第98話 交易都市到着
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前日の夕食の席では、聖騎士団の一名よりフラグとも取れるような不吉な発言があったが、フォートからの道中は面倒事は何も起こることなく、無事昼頃に俺達は交易都市トレドの町へと到着した。
デイモンド男爵領でティナ司祭の一行と出会い、護衛の依頼を受けてシェーブルの町を出発したのは……ちょうど一週間前の、同じ安息日明けの日だったか。
今日は過去最高に厳重な護衛を付けての移動、しかもフラグ付きということで、出発時には俺もこれまで以上に魔物や野盗の類を警戒していた。
しかしさすがは豊かなブラウウェル伯爵様の領地。その街道沿いには農地や村落が途切れることなく存在し、今までのような山深い森や荒れ地は視界にはほとんど見当たらなかった。
しかも移動には聖騎士団の手配によって、聖女様にふさわしい大型の馬車が追加で用意されていた。怪我を負って脱落し不在となっていた馬の御者も必要数が補充されたので、修道女さん達も不慣れな仕事からは解放となった。
俺達冒険者にも三人で小さい馬車に乗ることが許されたので、道中に歩く必要は全くなくなり快適に景色を楽しむことができた。
それに元々ここの領地では日常的に領主兵士達によって街道どころか森や山まで魔物討伐が行われている。加えて教会の威光をまざまざと照らしつける十一騎の、それもフル装備の立派な騎兵が前後左右を過剰なまでにがっちりと固めた一団だ。
道の脇に突っ伏して拝む者はいても、行く手に立ち塞がるような命知らずは猫の子一匹いなかった。
到着したと聞かされてからも、しばらく馬車は郊外の農村地帯を進み、大きな川のような水路の橋を越えて石畳の街並みへ入った。
通りを歩く町の人々は、教会の騎兵が目に入るとやはり脇へと道を譲り、続々と膝をついて拝む。慌てて幼い我が子の手を引く母親、親方にどやされて荷車を押す人足などを気づかって馬車隊はさらに速度を落とす。
……もうすでにトレドに入っているのなら、ここはやたらと広い町だなあ。
「師匠、この都市には市壁はないんですか?」
「壁は都市の中心部だな。領主の城や教会本部もその壁の中だ。ここらへんは魔物はろくに出ないし、外の敵への備えとしちゃあフォートの町が壁みたいなもんだ。あんな感じの町が別の方角にもあるのさ。外壁はなくても衛兵の詰め所はあちこちに置かれてっから、見回りの兵も少なくはねえぞ」
なるほど。富裕層的な人達が壁の中に住んでて、この辺りは平民の街という感じなのか。しかしそれでも十分に立派な家が立ち並んでいる。
……これまでの町が八ビットマシンのⅢやⅣだとすれば、ここは十六ビットのⅤくらいの豪華さといった感じだ。
「今あたしらは町の南西辺りから入ってきてんだがな。北東のほうにはガラの悪い貧民街もある。ゴズフレズ領に行くなら気をつけて通れよ」
あ。……そうか。
交易都市トレドへ到着したということは、ここでアキュレイさん達とはお別れになっちゃうのか……。
市場かとも見まがうほどに、無数に露店がひしめき合う大きな広場を通過して、俺達はそびえ立つ立派な城壁へと近づいた。
平民街よりも少し高台にあるそこへは、馬車でも無理のないように緩やかな登り坂を回り込んでゆっくりと進む。城壁周りの堀のような広い水路は岸辺にも豊かに緑を蓄え、陽の光を反射して美しい風景を作っている。
この辺りで行き会う者にはもう一般の市民よりも兵士が目につく。
足を止めて敬礼の姿勢を見せる多数の衛兵の出迎えを受けつつ、暗いトンネルを抜けるように通過した大きな城門。
ぱっと見ではかなり古い物だったが、傷んでいるとか老朽化しているなんて様子はない。積み重ねた長い歴史が感じさせる圧力は……魔道具の結界だけのものでは決してない。
うーむ。本当に全く町の造りが違うな。城壁内外を問わず立ち並ぶ建物には随所に余裕が見られて今までのようなせせこましさがない。
「すごいぞクロ、大都会だ。果てしないぞ。空も愛で落ちかねないぞ」
「はしゃぎすぎでしょ。……あたしには人間の町なんて大きいほどめんどくさいんだけど」
「あっ。師匠、ここでは獣人はどんな感じですか?」
「あぁ……。うん。聖女派教会の中ならたぶん問題ないが、壁の中の上層の街じゃやっぱり目立たねーほうがいいな」
やっぱりか。この伯爵領はもう東の国境も遠くはない。すでにここは東方領域だ。
「平民街や下層区なら下働きや農奴として暮らしてる獣人奴隷も多いけどな。扱いはどれもあんまり見れたもんじゃあねえ」
……ふーん。探せばクロの同郷も何人かいるかもしれないな。
あ、でも躾ができそうな子供なら西のほうで高く売れるんだっけか。
交易都市トレドの、金持ちが住むその城壁内においても、領主伯爵の居城に次ぐ威容を誇る聖女派教会司教座エクレシア大聖堂。
俺達はついに目的地へと到着し、護衛対象を送り届けて依頼を完了した。
聖騎士団数名の案内によって通された応接の間で待つこと四半刻。午後の祈りの務めを終えたらしい司教様が息を切らせて部屋に入ってきた。護衛の俺達や騎士が同席していることに気づいた司教様は落ち着いて祭服の襟を正す。
ティナ様一行を心配していたというカペリーニ様だっけか。……確かに大教会のトップ、司教様にふさわしい威厳を持っているが、髭の爺さんはトラヴィス様達の親世代にしては少々齢がいっているように見える。
面識のあるらしいトラヴィス司祭とトムさんに対してはその再会を喜び、初めて会うというティナ司祭と修道女達に対してはその身の無事を喜び、俺達全員の到着について神と大聖女に感謝の意を捧げた。
最大の懸念であった聖女ティナ司祭の治癒魔法の喪失については、すでに手紙でも報告がされていたようだ。
俺が魔力の業によって治癒を行ったということは隠しきれなかったみたいだが、聖女様の魔力の変質は、その命と権威の失墜を画策した刺客の固有の魔法、または極めて特殊な魔道具等による呪いを受けたということになっていた。
まあ、実際に俺が使ったとして見られているティナ様への治癒魔法は、女吸血鬼シグブリットが行使した古の魔族の業だ。その副作用は呪いと言えなくもない。
状況が落ち着いた後、夜中にこっそり一人で首飾りに宿る彼女に元に戻す方法がないかも聞いてみた。が、やはりその長い人生においても経験のない稀なケースなため、確実な解決策はすぐには思いつかないらしい。
(ふっふふ。妾に躰と患者と、安全で快適で愉快な環境を寄越せば、その娘が老衰するまでには何とかしてやれるかもしれんが……無理じゃろ?)
――とのこと。……そんな楽し気に怖いことを口にする魔物に治療を任せたら、どこか押し間違えたりして今より症状が悪化するなんて事態にもなりかねない。
…………前世の知識に照らし合わせて考えれば。
聖職者であるトラヴィス様やトムさんからしたら、神の御業であるはずの治癒の力を、妖しげにも自分達の理解の外の術理で行使したのだ。
緊急時の人命救助で、なおかつ成功したとしても。俺は教会に敵する異端としてその全てを拷問して吐かされてもおかしくないようなイメージがある。
フォートの町での療養中、それについて恐る恐るトムさんに尋ねてみたところ、魔法の業というのは研究による解明が進んでいるのはほんの一部らしい。
多くの魔法使いが割と簡単に発現できる魔力伝導や属性魔法の技術も、どんなことが可能でどこからが不可能なのかはまだまだわかってはいないとのこと。
さらに力のある魔法使いは貴族や教会でもほぼ派閥に属し、閉鎖的に身内のみの秘伝として師弟で研究や指導を行う。
……この女吸血鬼もそんな暮らしをしていたのかもしれないな。
個々人の魔法使いが知り得ない秘術や、理解の及ばない効果現象が存在するのは至極当たり前のことで、その道に身を置く者にとっては生きたまま他流の業を目にすることができたのなら喜ぶべき幸運らしい。
そんな話を聞いていくらか安心はできたが、それは俺に恩義を感じてくれているトラヴィス様達の考え方だ。
教会の教派も主神派と聖女派の二つを基本に、過激な連中からそうでないのまでたくさんいるようだし、あんまり見せびらかしたりはしないほうがいいよな。普通に考えて。
……フルクトスで教えてもらった魔力付与あたりは使うことができる奴も多くて割と普及してるみたいだけど、テオドル先生の魔力治癒なんかはちょっとレアなのかな?




