第87話 癒しの力
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三日目の朝、カプリ村を出たのは少し陽が高くなってからのことだった。
緑鮮やかな周囲の麦畑とは対照的に、一行には疲労の色が見て取れる。ある程度覚悟はしていたようだが、その予想を上回る昼夜連日の襲撃だ。
「もう一日くらい滞在して休んだほうが良かったんじゃないすか?」
「それができりゃあそうしてるさ。いくら村長に口止めしたところで、あの死体はどう見ても普通の……いや、それなりに腕立ちの冒険者だ。村の被害状況からしても、あいつらが金や女目当ての強盗なんかじゃねえことは村中に知れ渡ってる」
「村を離れる際には、建物を焼かれた方々にも心ばかりのお詫びをしましたが……昨日の夕食の時とまるで様子が違いました……」
あー。そういう仕事は雰囲気的にも修道士トムさんが適任だな。
やっぱり狙いは完全に俺達だってわかるよな。連泊を頼んでも断られるか。
トラヴィス司祭は昨夜からこの状況を見越していたようだし、むしろ農具を手に叩き出されるような騒ぎにもならず、平和的に出発できたのは幸運かもしれない。
あの気弱な村長セドルさんも、捕らえた二人の言い分は食い違うし、他所の教会のお偉いさんも怖いしで、すぐに責任を領主に投げたからな。昨日の昼間の村人の野盗団の件もあるので、やはり司法官とかいう役人を呼ぶらしい。
悪いのは暗殺を企てる奴と実働部隊とはいえ、こっちも民衆の痛みには寄り添う聖職者だ。言える範囲の事情は説明し、迷惑をかけたことに謝意を伝えた。
「ま、ちゃんとした埋め合わせはアイツらの役目さ」
うん。生きて捕まった二人の魔力持ちはまあまあの戦闘力だったな。
何軒か燃やされたカプリ村とそこを治めるデイモンド男爵、さらにティナ司祭達のレーメンス子爵領教会も加わり損害賠償はえらいことになるに違いない。
ふおぉ。いったい何年奴隷としてコキ使われるんだろうか。絶対ブラックだな。
いつもは歩きの修道女さん達もトムさんも、今日は頻繁に馬車に乗る。必然と馬の歩みも遅くなり、休憩の時間も増える。
あまり危険なことには立ち会わなかった三人の修道女さんは、魔力は持っているもののおそらく司祭様のお世話係だったり、出先での交渉を担うような文官的立場なのだろう。タフさでは他の人に劣るようだ。
「アキュレイ様もお強いけど、あなた達も慣れたものねぇ。護衛のお三方がこんなにも頼もしいのはありがたいわ」
「これ……今日の日暮れまでに次の町、着ける?」
御者台に並んで座っているターナさんとチェルシーさんが、脇をついて歩く俺達に話しかけてくる。
声にも滲み出る疲労はけっこうキツそうだ。中世の馬車は快適とは言えない。
「マズいな……。レノには言ってなかったが、実は昨夜の集会所じゃあ何人か怪我を負ったんだ。治癒は受けたが……騒ぎで寝不足なのもあって調子を落としてる。こりゃ今夜は早めに野営の場所を探したほうがいいな」
なんですって。アキュレイさんそんな大事なこと黙ってちゃダメですよ。
いけるかと思った、じゃないすよ。もしかして護衛でヘタ打ったことは言いたくなかったのか。思ってたよりプライド高いなこの人。
移動しながら足を速めたアキュレイさんは前を行く大きな馬車に飛び乗って声を掛け、中へと入った。程なく御者の人達にも指示が飛び、俺とクロが前方に斥候に走ることになった。
今の街道周辺は左右になだらかな丘陵地が広がっている。近くに川がないためか緑も少なく、ゴツゴツとした灰色の岩肌にまだらに草が生えている。見通しのいい丘の上に登れれば、見張りは楽だが俺達には馬車がある。
しばらく探して見つかったのは、道から少し離れた大きな岩山の窪みだ。頭上に高くせり出した岩が庇や軒の形になっており、十人が潜り込めば広くはないが雨もしのげる。
ここなら後方頭上の不安はない。左右に馬車を置けば襲撃を受けたとしても守るにはベターな場所と言える。見れば足元には炭クズや竈の跡もいくつかある。
まだ夕方にもならない頃合いだが、今夜の宿を定めた一行は野営の準備に入る。村長に分けてもらった食料があるから狩りの必要もない。
「しかしお前、獣人に負けないくらい動けるな。火事も何とかしたらしいし、魔力量どうなってんだ」
そう言うアキュレイさんも周囲の地形確認には涼しい顔でついてきたくせに。
そこは俺も魔力の量だけなら師匠にも負けない自信がある。向き不向きもあるが、だいたい運動能力も体力も回復力までもが身体強化で補えるので、この世界で戦うことが生業の人間は魔力が生命線だ。
役割を分担して食事や寝床の準備をする教会の皆さんにも動きの良さが魔力量に比例して見える。
…………おや? 彼女も怪我が原因か? 特に調子が悪そうに見える。
「テリィさん大丈夫ですか? やっぱり僕らも手伝いますよ」
「……! いっ、いえ。護衛の皆様には夜通しの見張りをお願いするのです。今は座ってお待ちになってください」
「どうしました? ……え。……まぁ! すぐに見せてください。そんなに痛むのなら早く言ってくださいな!」
俺達のやり取りに気づいたティナ司祭がテリィさんの不調の原因を問いただす。
「す、すみません。このようなことで聖女様のお手を……」
そういえばテリィさんは、昨夜怪我をしたらしい他の二人を気遣って馬の世話を率先してやっていたし、長く歩いてもいた。どこかで足を痛めたか。
『主の授け---、奇跡の力よ。---、---、--子の--、癒しを---』
詠唱が長い。半分以上わからん。しかしこの魔力は何だ? 不思議な質の違いを感じる。
「……こんなになるまで黙っていてはいけません。あなたがたはいつもそうです」
「申し訳、ありません。ありがとうございます」
おお。凄い。きちんと診てないからわからんが、あの腫れ具合は捻挫だろうか。あっという間にキレイに元通りだ。
本当なら歩くのも辛そうな怪我だったが、痛みや機能不全も身体強化で無理矢理抑え込んでたんだろうな。
しかしティナさんの治癒魔法は、完全回復ではない。患部は治っても今日の疲労は取れないし、体力も魔力も食事をして休まなければ元には戻らない。
…………ん? んん?
……これは。……何とか使えないかな?
「テリィさん。自分も未熟ながら、医術の道を求めております。このような機会は滅多にあるものではありません。後学のために今の状態を診察させていただきたいです」
「ええっ? ティ、ティナ様……」
「……テリィが嫌でなければかまいません。レノ様も私どもと同じく人々を救う道を志すとおっしゃるのであれば」
「はい。聖女様がお許しならば」
やった。許可が出た。
ティナさんが練り上げて送り込んだ治癒の高貴な魔力は傷を癒した。
しかし怪我に対しての魔力量が多過ぎたのか、術者の意図した効果を十全に発揮できなかったためなのか、テリィさんの身体にはまだその魔力が残っている。
「失礼をいたします」
ちょっと迷ったが、患部であるブーツを脱いだ右足首を選んで触れる。
彼女の身体を巡っているティナさんの魔力はテリィさんにとっては他者の魔力にもかかわらず、法則にある抵抗や拒絶といった反応がない。これをうまく操作して俺の持つ魔力治癒の業を使えば、テリィさんの回復が促進できるのではないか。
「……あっ。何ですかこれ……。身体が……温かい」
「これは聖女様の魔力です。癒しの力を信じてください」
おおっ、いける。ティナさんの魔力は、まるでその人柄が滲み出ているかの如く御しやすい。またテリィさんが司祭様を心の底から慕っている影響なのかその身体にもよく馴染む。
なるほど、このへんは俺がクロにかける魔力付与の仕組みも応用が利くか。
「……、……はっ? ……ああ! そんな! これは……聖女様の……!?」
「テリィ? 大丈夫ですか?」
「…………ティナ様! 大変です!! わたし身体が軽いです! 頭痛も耳鳴りもないわ! 歯も痛くない!」
「ええっ!!?」
おお。成功だ。ティナさんも魔力の見積もりちょっと甘いな。完全回復させても余ってる。これは吸収はできそうにないから、もったいないけど時間が経てば身体から抜けるかな。




