Welcome to another world
「異世界間転送だと、大体10億センドくらいかかるな~」
この言葉を聞いた時、後頭部をバットで殴られたかのような衝撃と、足元の床が突然溶け出し、立っていられなくような感覚に襲われた。
異世界に飛ばされてようやくこの世界のシステムを理解し始め、元の世界に戻れると言う情報を得た矢先、更なる絶望がユウキを襲った。
「10億...だと...?」
この世界の通貨、1センドは日本円とほぼ同価値であり、飲食店でランチセットを頼むと800~1000センド、日雇いクエストを行えば、報酬として4000~7000センド貰える。
手持ちのセンドを確かめてみた、全財産3万9000センドほど...いったい10億センドまでゼロが何個足りないんだ!?折角情報を掴んだのに戻るのに10億もかかるだと!?いつこの世界から戻れる?俺はどうすればいいんだ!?
頭を抱え、叫びながらその場に崩れ落ちていった。
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二階堂 雄乙、異世界に転送される前はスポーツトレーナーだった。
某フィットネスジムで、筋トレとマーシャルアーツを教える仕事内容だ。じっちゃんの影響で幼い時から、合気道、剣道などの武道を叩き込まれ、大学は経済学科に入り、サラリーマンになろうと思っていたが、格闘技の部活動を続けていた時に、今のジムのオーナーの目に留まり、ヘッドハンティングされた。
月給30万以上の高待遇で、かれこれ勤めてもう3年になる。ジム通っていた会員さんの一人に、運動神経がまるでダメだけど、身体を動かすことが大好きな女性、沙羅と出会って結婚したのが去年。そして妊娠して今年中に出産予定だ。
順風満帆な生活、今日も勤務を終え、急いで嫁の様子を心配し帰路に着くのだが...
「やっぱ自転車が交通手段として一番優秀だよな~、時間制限ないし」
軽快にペダルを漕ぐ、普段鍛えているだけあって、そのロードバイクは車にも負けない速度を維持している。
いつもの帰り道、その途中で丘の上にある神社がふと気になった。
「そういえばこの神社、一度も来たことが無かったな。嫁さんの安産祈願ということで、ちょっくら寄るとするか!」
自転車を入り口の横に止め、チェーンをかけ、階段を昇った。
「よいしょっと。割と奥行きがあるんだな。なかなか広いようだ。賽銭箱はあそこか?」
はるか向こうに見つける。そこに向かうべく歩いている途中、空間がぐにゃりと変化した。
突如ブラックホールのようなものが目の前に現れ、身体が吸い込まれる。
声も出す間もなく、そのゆがんだ空間に飲み込まれてしまった。
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次の瞬間、そこに広がった景色は以前にテレビで見たことがあるブラジルのスラム街のような町並みだ。
だが、ここがブラジルで無いことが確実に分かる。通行人の姿だ。
二足歩行の動物が服や甲冑を着ている!いやせいかくには動物ではない。ウサギに似ているがウサギではない。あれはトカゲに似ているがトカゲではない。あれは...鬼?
異形な姿である。どう見てもコスプレとは言えないリアルさがある。
その異形なモノが通り過ぎるたびにその種族の独特の匂いも感じられる。
ギョロリとこちらを一瞥するモノもいる。
しばらく呆然としていた。
街を行き交うモノ達は雄乙を道端の小石を見る様に無関心である。
ずーっとその場に立ち尽くしていたせいか、脚が痺れてきた。その痺れで我に帰った。
「つまり俺は...」
「異世界に飛ばされた!?」
そしてあてもなく歩き始めた。
ここは高台らしい。この世界に来る前の神社は階段を登っていったから、こちらの世界では、下に降りる事にした。
住宅街を抜け、人が集まっている広場のようだ。当然ながら誰も知り合いはいない。世界でたった一人の自分のようだ。
「と、とにかく情報を集めないとな。」
看板の文字は読めないが、言葉は通じるらしい。
「すみません、この町の名前はなんと言うのですか?」
道端にいた、町民らしい服を着た、トカゲ姿のモノに尋ねる。
リザードヒューマンというのが一番当てはまるかもしれない。
「あ?町の名前?アレクサンドロスに決まっているじゃねぇか!」
「アレクサンドロス...ありがとうございます」
中世ヨーロッパに出てきそうな名前だ。日本で無いことは分かりきっていたが、
自分の住んでいた町からどこか遠い国に来てしまったことを再認識し、悲しくなった。
「これは一筋縄では帰れそうに無いな...もっとこのアレクサンドリア?と言う町の情報を集めよう」
「まぁ情報集めは基礎中の基礎だからな。重要な事を掴めれば、何とかなるだろう」
様々なモノに尋ねたが、なかなか親切なモノはいない。
どうやら、このあたりは労働者が集まっているようだ。でここにいる連中は日雇い労働者ってところか。
暗くなって来た。どれくらい時間が経っただろう?腹が減って来た。この世界に来てまだ何も食べていない。
向こうの方に様々な露天の店があった。
「とりあえず、腹ごしらえだ。食べたらもう少し情報を集めよう」
露天の店に近づいた。香ばしい照り焼きの様な匂いと弾ける様な油のはねる音に引き寄せられた。
名にやら骨付きカルビのようだ。何の肉か分からないが、こうして売っているということは安全だろう。
3つほど注文した。
「はいよ。ひとつ300センドで合計900センドね」
いつもの日常の慣れた手つきでサイフから千円札を出そうとしたとき、手が止まった。
財布に入っているのは日本国が認めている円だ。
福沢諭吉と夏目漱石が何名がいらっしゃるが、この場では、その力を発揮出来そうにない。
「センド?センドってこの国の通貨のことか?」
つぶやくように尋ねた。
「あたりまえじゃねぇか!さっさとだしな!」
怒鳴られた。お金を持っていない客に対して友好的な店主などいない。
「900センドも持ってねぇのか!これは売れないねぇ、飢え死にしな。」
当然ながら追い返された。
「つまり今、俺は...」
「飯も買えない一文無し?」
中の現金がこの世界で全く無価値である事を認めたくないが故、じっとお札を見つめ、立ち尽くした。
二階堂ユウキ 現在 所持金(現金)0センド