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喫茶アトリ/JACK+ 番外編  作者: sungen
2018年 JACK+番外編
10/24

【番外編】カラスの特別パスポート(修正前バージョン)

こちらの話は、喫茶アトリ本編に置いてある【番外編】カラスの特別パスポートの修正前のバージョンです。小雪ちゃんが語りすぎていたのであえなく修正。この辺の事はまたいつか本編に書こうかと思ってます。


「いらっしゃいませー」


 私は少しキョロキョロして、一度後ろを振り返ってから駅前の本屋さんに入りました。

 月曜日だから、お客さんはまばらです。

 いつもはネットで頼むのですが…今日は、たまたま高校の課題の提出日だったので、駅前の本屋さんに買いに来ました。服装は高校の制服です。

 そう言えば、ブレザーを着て寄り道したのは初めてです。

 時刻は一時少し前。


 ここは駅を出てすぐ、向かいの道路の角にある、三階建ての本屋さんですが、店内の通路は狭く感じます。

 一階に入ってすぐに女性ファッション雑誌、次にティーン雑誌、車雑誌、その奥に文芸雑誌。棚が二列もあって、どの棚にも雑誌が陳列されています。二階は専門書、三階がコミック。

 私は一階の奥へと進みますが、初めて入ったので細かい配置がよく分かりません。

 平積みと、タイトルが見える縦置き……。マンガ週刊誌もあります。もっと奥なのかな?……あ。


――お目当ての雑誌は多分、この棚の、裏側です。

 

 私は雑誌の棚の端を裏側へと曲がって、動物雑誌コーナーへ来ました。

 可愛らしい猫の表紙の雑誌が平積みされていたり、犬の雑誌が縦置きされていたりします。


 ええと……あ、ありました!!

 猫の雑誌の隣。少し奥に平積みされています。

 私は手を伸ばし――。


「「あっ……」」

 丁度隣にいた方と、少し手が触れてしまい、私は慌てて手をひっこめました。

 恥ずかしいです……。


 視界の端に入った綺麗な黒髪が、見覚えがある気がして、私は顔を上げました。

「……速水さん?」


「あれ?早瀬さん?珍しいね」


 同じ雑誌を手に取ろうとしていたのは、なんと、速水さんでした!

 お休みの日に会うなんて驚きです。


 速水さんはいつものように真っ黒な服装に黒いジャケットを羽織っていますが、今日は帽子をかぶっていません。

 そう言えば昨日……速水さんも、『明日発売だから買いに行こうかな』と呟いていました。

 同じ本屋さんで、同じ時間にいたのは驚きましたが、私も発売を楽しみにしていたので、雑誌について話せる相手がいて嬉しいです。


「もしかして。これ買う?」

 速水さんが私に、雑誌『カラスの友 創刊号』を見せて苦笑しました。

「はい!」「どうぞ」

 それを聞いて、速水さんが私に先に渡して下さいました。


「ありがとうございます。速水さんも?」 

 私は言った。

「うん」

 速水さんも一冊手に取って、残りの、平積みされた『カラスの友』を見ます。

「全然売れてないけど、大丈夫か?」

 速水さんは、雑誌の売れ行きを配をしているようです。


『カラスの友』とは。

 今月創刊された、カラス専門の雑誌です。

 創刊号のおまけは、カラスのパスポートカバー&ポーチ。

……これは気になります。


 レジには、先に三人の方が並んでいます。

「今日は、歩いて来たんですか?」

 レジを待つ間に、私は速水さんに尋ねました。

 速水さんは車で移動するというイメージがありますが……。このお店には駐車場がありません。立体駐車場はありますが、わざわざ?

「近いから電車でも良かったけど。アトリに車置かせてもらった。早瀬さんは学校帰り?」

 どうやら、速水さんは雑誌が欲しくて非常手段に訴えたようです。

「はい。課題の提出日で。アトリに何か用があったんですか?」

「昨日。証書とソラのパスポートが届いてたから、店に飾るついでに」

「――!!!届いたんですか?」

「額も買ってある。良かったら見に来る?」


『ソラのパスポート』

『証書』

――これは私達が今か今かと待っていた――。


「行きます!」

 もちろん私は頷いた。


■ ■ ■


「これがソラちゃんのパスポートですか?」


 速水さんに見せてもらったのは、真っ黒な表紙の手帳です。


 表紙は日本国と書かれていて、菊の代わりにカラスの箔押しがあります。


「可愛い。中を見ても良いですか?」

 私は恐る恐る尋ねました。パスポートは大切な物です。

「いいよ」

 許可を頂けたので、私は早速パスポートを開きます。

 中身は…普通のパスポートにそっくりです。お父さんが仕事で良くパスポートを使っているので、見せて貰った事があります。


「あ、ソラちゃん、カメラ目線です…」

 私は笑顔になりました。

 ソラちゃんはウッドデッキの上でご機嫌です。

(あら――この写真は?)

 私は首を傾げた。この場所は……。


 証明写真の下には、ソラちゃんの種類、大きさ、体重、色々な予防接種、個体登録番号が書かれていて、しっかりと偽造防止処理が施されています。

 隣のページには飼い主の速水さんの顔写真があります。

 速水さんのページにも、性別、生年月日などが記載されています。


――通称、『カラスのパスポート』&『カラスの認定証』。


 先日、国会で成立して、今月一日に施行された『特定鳥獣の所有に関する法律』によって、一部のペットにこのパスポートと、証書が発行される事になりました。

 

 正式には『特定鳥獣の所有及び管理並びに所有者資格者の適正化に関する法律』と言います。


 特定鳥獣は今の所たったの一種類。つまりカラスちゃんだけです。

 それ以外は、元からあった、『鳥獣保護管理法』の禁止事項や罰則を強化した条項が並んでいます。


 『鳥獣保護管理法』での保護や狩猟の場合は、ペットのように飼っていても、あくまで保護という名目になります。

 ですが、新しい『特定鳥獣の所有に関する法律』法律は、「特定保護鳥獣」の所有に関して、特別に規定を設けています。


 特定……略して『特獣法』は条件付きで……つまり、申請をすれば「特定保護鳥獣」=『カラス』をペットとして飼うことができると言う、とっても、とっても驚きの、すごい法律なんです!


 つまり、このパスポートを持っていれば。

 ソラちゃんは正式なペットとして国に認めてもらえて……。

 ええと……?あとは。


 私は自分の小さなメモ帳をめくった。

『この法律の対象動物は、所有者が対象動物を連れたまま、搭乗手続きのみで海外へ渡航もできる。機内持ち込み可。対象動物の渡航費は無料』

『公共交通機関、一般施設などにも、キャリーケース無しで持ち込みが可能。交通費、入場料は無料』

『提示を求められる可能性のある場所では、パスポートを携帯する必要がある』


……つまり飛行機に乗っても、新幹線に乗っても、一緒に公共施設やお店に入っても大丈夫。との事で、待遇は盲導犬と同じか、それ以上です。


 ですが手引き書には『屋内ではキャリーケース、手荷物預かり等を使うのが望ましい。特に飲食店、銭湯など、施設利用者、管理者に不快感を与える場には持ち込まないことが推奨される』……と書かれていたらしくて、速水さんも『店に入るときは外で待たすし、乗り物では普通にケージに入れる』とおっしゃっていました。

 

 この法律の内容が、本格的にメディアに出始めた頃。

『えっ、カラスを?ペットに?できるの』『マジで?飼いたい!』

――と言うのが大方の反応でした。

 ですが、この法律は、ものすごく条件と審査が厳しくて、野生のカラスを捕獲しても申請は通らないようです。

 申請書や原文には、こう但し書きが付いています。

『鳥獣保護法に合致する案件の場合はそちらに申請すること』

 つまり……傷ついたカラスを保護する場合や、狩猟などの場合は旧法の範囲内です。


 それに、当初はどのニュースも、登録申請の方法を詳しく解説をしていませんでした。 

 真面目なニュースは、どこの局も簡単に読み上げて、「来月一日から試行されますが、今までの鳥獣保護法も、そのまま継続するとの事です」と言っただけです。


 具体的に、どこへ申請に行けばいいのか?審査はどうやるのか?と言う特集を組んでいたのはワイドショーです。ですが、それも施行される少し前、という位でした。インターネットでは、既に問い合わせをして調べた方がいたようで、ワイドショーはそれをまとめて特集にしていました。


 私は、身近にソラちゃんがいるだけに、気になって……アトリのスタッフ皆で速水さんに尋ねました。

――店長は最近、とても嬉しそうにしているけれど、まさか申請する気なのか。

ソラちゃんを連れて何処へ申請にいくのか。


……窓口は、なんと、警視庁だそうです。

 それだけで、もう大変ですが……。登録データの管轄、審査は環境省。

 環境省ではこの法律のための部署が新しく設置されたそうです。


 今月の一日、警視庁の窓口に沢山のカラス愛好家達が詰めかけたり、環境省に電話での問い合わせが殺到したそうで、インターネットのトップニュースになっていました。


 一応、申請書類は警視庁のHPでもダウンロード可能なようです。

 他に獣医の診断書と、飼い主の戸籍謄本、身分証明書、保護依頼書(任意)が必要です。申請自体は誰でも出来るのですが、そもそも、きちんと許可を得てカラスを飼育している方はわざわざ東京へ行ってまで、申請する必要は無いとおっしゃっているようです。


……ネットの噂ですが。申請窓口では。

 まずカラスを本当に飼っているかを聞かれます。

 その次にカラスの写真などを見せます。その後、簡単な質問をされて、保護依頼書があるかを尋ねられ…『こちらの書類に記入の上、必要書類を添付して提出して下さい。提出後は書類審査の結果をお持ち頂きますが、よろしいですか?審査に通った場合は、係の者が一週間以内に連絡をするそうです』と言われるようです。

 基本的に塩対応、途中から面白がられている、と評されていました。


 その後、書類を書いて提出しに行っても……。

『では提出しておきます。申請が通れば、二次審査の連絡があります。まあ、通ったと聞いたこと無いんで、正直、駄目でしょう』と言われ、結局皆さんそれっきり。

……カラスの保護依頼書を持っている方も、ちゃんと飼育していて偉いですね、と言われて特に何も無し……。


 ちなみに、切手代は申し込み者が負担するそうです……。


 おかげで、『審査に通る人は居ないのでは無いか?』『意図不明の法律』など色々言われています。


 保護するだけなら旧法で十分、罰則強化の理由付けだろう、あるいは今後そうした条項の追加が検討されているのかもしれない……。

 または、曖昧な部分の多い、鳥獣保護管理保護法を撤廃し、時代に合わせたこちらに移行するのではないか…?

という見解に落ち着き、程なく騒動は落ち着いたのですが――。


 今月上旬。休み明けの速水さんがぽつりと。

「そうだ、ソラの申請通ったから、許可証、店に飾ろうか」

 とおっしゃったのです……。皆で、とても……驚きました。


「ソラちゃんはエリートなんですね」

 私は言った。

 テストの内容は極秘で、完全非公開ですが、速水さんによればなんと、カラス自身の知能を測る?面接試験もあるそうなんです…。審査は書類審査を含め、四次まで。

 知能テスト(もちろんカラスちゃんの知能テストです)のさわりを速水さんからこっそり教えて頂きましたが……とても普通のカラスに出来るとは思えません。


 そして――どこからか、『申請の通りそうなカラスがいる』と漏れて……おかげで、すでに何件か問い合わせが来ていて……これはもしかしたらわざとかも――?

 ついにカラス雑誌まで創刊されて。今日に至ります。


 ええと……。

 私は、メモをめくった。

 取材はNNKニュース、ペット番組が二件。ローカルニュースが一件……?

 速水さんは、取材は積極的に受けるつもりのようで、お店の良い宣伝になる、とおっしゃっていました。

 ちなみに明日は動物番組の取材です。


 それにしても、こんな変わった法案、いつの間に用意していたのでしょうか……?

 カオルさん、木魂さん曰く……、少し前にそれらしい法案の審議スタートが新聞の片隅に出ていたそうですが、法律の名前だけで、詳しい内容は書かれていなかったそうです。

『お客様と話すのも、バリスタの仕事だから』とカオルさんはおっしゃっていました。

 私も、見習わないといけません。


■ ■ ■


「速水さん、そういえば、ソラちゃんは?」

 歩きながら、私は尋ねた。


 本屋さんからアトリまでは徒歩でも五分ほどです。

「多分、その辺に……。ソラ?」

 速水さんが呼ぶと、電柱の上から、ソラちゃんが降りてきました。

 ソラちゃんは速水さんの腕にとまって、何か用?と言った感じに小首を傾げました。

 他のカラスに紛れていたようです。

「速水さん、見分け付きます?」

――速水さんだから、分かっているかも知れないです。

「……単体なら」

 どうやら見分けは付かないようです。

「そのうち、足輪が届くって言ってたな……やっぱり付けるか」


 私達はアトリの裏口から事務所に入りました。


「おう。おかえり~。俺は今丁度メシチュー。って小雪ちゃんも一緒か?」

 寿さんがお昼休憩中です。三段のお弁当箱に入った、美味しそうなシチューを食べています。

 寿さんはテーブルいっぱいにケーキのレシピなどを並べて、スイーツのキーホルダーが沢山付いたスマホを見ながらご飯を食べて、紅茶も飲みつつ、薄型の、可愛いスイーツシールの貼ってあるノートパソコンをいじっています。とても器用です。

 寿さんは良くこうして、お店の新作スイーツのレシピを作っています。

 今日は寿さんはお昼までですが、この真っ黒なお弁当箱は……?


「さっき本屋で会った。読むか?」

 速水さんが雑誌を見せて言った。

「読む読む!あ、今どける。ちょっと待て。置いといてくれ」

 寿さんが言って、速水さんは雑誌の入った袋を椅子に立てかけて、テーブルの上の紙をそっと退けて、紙の下にあった額縁を手に取りました。よく散らかっています。

 私は買った雑誌を忘れないように、学生鞄に入れました。

「あ、朔。帰るとき弁当箱持って帰ってくれ。俺はカオルちゃんが来たら出かけてくっから。青山に新しいケーキ屋が幾つもできたってんで、これは行くだろ!桂馬も誘ってみる――か?」

「桂馬君は、まだ学校だと思う」

 速水さんが雑誌の包装を開けながら言った。寿さんは食べ終わりました。

「はいごっそさん!イヤー助かった」「お粗末様です」

 寿さんのお弁当は、速水さんが作ったようです。

 少し不思議ですが、たまたまでしょうか?


「今朝『弁当忘れたから、何か食い物無いか』ってメールがあって。詰めて持って来たんだ」

 速水さんが苦笑した。速水さんのお昼ご飯だったようです。

寿さんは早速、雑誌のページをめくっています。

「おうおうおうおうおう。カラスづくしだな!このポーチくれ!パスポスケースはお前にやるから!」

「別に良いけど」「やった!」

速水さんのお目当ては、パスポートカバーだけだったようです。


■ ■ ■


「――この辺かな」

……速水さんは踏み台に乗って、ねじ式のフックを、カウンターの壁の、木の部分に取り付けています。


「ごめん取って」

「はい」

 A4サイズ程度の賞状――事務所に適当に置かれていたこれが、大切な許可証です。

 下の方には大きい判子がいくつも捺されています。

 賞状の飾り枠が、カラスのモチーフで…。とっても可愛くて格好良い。


「警視総監……内閣総理大臣……?環境省……」

 私は許可証の、署名を見て驚きました。

「それは名前だけだから。普通に窓口で受け取ったし」

 速水さんが苦笑した。

「あ。そういや、ロシアとかだと、猫パスポートとかあるから、日本もそれに倣う事にしたんじゃないか、ってばあちゃんが言ってたな!」

 寿さんが事務所から言った。


 テレビで、この法案のニュースが取り上げらる時に引き合いに出されるのは、外国のペットの登録制度です。

 今回の事をきっかけに、巷では、犬や猫、そのほかのペットにもパスポートを有料で発行したら、そこそこの経済効果があるのでは……?などと言われています。


(そうなったら……、ちょっと、楽しそうです)


「……それと、この写真も……隣に飾って良いかな」

 速水さんが言った。

 カラスちゃんのパスポートの写真を大きく印刷した物です。

「あ。これ……。やっぱり、前のお店の写真ですよね」

 小さい写真では分かりにくかったのですが、この写真のウッドデッキは以前のアトリ……火事で無くなってしまった、アトリ一号店の物です。塗装が少し下手なのは私が塗ったから。


「パスポートの写真は更新していくから……。ここに飾っておきたいと思って。良い?」

 私が見上げると、速水さんは少し心配そうな顔で言いました。

「このパスポートの写真って、何年更新ですか?」

「とりあえず、五年」

「なら、五年経ったら、少し小さくして次の写真も並べたり――?隼人さんも喜ぶと思います」

 私は笑って言った。

「そうだね……」


「じゃあ。飾るか」

「はい」


 私は飾られた写真を見上げました。写っているのはソラちゃんだけ。


……隼人さん。どこにいるの?


「これ、隼人が撮ったんだ」

「――そうなんですか」

 私達は、少ししんみりしてしまいましたが……打倒イーグルカフェと思えば、これ以上ない援軍です。


 私は中指の指輪を触った。新しいお店も始まって、賑やかになって。

 でも隼人さんはそこにいなくて。遠くで……。


(やっぱり寂しくて、悲しいけれど……頑張ります)


――せめて、見守っていて下さい。


「さて。明日は取材だから。一応餌も買うか。……今日暇なら、早瀬さんも行く?」

速水さんが踏み台を片付けながら言った。


「近い場所だし。ついでに送ります」

速水さんが敬語になった。

「――ご迷惑でなければ……」

「大丈夫。早瀬さんは、食事は?」

「まだです。駅で買って帰ろうと思って……。速水さんは?」

「俺もまだだから……どこかで食べようか?」

「二人とも、仲が良いね」

 くすくすと、側に来て笑ったのはアトリのバリスタ、木魂さんでした。

 木魂さんもソラちゃんの写真と証書を見上げる。


「お。何か格好良いね~。明日の取材対応、頑張れよ店長」

 気さくな感じに?お任せモードで?明るく笑って励ましてくれました。

「と。折角だから、早瀬チーフも出たら?」

「え、……わ、私は」

 木魂さんに言われて私は戸惑った。

……て、てててテレビとか、無理です。緊張してしまいます!


「取材と言っても、少しだけだと思いますし。ひとまず俺が対応します」

 速水さんが言う。

「良かった。お願いします」

 私は思わず言った。


 くすり、と速水さんが笑った。

「……では、行きましょう」

「はい」


私と速水さんはお店を後にした。


■ ■ ■


「騙されました……」

……翌日。私は項垂れた。

 テレビ局からタレントさんと、五名ほどの方がいらして、撮影は何とか終わりました。

インタビューは速水さんが受けて、ちゃっかりアトリの珈琲やケーキなどの宣伝もしていました。

 放送されるまでどの部分が使われるか分からないようですが、速水さんは「ソラが写っていれば十分に宣伝効果はある」と言いました。


 ですが。ですが……。


 私は仕事もしながら、速水さんのインタビューと、ソラちゃんの撮影が終わるのを待っていました。

 外にカメラがいたせいか、店内にお客様は殆どいらっしゃいませんでした。

 そうしたらごく自然な流れでタレントさんもお店に入ってきて……。

 その後カメラマンさんが、お店の中も撮影して。タレントさんが証書とパスポートを見て、申請の事を尋ねて……。速水さんは。『どうして申請が通ったのか、良く分からないんです』と営業スマイルで答えて。


 タレントさんの『うわ。鳥の写真がいっぱい。ステキなお店ですね~。奥様方は、ここに良く来るんですか?』という問いかけに、お客様は「ええ、たまに。カラスは可愛いし、カフェ美味しいしここの常連なんです」「店長目当てで。散歩がてら良く来てます~」という百点満点の回答をしてくださいました。


――ここまでは順調でしたが……そのうちテレビのスタッフさんが。

「じゃあ、そうですね、後は……そうだ。そこの女性スタッフさんからも一言、――折角だしお店のアピールを」

 そう言われて、成り行きで。私はよく分からないまま。

「お店の紹介をしてみて」

 と速水さんに言われた通りに。


「き、喫茶アトリはゆったりくつろげるカフェを目指しています。カラスのソラちゃんもいます。ぜひ来て下さい♡」


……と、ウッドデッキのソラちゃんのそばで、カメラに向かって喋りました。

 ものすごく緊張して、変だったと思います。撃沈です……。

 最後の宣伝は、速水さんがやって下さるはずだったのですが。


「……騙されました……」


 たそがれる私を見て、速水さんが苦笑しています。


「まあ、また次があるから」

 次は速水さん、お願いします……。


〈おわり〉

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