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第89話 夜九時就寝、朝五時起床

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「レノ。起きて。代わる時間」


 ……ん。もうか。


 ……やっぱり短時間の睡眠で起こされるのはツラいな。

 すっきり目覚めるなら、眠りの周期は三時間くらいがちょうどいいってのは本当なのか?


「おう」


「大丈夫?」


「問題ない。お前はもうこっからみんなが起きる朝まで寝てていいから、しっかり身体を休めとけよ?」


「ふふふ。ありがと。ティナ司祭のおかげで元気だし、お風呂も入ったから平気」


 寝床を出て焚き火の前に移動する。教会が用意してくれたであろうこの毛布と獣の皮は野営用にはもったいない品質だ。

 そのせいもあってここの岩山の下は少し肌寒く感じるな。根元部分を削り取ったような広い空間なので屋根もあり、風はそれほどでもないのに。

 

 東の交易都市トレドを目指す巡礼の一団。その旅は安全を優先し、宿泊は町や村などの人里を利用する旅程を組んでいた。しかし連日の襲撃によって予定を大きく狂わされたため、今夜は止む無く道中での野営となってしまった。


 まあ、街道を外れて人目につきにくい場所での野営は、俺にとってはメリットもないわけではない。


 ここまでの怪我や疲労、体力の消耗は、聖女の生まれ変わりとされるティナ様の使う初級治癒魔法に、俺の魔力治癒(まりょくちゆ)の技術を組み合わせることでほぼ取り除くことができた。

 身の危険に晒される心労なども、風呂で身体を清めてストレス解消し、たっぷり眠ることができれば魔力も気力も回復するだろう。


「飯も美味かったしな」


「ねー!」


 夕食はとても美味しかった。その腕前は彼女達の中でも、修道女マリエルさんが一番らしい。彼女の指揮のもとみんなで用意してくれた料理は、それほど珍しくはない()かしたイモと、野菜メインのスープだった。しかし丁寧に下処理された肉にしっかり効かせた香辛料が、野菜の旨味を引き出す絶品に仕上がっていた。


 最初はでかい鍋に作り過ぎじゃないかとも思ったが、全員が食べ終わったと見たクロが残りをきれいに平らげた。味にも量にも満足したようだ。野菜を美味そうに食うこいつはけっこう珍しい。


「……今考えたらあれ、朝飯分も一緒のつもりだったのかもしれんな」


「あ……。でも、誰も止めなかったし」


 吹く風も弱く、近くには緑も少ない丘陵地の岩山は静かだ。今の時期森の中ならやかましい虫や鳥の声も、ずいぶん遠くに微かなものである。

 あんまりわいわい喋ってると他の人も起こしてしまうな。


「よし、もう寝ろ」


「……ん。もうちょっと」


 はあ? 何のための見張りの交代だよ。魔力のないお前はしんどいだろうから、楽な一番にしてやったんだぞ。


 ちなみに昼に魔力を消耗した上にだいぶ酒を喰らってるアキュレイさんは、その次に睡眠時間を確保できる三番手だ。

 この後夜中の二時だか三時くらいに起こして三時間見張りしたら、そのまま出発になってしまうから昼はちょっと眠いかもしれん。しかし本来なら今日の夕方には入るはずだった町なので遠くはない。昼過ぎには着く予定らしい。


 寝て起きて寝るという最も休めない二番目が俺だが……まあこれ以外に選択肢がない。師匠の弟子であり、部下の上司なんだからな。


「大丈夫だって。静かにもするから」


 俺にくっついて焚き火にあたるくらい寒いなら寝床へ行けよ。あの毛布のほうがあったかいぞ。


 ……まあ、昼間はずっと大勢に囲まれているから、外面(そとづら)をつくろうのに気疲れもするわな。少しの間くらいなら愚痴でも聞いてやるか。






「師匠、師匠」


 …………グッスリだな。


 ベテランなんだから、夜の見張りの交代くらいちょい早めに起きてきてくれると思ってたのに。この人ちょっと俺のことアテにし過ぎじゃないかな? もしも俺が何かしくじったらフォローしないと、とか考えないのかな。


 ガチ寝で起きる気配がないので毛布の上から強めに肩を揺する。うるさくして他の人まで起こしてしまっては申し訳ない。


「…………あ? 何だァ? ……十年早えぞ」


 ……ナニがですか?

 寝ぼけてんのか、まだ酒残ってんのか。


「えー。十年たったら、おばあ……(いった)ぁ」


 冗談に冗談で返したのに暴力とは酷いっす。


「そこまでじゃねえ」


「……交代です。あと一つ半くらいで夜が明けます」


「もうそんなか。何事もなさそうだな」


 いやいや一番眠りの深い夜明け前もあり得ますよ。夜中ほど真っ暗でもなくなりますし。


 注意を促して寝床に帰ろうとしたところで、不意に肩を抱き寄せられる。


「……あたしが寝てる間に妙な行動を取るヤツはいなかったか?」


「……はい。クロにも確認しましたが、一人で僕らの目を盗んで抜け出すような人はいませんでした。周囲に近づく者もなく、特に不審な魔力の反応もありません」


「うーん。隙を見せりゃ動くかと思ったが」


 こんなに顔を近づけて小声で囁かれると、今さっきの冗談をちょっと思い出してしまう。風呂入って着替えてるからいい匂いするし。


「…………お顔の傷は、本当に消さなくて良かったんですか?」


「あ? ……いいんだよ。化粧するような商売じゃねえし、面倒ゴトが増えなくて楽だ。舐められずにも済む。それに……、まあいいのさ。コレも全部ひっくるめてあたしの人生だ」


 ふうん。……傷を負った時の、思い出もあるんだよ。ってな感じだな。


 ティナさんの治癒の魔力を俺が制御して全員の体力を回復させた時、虫歯や腰痛などの慢性的な病も、古傷なども完治させることができた。そばかすがなくなった修道女チェルシーさんには泣いて喜ばれた。


 他の人もみんな割と細々とした注文があり、できる限りの要望にはお応えさせていただいた。しかしアキュレイさんは、顔に残っていたいくつかの傷を治癒させることを拒んだのだ。


 ……ということは、好きな人とか恋人は今いない……などと推理するのは浅はかだろうか?


「ま、この先、治したくなることもあるでしょう。そうなったら言ってください。安くしときますよ」


「クソガキ、何だその(ツラ)は? 知った風な口を利くな。それにお前一人の魔法じゃねーだろーがっ」


「ちょ、首、痛いっす、()まってますって」


 声を殺して笑うアキュレイさんに焚き火を任せ、休む前に死角になっている岩山の反対側を軽く確認する。見下ろせる周囲は緑の少ない荒野だが、ごつごつとした地形には身を隠す場所がないわけではない。


 ここで魔力は感じないが、昨日の冒険者達もアキュレイさん相手には色々と策を巡らせていた。もしも本職の暗殺者などが雇われていれば、そんなのはいくらでも誤魔化す手段を持ってそうだ。

 どこかに一人くらい隠れててこちらの動向を窺ってたりするのかもしれないな。






「起きろ!」


「レノ!」


 緊張を含んだ二人の声に目を覚ますと、周囲は暗視強化を使わずともぼんやりと薄明るい。陽が昇る前だ。眠れたのは一時間? 二時間?


 ……昨夜よりは眠りの深い所で起こされたようでさらにツラい。


「おそらく囲まれています」


 カップ一杯の水をくれたのはマリエルさんだ。俺以外みんな起きてるんだな。

 飲んだ水の冷たさで身体を起こし、魔力を集中させて眠気を飛ばす。


「数も多い。本気だな。今度は雑魚の冒険者じゃあねえぞ。レノの言ってた通りの朝駆けだ」


 うん。出発してからここまでの襲撃状況を相手が知っていれば、初歩の治癒魔法があったところでこの明け方の俺達は心身ともにボロボロのはずだ。見張りもロクに仕事にならず眠りこけていると考えてもおかしくはないだろう。


 しかし野営の陣地は十分だし、素早く目覚めて対応してる修道士さん達も休息はバッチリだ。


 暗殺者どもがついに勝負を決めに来たのなら、ここで全てを終わらせてやろう。



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