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第09話 後始末

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 木漏れ日の降り注ぐ静かな森の中で、老若男女が談笑しているように見えるがピクニックではない。

 女子供は傷だらけで手当てを受けているし、あたりにはなぎ倒された木、折れた枝、地面の(えぐ)られた跡が無数に広がり、まだ乾いていない血溜まりは異臭を放っている。


 すぐそばにはこれまた異様に大きな黒い塊が四肢を放り出して息絶えている。今、女冒険者の口から改めて語られているこれまでの経過は、聞いている男三人にどのように受け止められているだろうか。


 ……あんまり表情が変わらないな。




「……というわけだ。お前ら来るのが遅いんだよ。今度ばかりは死んだと思ったぜ」


 説明していた女冒険者ことアキュレイさんは飲み干した革の水袋を男の冒険者に投げ返す。彼女はそもそも熊の魔物の噂を聞き、ギルドへ情報を売ろうと調査に来たらしい。

 森沿いの草原を探索中に熊の吠え声と異常を察知して森へ入り、転げ落ちてくる俺達を見つけたとのことだ。


「いやいやいやいや、俺らは調査依頼を受けただけの(チーム)ですから! 間に合ってたって助けには入れませんよ、こんなの!」


「……しかし、アキュレイさんが言うなら嘘ではないでしょうが、……こんな子供が……。俺らが今の(はなし)したって誰にも信じてもらえんですわ、こんなの」


 冒険者の男達が巨大な隻眼熊(せきがんぐま)の死体を前に青い顔でこちらを見てくる。彼らの接し方からすると、二人にとってアキュレイさんは有名人だが彼女は二人の名前までは覚えてない、といった様子だ。


 テオドル様の話によると、シスターのテリザさんから話を聞いて村に戻ったところ、ちょうど北の町から派遣されてきた冒険者チーム三人が村を訪れた。

 俺達を助けたいが危険な森に入れるほどの戦力が無かった先生は彼らを頼った。猟師のエドさんとサボってた柵の見張り二人を加えて二手に別れ、俺たちの捜索に登ってきたという。


「……全く、なんて無茶な事を。しかし本当に、本当に二人とも生きてて良かった。おっと、痛みますか? ここも折れてはいませんがかなりの大ケガですよ」


「レノ……ごめんね、痛い?」


 話を聞きながら先生には通常の傷の手当と合わせて、魔力による手当ても施してもらった。

 まずパンツ一枚に()かれた俺は先生が取り出した手拭(てぬぐ)いで体中を()かれた。手拭いはしっとりと冷たい水に濡れていて、とても気持ちがいい。気になっていた汚れと獣臭さは随分マシになった。


 傷は血止めがなされ、打撲は薬草を潰した塗り薬をつけて、包帯を巻く。さらに魔力で冷却(アイシング)と鎮痛がかけられたようで、さっきよりは動けるようになった。


 ……手当ての間は先生の魔力の使い方をしっかりと観察することもできた。


「すみません。ありがとうございます先生。結果的にミリルも、アキュレイさんも、みんな何とか無事でよかったです。すぐに村へ戻りましょう。モリスさん達にも無事を知らせて、皆さんにお礼をしないと」


「あー、……悪いがあたしは小僧の村へは寄らないよ。このまま南へすぐに()つ。熊を仕留めたのは小僧だ。コイツは村で好きにしな」


「ええっ!? 僕一人でな訳ないじゃないですか! というか助けていただいて何のお礼もせずに帰すわけには! 僕はこれでも村長の息子です。村で休んで行ってください!」


「…………村には、行かない。詮索はすんな。急ぎの用事ができた」


 (かたく)なだな。これ以上は頼んでも無理か。そして俺の素性を聞いてか、不思議な視線を見せている。俺のこと知ってるのか?


「……しかたがありません。この場では私、ラタ村の神官テオドルが村を代表してお礼を言わせていただきます。ミリルとレイノルドを助けていただいて、村の脅威を討伐していただいて誠にありがとうございました」


 先生が丁寧に謝辞を述べる。言葉なんかでは到底足りないが、今他に報いる術はない。


「今回の一連の報酬は熊の素材利益の取り分も含めて、北の町の組合(ギルド)にお預けしておきます。いずれ機会がありましたら村にも寄ってくだされば。次にお会いできた時には、村を挙げてお礼をさせていただきたい」


 彼女はその言葉に満足そうに手を振って山道を登っていった。先生もアキュレイさんについては冒険者としての評判以上のことは知らないようだ。


 よほどの事情があるようなので、せめてものお礼に村ではアキュレイさんの素性についてはおおっぴらにしないことになった。


「……僕のことも内緒にしてもらうわけにはいきませんか? 逃げているところを旅の冒険者が魔物を退治して助けてもらったと。一緒に戦ってケガをしたなんて、母さんに知られたら……」


組合(ギルド)への調査依頼は領主様からのものだったからなぁ。悪いが俺らの報告はそういうわけにはいかんぜ?」


「はい。村のみんなにだけでかまいません。先生、ミリル、お願いします」


「えー、あんなにカッコ良かったのに? 話しちゃダメなの?」


「村だけでは隠していても、いずれわかることではありますが……」


 村長への報告もしないわけにはいかないと言う先生に理由を説明する。

 魔物の脅威が去ったとしても、今は麦の収穫の真っ最中だ。この熊の素材だってきちんと換金して、彼女へ支払わなければならない。ミリルの婆ちゃんの葬儀も村の一仕事だ。

 少なくとも今は村長である両親の面倒を増やしたくない。余計な騒ぎを起こさずに村の中だけでも、できるだけ速やかに日常へ帰らなければならない。


「……わかりました。レノ君の言うことも(もっと)もです。村長にお伝えしないのは気が引けますが、しばらくのことですから伏せておきましょう。お二人も村から去るまではご協力いただけませんか? この件は私からの依頼ということで、少しですが村長とは別にお礼をさせていただきます」


「おっとぉ、神官様のご依頼とあっちゃ断れねえなぁ」


「全くだ! これもウィプサニア様のお導きってやつだ」


「……先生!」


 しまった。子供の約束じゃないんだ、黙ってて? いいよ! ってわけにはいかんよな。助けられた俺が熊の取り分を主張することもできない。

 すみません先生、大人になったら必ず返します。返さなければならない恩はこんなものではないが、まずお金の話は親しくてもなあなあでは済まされない。


 そんな話をしていると、狼煙の合図を受けていた別の捜索隊が合流した。猟師のエドさん、見張りの村人二人と冒険者一人だ。

 彼らは傷だらけの俺達を見て驚き、熊の死体を見て驚き、アキュレイさんの話を聞いて驚いていた。ここで既に俺の話は伏せられている。

 ……後でこのチーム仲間割れしたりしないといいけど。


 ひととおり無事を喜んだ後、せっかく人手があるので魔物を解体して村へ持って帰ることになった。エドさんの指示で大人達が作業に取り掛かり、冒険者の三人も快く手伝ってくれた。

 ……おお、見張りの村人二人の動きがいい。俺とミリルを見る時の表情といい、だいぶエドさんに(しぼ)られたようだ。


 熟練の猟師が構えたのはナイフというよりはショートソードに近いような長さの刃物だ。あまり時間はかけられないと手早く熊の腹を割ろうとするが、肉に手を当てて驚く。

 それを見た冒険者の男が横から得意げに説明する。……この人アキュレイさんのこと饒舌(じょうぜつ)に語るなあ。


 そう、この熊肉は魔力で施された下処理で文字通り、骨の(ずい)まで程よい低温になっている。さらにエドさんは血抜きの状態にも興奮気味だ。あれグロいけど凄いんだな。

 そこまでの仕事をこなした彼女は赤ポーションを飲んでたからかなり魔力を失っていたはずだ。どうせ最初から持って帰るつもりなんかなかっただろうに、どんだけお人好しなんだ。


 ケガをしている俺達子供二人は手伝うこともできず手持ち無沙汰な状態で倒木に腰をかけていた。解体の様子をじっくり見学したいところだが、このタイミングで俺にはもっと別にやりたいことがあった。


「ミリル、俺ちょっとションベン。先生達から離れちゃダメだぞ」


 彼女から笑顔で返事をもらえたので、俺は大人には声をかけずにその場を離れる。ミリルも疲れてるだろうからもう勝手な真似はしないだろう。

 夏が近いのでかなり明るいが、時間的にはもうすぐ夕方だ。……この道を南に向かったのなら十中八九、あそこにいるはずだ。



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