【新春特別 アンダー番外編】闘う理由
「今夜はカレーだって話だ」「よっしゃ」
たまたま通りかかった速水は、すれ違い様、ダンサー達が会話しているのを聞いた。
速水は目隠し手錠のまま立ち止まった。
ガスマスクに引っ張られたが、また立ち止まる。
献立は運営が勝手に決めるので、地下のダンサー達に決定権は無い。
アンダーに来てまだ二ケ月。速水はまだカレーを食べたことがないが、速水がこの話題に出会うのは二度目だった。
…もしかすると、上位チームや、あちこちの「アンダー」ではちょくちょくカレーが提供されているのかもしれない…。
「おい。止まるな」
ガスマスクが速水を急かす。
速水は丁度、ステージから帰る所だ。
「…チッ」
速水は舌打ちして、歩きながら聞き耳を立てた。
アンダーの食事は、以前は全てアメリカっぽい料理だったが、近頃は別国籍の料理も出る。
後はよく聞き取れなかったが、ダンサー達は、薄いパンをちぎって…早く食いてぇ、とか言っていたので、本格的なインドカレーのようだ。
「…チキンが美味いんだ…」
チキンという単語も聞こえた。
…チキンも入っているらしい。
速水はそれが『カレー』なら、もうとにかく何でもいいから食べたいと思った。
■ ■ ■
「…カレーが食べたい。がっつり、皿に入れて、一気にかきこみたい」
四人部屋に戻り、速水は言った。ホームシックになりそうだ。
速水はテーブルに突っ伏し、端末で献立画面を確認した。
当然、今夜も肉だった。
…もちろん速水は朝にも献立を確認していた。急に変更される訳は無い。
「やっぱり肉か。あー、せめて米が食いたい。茶碗に入ってるヤツ。明日はまたムニエル―?ここの魚は時間経ってて微妙だし、フライはコショウでからいし、オニオンいつも生焼けだし……」
速水は料理の仕方について文句を付けた。
「この際、インドカレーでも何でも良い!カレーが食べたい…!」
昨日も今日も、毎日朝から晩まで肉肉肉肉。芋芋イモ。
実際には朝は軽食だが、速水はそんな気がしている。
「…カレーが食べたい」
結局、そこに行き着く。
「って言ってもな。ウチには来ないだろ?目一杯食えるだけマシだ」
レオンが言った。あまり興味はないらしい。
「私は辛いのは苦手なの」
ベスも言う。
「えー。良いじゃん!俺は食べてみたいな。パンをカレーに?浸すんだろ?」
ノアが言った。
「…結構、流行ってるみたいだし、そのうち来るかも」
速水は言った。
扉がノックされ、夕食が運ばれてきた。
献立通り、肉だった。
「カレーが食べたいな」
いつも通りの夕食を食べつつ、速水は一人ごちた。
■ ■ ■
―翌日の夕食を見て。ついに速水はキレた。
静かに立ち上がり。
「エリックを出せ!!この豚野郎共!!!!」
叫び扉をバンバンと蹴飛ばす。
この献立は三日前と一緒だ。もちろん端末で見て分かっていたが、最近の手抜き感は酷い。
『コレでも食っとけ!この豚野郎共!後はプロテインで補給だ!』と言われているようで。
「やってられるか!!」
速水は思いつく限りの罵声を浴びせた。
「カレーがいい!!!!!」
速水は叫んだ。
エリックが駆けつけてきた。
「エリック、カレー!!!!!」
「は?……カレー?…がどうかしましたか」
エリックが言った。
「…肉に飽きた。これじゃ太るか痩せる」
ここ一日。速水のフォークはあまり進んでいない。
ここ一日、食べたのはライスとパン、サラダのみだ。
エリックは申し訳なさそうな顔をした。
「あ…。…すみません。献立は、専門のスタッフが作るので、分からないんです」
「だよな。そいつに言っとけ。豚の餌はもうゴメンだってな!」
速水は地獄に落ちろと親指で示した。
「おい。ハヤミ、お前食い物に文句つけるなよ。ここで腹一杯食べられるだけでハッピーなんだぞ」
レオンが呆れた様子で正論を言った。速水はレオンをどぎつい目で睨んだ。
「そうだけど!レオン。やっぱりダンサーは体が資本だし。…と言うか、レオンの味覚、変じゃないのか?」
「そんなことは無い。お前が我儘なんだよ。と言うかお前、この前は『シャワーがぬるい!!』とか言ってキレただろ」
「あれは!三十分待って、冷水しか出なかったんだ…!」
速水は椅子に座り、ため息を付いた。
「…ねえ。ハヤミ?ずっと思ってたけど。あなた、ちょっと贅沢すぎじゃない?」
ベスにも言われてしまった。彼女は静かに速水を睨んでいる。かなり怒っているようだ。
「…」
速水は黙り込んだ。
ノアは速水とベス、レオンを順番に見てはらはらしていた。
「、……ゴメン」
速水はうつむいて、仕方なくいつものメニューを食べ始めた。
四人は食事を再開した。
そこで、ふとノアが口を開いた。
「…ねえ、ハヤミ。これってそんなに不味いの?…俺、ハヤミの味覚がわかんない」
「……えっ?」
唐突にい速水はノアをまじまじと見た。
――ん?
と、速水は少しだけ眉を動かした。
「……冷め切らないうちに食べようぜ」
ノアが笑った。
速水は無言で冷めた芋を口に入れて、カチャ、と食器を置く。
芯が残っているが、こってりとした味付けで、スッカリ馴染んだ味だ。まずくは無い。
「……。…そうだな。……確かに、まずくない。旨い」
速水は言った物の、あまり満足はできなかった。
■ ■ ■
「……贅沢か……」
食事後、速水はベットに寝転んで、少し考えてみた。
……大分大人気ない事を言ったと思う。
確かに、食べられるだけで幸せだ。
ノアはさりげなく喧嘩になるのを止めてくれた。
……苦労している分……ノアはとても大人だ。
自分でも、かなり贅沢な方だと思う。
けど、それでも。
――速水はやり方を変える気はない。
今、ここでは。
…もし本当にどうしようもない事なら、あきらめる。
貧困とか、そういうことなら。
けれど外には世界が広がっていて。
ノアを理由にしてはいけないけど…。
「ハァ。隼人の作ったカレーが食べたい…」
「―ってまたハヤト?」
ぼやいた速水は、カーテンの外からノアに言われた。
■ ■ ■
溜息を付きながら、さらに待つ事十日。
…ついにその日が来た。
カレーとナン食べたノアは「…これ…、超うまい!」と絶賛した。
レオンも、ベスも絶賛している。速水も大満足の味だった。
これは噂になるのも頷ける。
エリックが微笑んだ。
「運営の方針が変わるそうで…食事に関しては、順位が上がれば希望も出せるそうですよ」
「!!」
速水はエリックを見た。
アンダー初期、速水達はカレーのために順位を上げたと言っても過言では無い――?
〈おわり〉