第95話 妾って何に直せばいいんだろ
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痛ってえええ! 何だあれ、銃弾かよ!? 防護が間に合わなかった!
一瞬意識が飛んで死んだかと思ったが、まだ生きてはいる。今もまだ、のたうち回るレベルの激痛が胸に走るがそんなこと言ってる場合じゃあない!!
やばいやばいやばいやばい。頸動脈どころの騒ぎではない。首の骨が見えてるし、ダメージを負っちゃ絶対にマズい部分までイってる!
えーと、呼吸と血流は止めちゃダメなんだったよな! つーかこれ、運ぶこともできないよな!?
ぐっ……! 町に張り巡らされた魔法攻撃を防ぐための結界が、こちらの事情をお構いなしに元気に仕事をする……! 人命救助なんですけど!
俺がティナ司祭の首と胸の傷を押さえて止血し、脈拍を維持して自発呼吸を促す魔力伝導は、結界が許容する魔力量を簡単に超えている。
練って高める端から吸われていく魔力を補うため、ガンガンに体内の魔力をぶん回して追い焚きするしかない。が、これ俺ティナ司祭の意識が戻るまで持つか!?
「レノ!!」
「ティナッッ!?」
おっと、遁走した一人を除く全員が庭園に勢揃いか。戦闘能力のない修道女さん達は念のためクロとともに屋敷の入り口から離れない。
声を裏返らせて驚いたトラヴィス司祭はパニックになるのかと思いきや、即座に小さな照明の魔法を打ち上げた。意外に修羅場慣れしてるのか。
「血止め程度の通常の手当てなら私も!」
「じゃあ胸と背中をお願いします! ごく小さな魔法が貫通してます!」
トムさんに身体を任せ、俺は頭側に回る。怖くて一瞬たりとも手が離せない!
「マリエルは何処に!? か、彼女は無事なのですか!?」
……ぐ。説明する時間もなければ、何て伝えるかの考えもまとまらない!
「ちッ、暗殺者の一味だったんだな……」
「ええッ!?」
周囲の警戒を続けながら、内通者の存在について話すアキュレイさん。
彼女の語る話に俺が反論しないことは、それを肯定すると全員に受けとられた。
「フォートの教会に治癒魔法使いはいないんですか!?」
「テリィ! トレドへ今すぐに早馬を!」
いねえええ!!
「……お、おぉぉ……なんと惨い。トラヴィス様……この……傷、では……」
「うるさいッ! まだ息をしてるじゃあないかッ! 手当を続けろ!」
息は無理やりさせているだけだ。血が気管に入らないように気を使う。
みんなが来てくれたおかげか、それともトラヴィス様が必死なせいか、俺は少し落ち着いてきた。
「ターナとチェルシーも医療道具を持って来い! レノ君、何とか目覚めさせられないか? 魔法さえ使えれば……!」
いや、この傷であの高度な集中と大量の魔力を必要とする治癒魔法は……。
「レノ、お前大丈夫か!? さっきから恐ろしい魔力を垂れ流しているぞ!」
「いやぁ、きついっす。この結界って止めてもらえないんですかね?」
「……レノ君! 頼むッ! ティナを助けてくれぇっ……」
どこから出したのか、アキュレイさんが赤ポーションの瓶の蓋を開けて俺の口に突っ込んでくれた。
「ぉぷ。……これ上物ですね。もっと無いんですか?」
「飲んだだけ回復するような都合のいいもんじゃねえ」
ああ、何か身体から薬効成分が抜け切ってから飲まないと、一本目と同じような回復効果は発揮されないから、連続使用は無駄の極みとか聞いた気がするな。
「……お客様……!」
クロが呼んできてくれたらしい宿の従業員達も、手を離せない血塗れの俺を見て立ちすくむばかりだ。
あかん。目を覚ます気配は全くない。身体の反応も弱いまま容体は好転しない。ジリ貧ってこういうのを言うんだろうな。
……こりゃ時間の問題だ。俺が先に気絶する――
(助けてやろうか?)
「え? 誰ですか? どうやってですか?」
「おい、何言ってやがる」
(妾じゃよ)
あ……! シグブリット、お前か。ずいぶん久しぶりに話しかけて来たな。
(まあ、この状態では落ち着いて話もできまい)
「おい! レノ、何だそりゃ!?」
「ティナ!?」
俺とトムさん、ティナ様の周囲が青い光の球に包まれたかと思うと、魔力の消耗が極端に抑えられた。
無駄にどばどば吸い上げられるペナルティの魔力放出がなくなった? ……結界の内側に結界か? これ自体の魔力は干渉しないのか?
…………ふうぅ。
おお。この調子なら俺の残りの魔力での延命措置はしばらく持つな。人工心肺の代わりも慣れて来たぞ。
(いつ頼ってくるか待っておったというのに。……まさか、忘れておったわけではあるまいな?)
……。
ど、どうして今まで一言もしゃべらなかったんだ?
(いやあ、見ておるだけでもなかなかに痛快な旅であったし、もしも薮をつついて妾のことを教会の連中に相談してみようなどと思いつかれては困るのでな。仕事が済んでこ奴らと別れるか……妾を消滅させようなぞとは宣えぬほどの貸しが作れるまで黙っとったんじゃよ)
なんだよ。司祭様にビビってたのか? ってことは教会にはこいつを何とかする方法があるってことか。
……あっ痛、痛ッたたたっ! き、気を抜いたら胸骨の痛みがぶり返してきた。
(ふっふふ。そなた妾が盾にならなんだら死んでおったぞ?)
あー……。そっか。この首飾りかぁ。何てベタな。
いや、ありがとうございました。……どうせなら物理的な衝撃のほうも、何とかしてくれたらよかったのに。これたぶん折れてるよね。
あ、シグブリットさんは治癒魔法って使えますか?
「……うっ、うっ。……ふぐっ。うぅぅ、ふぐえぉおぇおぉぉぅぉ」
……イケメンの泣き方が、想像していたよりはるかに汚い。
「……ありがとぉおぉうぅ! ありがとぅおぅおぉろろろ……」
「怪我は治りましたが……念押ししたように元通りではありませんよ?」
今宿のベッドですやすやと、傷一つなく眠るティナ様に以前の魔力量は感じられない。残る少ない魔力の質も以前とは別物に変わってしまっている。
これではおそらくあの高貴な治癒の魔力は……練ることも魔法を顕現させることもできないだろう。
ティナ様の命は救えたが、見る人が見れば、俺は国に数人しかいない聖女を殺害してしまったに等しい。
「生ぎてるぅ、生きてるがらぁぅぁぁ。ぞんなものはどおでもいいよぅぶぉぅぉぅ……ずびびっ」
「……司祭様、お気持ちはよくわかりますが、もう少ししゃんとなさいませ。その痴態はあんまりにございますぞ」
泣いてはいるが態度は紳士なトムさんがたしなめる。
同じように喜びたい修道女さん達が微妙な空気になってしまっている。
(うむうむ。良いのぉ。いけ好かぬ俗な気障男かと思いきや、この司祭はなかなか見所があるではないか)
いや、初対面から普通にさわやかなイケメンだったけどなあ。
(僕が愛していたのは聖女の地位なんかじゃない、君自身さ! なんての? もし逆だったらブッ殺してやるがの。……この女も嬉しかろうて)
お。この吸血鬼ずいぶん食いつくな。他人の恋バナとか好きなのかな?
(逃げたほうの女は執着しておったようじゃが、どうでもいいと言い切られるとは切ないのお)
……いや絶対にどうでもよくはないけどな。まあ、トラヴィス様やこのメンバーは言わないだろうけど、他の教会の人達は激怒するんじゃないか?
(隣町の治癒魔法使いが間に合わんのじゃから、是非もあるまい)
女吸血鬼シグブリットが使う治癒の術は、その使用する詠唱からして教会の治癒魔法とは異質なものだった。例によって内容は理解できない。
扱う魔力自体は元は俺のか、さっきの戦闘で奪ったモノだろうから、根源の大元的なところは全部一緒だと思うんだが。ティナ様の治癒の魔力も俺が操作することができるし。
人間の傷を治したのもいつのことか思い出せないらしく、ましてやこんな聖女と呼ばれるような特殊な存在にどんな影響があるかわからない、との前置き。
肉や骨は繋がるが、行使すればその存在の内にある器に確実に影響を及ぼす……との条件つきだった。
この町フォートの教会から駆け戻って来たテリィさんに、トレドへとすぐに治癒魔法使いを呼ぶ手配をかけるとの朗報はもたらされた。
だがしかし。やはりその立場のため都市を出るには様々な手続きを必要とし、話のわかる司教様の権力を持って短縮しても数日はかかるとのこと。シグブリットのアンチ結界があっても俺の魔力が尽きるまでにはとても間に合わなかった。
止むを得ず、ティナ様に人間をやめさせることになったりしないかだけは厳重に確認し、話せる事情をトラヴィス様に説明して、詳細は伏せたまま吸血鬼の治癒術を行使した。
結果、ここで眠るのはどこにでもいる年若い娘。いや、その美しさはどこにでもはいないか。不幸中の幸いで傷が残らなくて良かった。
…………レーメンス子爵領どころか、国家的損失……?
不可抗力とは言え、俺はまたしても偉い人が看過できない罪を犯してしまったのかもしれない。
「しっかし……あの青い魔力は何なんだ? あたしもたいがい色んな魔法使いとは会ってきたが、あんなものは見たことがねえ。ラタ村のジジイは神官だしな」
「……あれは、また別の魔法使いに教わった秘伝の魔法です。師匠であっても口外はできません」
今のところは……だ。もっとも、俺の業でもないが。
「…………あたしが師匠だってんなら、立つ瀬はどこにもねーな」
今俺、師匠とか先生は何人いるんだっけ? でも一番はアキュレイさんで間違いないですよ。ほんとほんと。




