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第96話 療養のため滞在延長

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「――とまあ、あの晩の、僕が知っていることはこんな感じです」


 一瞬だが気を失っていたり、胸のダメージもあったりして俺一人では全ての状況を把握できていないが、事態の前後はシグブリットが周辺を見聞きしていた。


 コイツちょっと扱いに悩むくらい便利だな。首飾りを同じ部屋の中にでも隠しておけば、そこで行われることは諜報し放題だ。といっても非合法に過ぎるので告発の証拠や交渉ゴトの材料には使えないけど。


「…………マリエルさん……」


 夜まで丸一日近く眠っていたが、何とか目覚ましたティナ様からもその時の様子は聞き取れた。庭園へ連れ出されて殺されかけたティナ司祭は、その直前の話すら嘘だったことも信じられない様子だ。


「……しかし、その……四十代の髭を貯えた主神派の神官ロベルトとやらは、南方領域では目立つ者には覚えがありませんな。そのような特徴の男なら大勢おりますゆえ、顔を見たレノ様でなければ探し出すのも容易ではないかと」


「結界内で人を殺めるような魔法は、教会と国で使用や伝授を一般には厳に禁じている。それが使えるような人間は極めて特殊な立場か、組織に属しているだろう。腕の治療というのも手掛かりにはなり得ない可能性が高いね」


 俺が伝えた名前と外見の特徴、魔法では……今回はトラヴィス司祭も修道士トムさんにも暗殺者の心当たりはないようだ。

 内通者の修道女マリエルさんと連携して俺達を襲った暗殺者は、何日か前に偶然デイモンド領の教会で出会ったあの男だった。当然のごとく本名ではない可能性が高いか。


 ……思い返せば出会ったことも偶然とばかりは言えず、あの夜に交わした妙な話も聞きたいことは真逆だったと気がつく。

 俺がもしも獣人奴隷をコキ使って金儲けを考えるような冒険者だったとしたら、狩人ミゲル達と一緒にカプリ村を焼いていたのだろう。


 撤退の判断が速かったので直接手合わせすることはなかったが、扱っていた魔法からしてたぶん前回のケツアゴ親父に遜色ない使い手だ。その身のこなしもタダの坊さんとは思えないくらいキレッキレだったし。


 俺が斬り飛ばした腕は拾って帰ってたから、誰かがくっつけてくれるんだろう。もしかしたらそれを恨んで復讐しに来たりするのかな?

 聖女様暗殺はある意味成功しているし、俺も殺されかけたんだからお互い仕事の上のこととして、割り切って水に流してはくれないだろうか。


 シグブリットの話によれば……マリエルさんに関しては俺が人生ごとキャリアを台無しにしてしまっている。たぶん彼女は恨み骨髄だろうな……。


「……う」


「ティナ!」


「大丈夫、です。お義兄様」


 吸血鬼の治癒魔法は副作用がデカかった。首の傷は癒やしたが、最低限の効果に止めて体調までは回復させていない。そんな彼女に寝起きにいきなり聞かせるには少しショッキング過ぎる内容だったか。


「……レノ様、お礼を申し上げるのが遅くなってしまい申し訳ございません。私の命を助けてくださってありがとうございました。まさか実はレノ様も、とは……」


「……いえ。お礼の必要はありません。……僕はティナ様から大切なものを奪ってしまいましたから。それに……」


「治癒魔法がなくとも、人々をお救いになられている方は大勢いらっしゃいます。私もこれからはもっと町や村へ出て、多くの人々の力になりたいと思います」


 交易都市トレドから簡単にこちらへ来られなかったように、やはり治癒魔法使いは特別な存在だ。神と聖女の奇跡の体現者と祀り上げられ、今のティナ様のような特別な理由がなければ基本厳重に教会の奥に守護(まも)られている。


 その恩恵にあずかることができるのはごく一部の人間だけだ。


 そりゃあ魔法でちょちょいと治してくれるとなったら、山ほどいるであろう不治の難病持ちや元に戻らないような大怪我を負った人間は殺到するだろう。そこにはそんな真っ当に治療を望むやつばかりではなく、恩恵を独占しようとか悪いことを考えるクズが紛れ込むのも容易に想像がつく。

 ある程度、寄付として高額な金品を求めるとか、貴族や司教のコネと言った条件によって門戸を狭めるのは、治癒魔法使い本人にとっても、それを取り巻く領地や国にとっても必要なことなのかもしれない。


 ティナ様ご本人は、そんな貴重で強大な力を失ってしまったことは一ミリも悲観していない様子だ。

 大聖女様の教えの一つでもある「できることをがんばって幸せに暮らす」を例に出し、今までと全く違う生活で新たな信仰の道を歩めることを楽しみにしていますと笑う。……マジ聖女様。もうこれ今ここで認定していいんじゃないかな。


「僕の(わざ)は……ティナ様のものとは全く違います。出所も言いにくい上に、緊急に必要にかられて止むを得ずあの時初めて使ったので、知っているのは皆さん方だけです。申し訳ありませんができれば忘れていただけると……」


「心配しなくていいよ。僕は君のお人好しを気に入っている。悪事を考えるような人間じゃないし、返しきれない恩もできた。君の不利益になるようなことは絶対にしない。今後は一生をかけて力になるよ。……何か困ったことがあったらいつでもレーメンス領のトラヴィス・フェデリーニを訪ねてくれ」


 おおう。イケメンがまぶしい。


「私も同感です。レノ様がいてくださらなかったら、シェーブルからこちらの旅はどうなっていたか。聖女ウィプサニア様が我らのためにお遣わしくださったとしか思えない奇跡ですぞ」


 おっさんはちょっと暑苦しい。

 ここは野郎どもでなくて修道女さん達からチヤホヤされるところではないのか。


「アキュレイ様のお弟子さんなのですから。さすがでございます。お二人と、クロ様もおそろいでこその我ら皆の無事。本当にあなたにお頼みして良かったです」


「……え? あ、どうも。……ふふふ。ま、人の縁ってなどう繋がるかわからないモンですね」


 お。小さくなってたアキュレイさんにも笑顔が見えた。

 最大の危機に酒を飲んで寝てたので、この場での居心地が悪そうだった彼女にも聖女様がばっちりフォローを入れてくれる。


「ターナ達もこちらへ。今後の話をしよう」


 同じ部屋の中にいた修道女さん達もティナ様のベッドの近くへと呼ばれる。

 俺は椅子を譲って少し離れた。


「……クロ。お前もいい加減ションボリすんな。お前にはあの人達と同室で護衛を任せてたんだから、何も悪いことはしてないだろ」


 あの日は夕食の前から、ノンアル組の修道女さん達三人は仲良しの女子会旅行の雰囲気だった。ティナ様もはしゃぎすぎないようにと注意しつつも一緒に混ざって楽しそうにしてたし。……今思えばマリエルさんはちょっと浮いてたのかな?

 なので、巻き込まれていたクロにはいい対人コミュニケーションの訓練になるかと思ってそのままにし、夜も四人の部屋割りでお願いしたのだが。


 離れていた俺が死にかけたことをこんなにも気に病むとは思わなかった。


「レノも、あの女に治してもらったの?」


「いや、ヤバそうだったからやめた。魔力で色々誤魔化してる。しばらく頼るから助けてくれな?」


「……わかった」


 トラヴィスさんの話によれば、交易都市の教会に着けばティナ様も俺も治癒魔法が受けられる。大事を取って後二日療養して、また安息日明けの朝トレドへ向けて出発の予定となった。


 そこまでは聖女様も生死不明のままとして情報を伏せる。


 事情はちゃんと伝えていたので警備は手厚くしてくれていたらしい。しかしそれでも簡単に突破されてしまったこの宿屋と、そこを紹介したフォートの町の教会は聖女様を死の半歩手前まで追いやってしまった責任問題に無事破滅状態だ。

 町の代官にとっても他人事ではあり得ず、すでに関係者全員が負い目にまみれてこちらの要求には全く逆らえないらしい。

 ちなみに音もなく戦闘不能にされた宿の守衛複数名は、大怪我ではあったが特に命に別状はないとのことだ。


 まあ今は隠し通せても、トレドに着いてしまうと人の目は桁違いだ。ティナ様が生きていることも、治癒魔法が使えなくなったことも、主神派方にバレないことは難しいらしいが、その都市には信用できる強力な味方がいる。


 ……ともすれば聖女派教会には、とっ捕まって火炙りにされかねない俺にとっては味方とは言い切れないかもしれないが、そこはトラヴィスさんがきちんと事情を説明してくれるというから信頼しよう。


 なかなか将来有望で、強力なコネを手に入れたんじゃないか?

 


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