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第90話 暗殺は別に暗い所で不意打ちするという意味ではないってマジ?

90


 夜空はいまだ色濃いが、東の地平線からわずかに白み始めており、野営地前方の岩場や足元の様子は肉眼でも見えなくはない。

 俺達がすでに目を覚ましていることには向こうも気がついたな。


 敵の集団が頭から全身を包む揃いの装束は真っ黒ではなく、薄明るい周囲の景色に絶妙に馴染む色をしている。さらに羽織っている丈の短いマントは、動きやすさを保ちながら手元の得物をこちらに悟らせないためのものか。


「賊めら! 己が欲望の求めるままに奪うつもりか! 我らには尊き神のご加護が共にある! 汝らの暴力の及ぶところに非ず! 刃を収めて立ち去れ!」


 おいよ、マリエルさんあなた得意なのは武器よりも魔法ですよね? 前衛の俺達冒険者よりもさらに前に出たら危ないですって。

 そんな説得が通じるくらいならあんなに用意周到で夜明け前に来ないでしょ――


「うぐッ!?」


 おわ。足を止めた賊どもの隙、一人の胸にアキュレイさんの投げナイフが飛ぶ。突然の修道女の啖呵に面食らったのだろうか? 

 お返しだと言わんばかりに、即座に敵が撃ち返してきた風の刃はトムさんが放つ岩弾に防がれた。遠慮がちだった足音と魔力の反応がにわかに騒がしくなる。


 くそ。弓の構えがないなとは思ったが、ひょっとしてこいつら全員魔法で遠距離攻撃してくるのか!? むこうからの問答はないようで即戦闘開始となる!


「クロ! ちょっとだけ前で暴れて時間稼いでくれ!」


 返事もなく風のように駆けだし、最前列の一人を蹴り飛ばす獣人。

 身体強化かける暇はなかったからあんまり無理はすんなよ。


『大地の岩よ、我が意に従い壁となれ』


 クロに続いて前方に飛び込んだアキュレイさん。彼女らがトムさんの岩弾によるフォローを受けつつ切り結んでいる間に遮蔽物を作る。


 土属性の魔力伝導(まりょくでんどう)で足元の岩を掘り起こし、手前に積み上げる形で穴の後ろに壁を建てる。イメージは縦横二メートル厚さ一メートルの岩壁だ。無から魔力のみで造るよりはコスパがいいし、敵に対しては空堀(からぼり)的な高低差も生まれる。


「なッ!? バカな!? 水属性のはずじゃ……」


 ん? どこ情報だそれ。カプリ村の火事の時か? 俺に属性魔法の得手不得手はないぞ。……くぉら!


「ぐおっ!」


 俺を狙って間合いを詰めてきた敵はなかなかの速さだったが、人狼ほど手こずる相手ではない。魔法を使った直後は身体強化できないと思ったか?

 これくらいの奴らなら、多勢をいっぺんに相手にしない限りは後れを取ることはないだろう。


 しかし敵の数が多い。悠長に壁を建てるのはトムさんとマリエルさん用に左右の二枚が精一杯か。だがこれだけでも何とかなりそうだ。

 この壁とその間を守る俺を抜かなければ、岩山の窪みに隠れているターゲットを飛び道具で狙うのは難しいはずだ。その点、俺のほうは(マト)には困らない。


『両手の魔力よ、盾となって熱を防ぎ、炎の大槍となって飛べッ』


「うわあぁッ!!」


「く、なんて火力だ。散れ、固まるな! 焼き払われるぞ!」


「くそ、まだそれほどの魔力が……ぐあっ!?」


 ばらけてくれたら前衛の格好の獲物だ。クロのやつアキュレイさんに合わせるのも上手いなあ。

 あそこらへんの賊どもはけっこうな実力者ぞろいに見えるが、体調万全の二人には敵わない。


「うぎゃあッ!?」


 アキュレイさんの扱う魔力は身体だけではなく、斬りつける際のロングソードの刀身にも強い反応が見られる。


 そういや昔の隻眼熊(せきがんぐま)の時もあんな戦い方してたな。あの時もスゴかったが、剣術も魔力の業も今はさらにキレを増している。十字に受けた二本のナイフも何ら意味をなさないようだ。

 あれはたぶん鎧を着ててもバターのように斬られるな。毛皮のクソ硬い魔物の熊にも今なら単騎で勝てるかもしれない。


『――ッ!』


 おっと! 中衛の俺を狙っても無駄だ。守りに集中していれば遠距離攻撃は俺の魔力智覚(まりょくちかく)が見逃さない。同程度に魔力量を揃えて魔法を相殺するのは果樹園で練習済みだ。

 しかし最初から魔法や弓を大量に撃ち込んでいれば被害は少ないだろうに、その手は使わないのか。内通者に当たったらマズいとかかな。


 などと考えていると、数を減らした賊の集団に一際大きい魔力反応が現れる。

 あれがリーダーか? 周りの奴らも合わせるように下がって態勢を整える。


 クロとアキュレイさんも相手の動きを見て呼吸を合わせる。

 何か大技を仕掛けてくるなら俺もフォローに距離を詰めるか――


 ……ん。……あッ! 何て真似をッ!!


 ほんの(かす)かな魔力反応に後ろを振り向くと、野営地の岩山の上から今まさに飛び降りる二つの人影!

 とっさに風魔法を食らわせると一人は空中で態勢を崩し着地に失敗して動かなくなった!


「トムさん、マリエルさん後ろです!! 司祭様をッ!」


 魔力を感じさせずにあの十メートルを超える高さの岩山から、音もなく着地した背の高い男は明らかに只者ではない。俺の風魔法も直撃したはずなのに無傷だし、前方の派手なのは囮でこいつが本命だ。

 俺が撃墜したほうは力んだのか、ごくわずかに魔力のゆらぎを感知できた。が、もしも周囲に気を配る余裕がなければわからなかっただろう。


「ティ、ティナに手出しはさせないッ!」


 岩山の窪みに身を潜める四人の女性陣に迫る敵。その前にショートソードを抜き放って立ちふさがるトラヴィス司祭。


 ダメだ! 俺でもその構えを比べれば実力差が見える! 間に合うか?


『神の与えし奇跡の力よ、風の矢となって貫け!』


 マリエルさんの撃った風魔法を男は振り向きざまに素手で打ち払う。

 当たらなかったけどナイス牽制だ。俺はあの位置関係で魔法を撃ち込む彼女ほどの自信はまだない。


 暗殺者らしい装束で顔は見えない。が、マリエルさんを警戒してか睨みつける男の背後を狙って斬りかかる!


「……ッ」


 しかし武器を持たない男は俺の身体強化による剣の打ち込みを前腕で防ぐ。

 この距離まで近づけば両腕に魔力が流れているのが辛うじてわかるな。こいつは体術に魔力を乗せるスタイルか。


 ……ならばこっちも師匠の業を見様見真似で!


 俺の手製とも言える肉厚幅広で()の長い不格好なショートソード。重さは見た目よりあるから(ナタ)のように切れ味を増すイメージで魔力を流す。


「!」


 ちっ。今度は受けないか。


 しかしそんなこんなしている間にトラヴィス司祭とトムさん、マリエルさんとで完全包囲の四対一だ。仕事ができると思うなよ。



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