながら歩いていただけです」
「キミ、絵心がありましたね。僕にはない才能です。こう言っては何ですが、僕はキミのことを密かに尊敬しているんですよ」
「・・・。僕にお世辞を言っても何も出ませんよ」
「そうかな。まあ、いいです。そろそろ、先を急ぎませんか」
星崎くんは前をふさぐリア充の東山中学校生徒二人組に向かって足を速める。
「ごめん!通してください」
二人の間を強引に割って進む。行きがかり上、僕も星崎くんに続く。東山中学校生徒のリア充男子のムッとした顔。そして、あろうことか、横をすりぬける星崎くんの横顔を盗み見て、ほおを桜色に染める彼の彼女。やばい。星崎くん!こいつはやっぱり悪魔だ。
その時、一陣の春の嵐が吹き荒れ、桜の花びらを一斉に散らした。大切な日だと言うのに、僕の心は何だか悪い予感に包まれていく。