第92話 伯爵領到達
92
早朝の暗殺者集団を何とか退け、東の交易都市トレドへの旅は続く。
今思い返せば二重三重に攻め手を重ねたであろう念入りな襲撃だったが、大聖女候補ティナ司祭の治癒魔法と、少数ながらも結束の固い護衛集団の奮闘のおかげで大きな被害が出ることはなかった。
…………しかし、俺が敵に勝つ時は、いつも不意打ちの初見殺しばっかりだな。正面切って正々堂々雌雄を決した記憶がないぞ。
もしも天下一の冒険者を決めるトーナメントの武闘大会があったら、簡単に対策されて予選三回戦あたりで負けそうだ。かと言って、同じ相手と二度と戦うことはないと言われた幕末の京都みたいな殺伐世界もイヤだが。
荒野の丘陵地帯は続くがその道幅は広い。馬車での通行に困るような石もなく、整った街道を急ぎ足に進んでいると少し川幅のある立派な橋に行きあたった。
対岸には風になびく旗に大きく立派なテント。その周囲に何やら物々しい装いの集団が見える。
「……ホントにいやがるな」
「そろいの装備は、ちゃんとしてますね」
「旗も伯爵家の紋章だし、真っ当な領主兵ってのは間違いねえか」
アキュレイさんと二人、遠視強化で行く先を確認する。道中にすれ違った旅人の話を聞いて斥候に出したクロの報告の通りだ。
……できれば見てくるだけじゃなく、コイツにも世間話くらいは簡単にこなして情報収集できるようになってほしい。
あれほどの部隊なら向こうにも魔力智覚持ちはいるかもしれんが、ならばここで慌てて気配を消そうとするほうがよけいに怪しまれる。
「あの川は確か、今我々がいるデイモンド男爵領と東隣のブラウウェル伯爵領の領境になっておるはずです。……関を設けているとまでは伺っておりませんが」
うん。これくらいの大きさの川なら領地分けにはわかりやすいな。
まあ……ちょっと血の匂いが染みついててむせるかもしれんが、俺達も真っ当な教会の巡礼の一団だ。捕まったり追い返されたりするようないわれはないはずだ。
「止まれッ! この道からこちらの伯爵領へ入ることはまかりならん。早々に引き返せ!」
ええ!? えらい剣幕だ。
「レーメンス子爵領、聖女派教会の司祭トラヴィス・フェデリーニと申します」
一団をまとめるイケメン司祭はスッと列の前に歩み出で、「こんな格好ですが」と旅装の胸元からペンダントを出して見せる。
「フェデリーニ司祭? レーメンス領の?」
「フェデリーニってまさか」
「……こ、これはご無礼を。少々お待ちください」
おお? その立場と名は伯爵領の兵士達にも十分な威光を示したようだ。伝令を受けてすぐに駆けつけた隊長らしき男も身分証を確認して畏まった態度を見せる。
緊張はほどけないままだが、トラヴィス司祭が一団の事情を説明し、向こうとの情報交換が行われる。
「なんと! ではあのご高名な聖女ティナ司祭も同行しておられるのか」
おっと。こっちはさらに威力も効果範囲もデカい。周囲の兵士達が一斉に馬車に向かって膝をついた。その統一された所作は美しくカッコいい。
伯爵様のトコの領主兵ともなるとスッゴイちゃんとしてるのな。
「……師匠。ひょっとして、僕らはとんでもない無作法者だったのでは?」
「ハッハッハ! 今さらかよ」
くそぉ。アキュレイさんをお手本にしちゃダメじゃないか。
「聖女様御一行であれば心配は無用にございましょうが……デイモンド領の東部で恐ろしい病が流行っておるという情報が複数筋からありましてな。伯爵領の冒険者や旅人が西へ行かぬよう街道を封鎖しておるのです」
…………へえ。しばらくあちこち泊まり歩いて来たけど初耳だな。
そうか。さっきすれ違った行商人達があれほど慌てていたのは、突然ルート変更を強いられたからか。原因が流行り病ならば、西から来た人にも事細かに説明なぞしないままに追い払うだろうしな。
我ら巡礼の一団はもちろん全員がピンときただろう。この嘘は一連の襲撃に横槍や不確定要素が入らないように敵側が仕掛けた街道封鎖だ。
「その情報は……おそらく我らが聖女暗殺を企てる輩の謀です」
「なッ!? そっ……いや! こ、こちらへかまいませんか?」
トラヴィスさんが隊長さんにもう少し込み入った事情を伝えると、兵士達も膝をついたまま驚きに顔を見合わせた。
事情聴取するために移動する司祭様に修道女マリエルさんがついていく。街道横の陣幕なら護衛もそれほど必要じゃあないか。
雰囲気的に出づらいせいかティナ様は馬車に乗ったままのようだ。少し長くなりそうだから、俺らもここでちょっと休憩してようか。
「とりあえず疫病なんてものは無いってことは理解してもらえたよ。危険でないのなら、上と相談してデイモンド男爵領にも使者を送るそうだ」
うむ。その領内で立て続けに騒ぎを起こされた男爵様は、これまた乾く前にもうひと塗り顔に泥を塗られたわけだ。どんな人かは知らないけど、ケニエ村の村長の仕置きもあるだろうから大忙しだな。
少々時間は取られたがトラブルというほどでもない。有益な情報提供に感謝されながら、無事に橋を渡り対岸にある領主兵の関所を通過する。
「おそらく敵方は、男爵領内でケリを着けるつもりだったんだろう。あんな噂流しちまってバカだねぇ。ここから東の伯爵領内は警戒態勢だろうから、今朝みたいな大部隊はもう動かせないよ」
「それでなくとも、あちらと違って伯爵領の教会勢力は聖女派が優勢のはずです。他所者の主神派などが悪だくみにうろついていては、さぞ目立つでしょうな」
「……それは少々言い過ぎではありませんか? その様な物言いではウィプサニア様も悲しまれます」
鼻息のちょっと荒い修道士トムさんをマリエルさんがたしなめる。
彼女の話では、教会内部でも主神派と聖女派が表立って憎み合うことなどなく、別に抗争しているわけではない。派閥の違いはあっても、ともに同じ神様を信じて信仰の道を歩む同志ということだ。そこは勘違いしてほしくないらしい。
まあこの巡礼団のメンバーに限れば、ここ最近は聖女様の命の危機の連続だっただろうから、トムさんの気持ちもわからないではない。
「む。いや、確かに。深く自省いたします」
「うん。主も聖女様も共に見ておられるだろう。……まあ、橋を過ぎたらもうすぐ次の町フォートだ。これまでよりも安全になるのは間違いない。交易都市トレドももはや目の前だね」
おお。何とか一山越えた感じのようだ。さすがは経済活動の活発な伯爵領。軍備も充実しており、魔物や野盗に対する取り締まりも西隣の領地より厳しいらしい。暗殺など数には恃めず、少数でも凡百の使い手では仕事になるまい。
今朝の鬼強いおっさんが生きてたらヤバかったが、切り札の使いどころを間違えたんじゃねえのかな。




