第86話 そら波動拳と昇龍拳やないかい!
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「ほら、さっさと歩きなさいよ」
「……チッ。俺の魔力を込めた最強の矢がこんなガキに……!」
「お、おい、やめとけって」
「それの千倍スゴいの知ってるから。舐めんな」
縄で上半身をぐるぐる巻きに拘束された狩人と魔法使いが、クロに引っ張られてよたよたと歩く。
ちょっと前に会ったことがある奴らしいが……俺は顔を覚えていない。殴られたいくつものアザが変色してて元の人相がわからないし。
護衛の旅二日目の深夜……夜明けにはまだ少しありそうだが、夜というよりは朝か。小さなカプリ村は火事と盗賊の襲撃によって大騒ぎだ。
早々に口を割った魔法使いによれば正確には盗賊ではなく二チーム六人の冒険者とのことだが、やり口と目的は完全に賊のそれだ。
村の人達は完全に眠りから叩き起こされたようで、いくつもの松明の灯りが村中の夜の闇で揺らめいている。
火事の消火状況と盗賊の被害確認に警戒。もしかしたらまだ闇に隠れ潜むような者がいるかもしれない、と考えればおちおち眠ることもできないよな。
帰り着いた集会所の横には俺達の馬車が二台停められている。修道士のトムさんマリエルさんも無事に合流できたようだ。
ざわざわと村人の声がする建物の裏手に回れば、灯りの下にムシロを被せられた死体らしきものが三つ。一瞬ビビったが、見える靴と武器は全て知らない他人の物だ。
「お前ら無事だったか! てことは、さっきのやたらデカい魔力はレノの仕業か。脅かしやがって」
俺達に気づいたアキュレイさんの後ろには護衛対象のティナさん達が……七人。
よかった全員大丈夫そうだな。ならこのムシロは刺客Bチーム三人か。
アキュレイさんを驚かせた魔力というのはクロを強化して付与したものだろう。
護衛対象の巡礼団にいる内通者を警戒しているので、お互いできることに関する共有はしてないからな。
「師匠、容赦ないですね。一人くらい生かして情報を吐かせようとか思わなかったんですか?」
「魔力量から見てもこいつらは下っ端だろ。そのへんは予想通りお前がうまいことやってる」
俺達とやった三人の刺客のうち、剣士は死んだがこの二人は降伏の意を示した。武器と上着は全て取り上げて後ろ手に縛ってある。
魔力持ちに対して普通のロープ程度では拘束にならないかもしれないが、俺に魔力智覚があることは言い含めてあり、余計なことをすれば命の保証はない。
「村長、悪いが集会所とは別に部屋をお借りしたい。ティナ、今日の出発の予定に変更はないよ。私がレノ君達と対応するから皆を連れて休んでいなさい」
トラヴィス司祭が修道女達に指示を出し、捕えた刺客の尋問に場所を変える。
俺はクロに集会所に残って護衛にあたるように命令し、敵二人をアキュレイさんと引っ張って移動する。
村長の館の離れに移動し、埃を被った古い農具を動かしてスペースを空ける。
床に転がされた二人の態度は対照的だ。
「す、すまねえ……いや、すみませんでした! ぉ俺はあんたらが司祭様だなんて聞いてなかったんだ! 教会に盾を突こうなんざ、これっっぽっちも考えたことはねえ! 全部そのミゲルが仕組んだことだ!」
魔法使いの男はリーダーである狩人から、商家の馬車隊を襲って娘を殺す依頼を受けたと聞いていたらしい。
……殺しの依頼は普通に受けるんだな。
「クッソヤバい仕事持ってきやがって。何がアキュレイなら簡単に殺れるだ。お前の策は全部スカったじゃねえか! 昼の時点でやめときゃあよかった! モニカが死んだのはお前のせいだからな!」
そういや一人履いている靴が少し小さかったな。男女平等スラッシュか。集会所のほうも手加減できるような状況ではなかったということだな。
「テメエらの反省会は後でやれや。時間はたっぷりあるからよ。こっちの話が先だ」
うおう。アキュレイさんの本気でイラついた怒声に後ろにいる俺までビビる。
取り上げた鉄札冒険者証によると、この魔法使いの名はメルク。それなりに信心深いところもあるらしく、聖典の一節を諳んじてみせた。
領地どころか国を越えて大きな勢力を持つ教会の力を恐れているようで完全に尾を丸めて腹を見せている。俺達の問いかけにも仕事の話を聞いた時からのやり取りを全て喋る勢いだったが、依頼主との交渉は全てミゲルだけがやったと言い、神に誓って何も知らないとのことだ。
当の狩人ミゲルはメルクが何を喋ろうともその間一言も言葉を発さなかった。
「コイツの言う通りならお前は会ってんだな? どんな奴に頼まれた? 報酬の額からしても立場や身分もそれなりのモノを名乗ったはずだ。たとえ偽名だろうとも手掛かりにはなる。言え」
うわあ。アキュレイさんいいナイフ持ってますね。今出して何に使うんです?
「……こいつの言ってることは出まかせだ。依頼なんか知らねえよ。俺はこないだそこのガキに舐められたのが我慢ならなかっただけッ!? ……ッ!」
ひゃあ。って柄のほうか。でも痛そう。
「……ぉい。村長さんよ。村を焼いて盗みを働こうとした罪は認めるぜ。大人しく裁きを受ける。領主の司法官を呼べ。そいつが来るまでは何も喋らねえ」
「……し、司祭様」
部屋の隅で震えていた村長がトラヴィス司祭に声をかける。
「……二人の装備と冒険者証は厳重に保管しておいてください。後はセドル村長にお任せします」
「ちっ。悪知恵の働く野郎だ。殺しちまうか」
「アキュレイ様。……仮にも罪を認めた者に対して、私の前でその言動はいただけません。あきらめましょう」
お? 何だ何だ? 弁護士を呼ぶ権利があんのか!? この中世文明に!?
村長の館の倉庫は外から厳重に戸締りがなされ、村の男が二名見張りについた。消火作業の時にも魔力を使っていた者達で、冒険者上がりの農民らしい。領主兵が駐在していないような小さな村では貴重な武力だ。
「この冒険者証の持ち主が、村の北西の墓地にもう一人の仲間が死んでます。……あいつら師匠を誘き出すつもりで準備万端でしたよ」
「みたいだな。それをキレイに返り討ちにしちまうたあヤルじゃねえか。トレドに着いたら、ちょっと本気でやってみないか?」
おおう。……そういやこの人も見かけによらず強さを追い求めて冒険者やってるんだっけか。僕ら本気でやり合ったら怪我人が出ますよ。
「あの二人は目ン玉でもエグる勢いでしたが、何でやめたんです?」
「ああ。お前知らねえのか。親が村長なのに」
アキュレイさんは警察権を持っている領主の衛兵などがいない村での、犯罪者の取り扱いについて教えてくれた。
罪を犯した者を裁き罰を与える権利は、当然その領地の最高権力者である領主が持っている。
封建制に近い形を取っているこの王国では、それぞれの領地の決まり事は各地の領主が定めている。が、民の一応の平和な暮らしを保つため、盗んだり騙したり、不当に他人に危害を加えることは、どこの領地であっても一般的に罪に問われる。もちろんそれらから自衛のために行う反撃や逮捕などは当然認められている。
悪いことを考える奴はその時に実力が足りなければ殺されても仕方ない。加害者の人権とか過剰防衛とかそこまでの考え方はまだないようだ。
しかしこの国には領主によって奴隷を取り扱う権限と、強制できる魔道具があるのだ。
生きて捕らえられた犯罪者というのは、大金になる美味しい資源だ。もしそいつが魔力持ちだったり高位の魔法使いだったりしたら、そらもうウハウハだ。
人口割合的にも希少なそれらの魔力持ちは、犯罪者であってもできれば殺さずに金にしたい。人権的な思想が未発達のこの世界の領主は、ほぼ全員がその価値観を持っているらしい。
なので村長や領主兵、代官などの公権力は、抵抗をやめてお縄を頂戴し、裁きを受けることを認めた犯罪者はある程度保護することがルールとなっている。
まあ善良な一般市民やまっとうな兵士に損害が出てはマズいので「抵抗したから殺っちゃいました」と報告しても「もったいねえな、次は気をつけてね」ぐらいで済む領地が多いらしいが。
「冒険者証を持って逃げられたら証拠がなくなるけどな」
冤罪を防ぐためにそれなりの人間からの告訴状も必要だ。村長や教会の司祭なら問題ない。
「村長の前でああなってしまったら、拷問であまり傷をつけるのも良くないです。私達は他領の教会で、あなた方はその護衛ですからね」
……ティナ司祭の治癒魔法があれば揉み消せるかとも思ったけど、あの人はまず反対するだろうな。




