第85話 夜襲
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「……、……!!」
「……!」
近くはない。
誰もが静かに眠りにつく深夜。村のどこかで騒ぐ声がかすかに耳に届く。
柱に背を預けて休んでいただけなので、すぐに立ち上がるとアキュレイさんと目があう。
「起きたか」
「……火のニオイがするわ」
マジかクロ。奴らついにそこまでやるのか。
三人で手分けして、集会所の土間に寝ている全員を起こす。
直後、駆けてきた何者かが入り口の戸を叩く。
「村長のセドルです。夜中に申し訳ない」
気配は一人、声も夕食の時に会って話をした村長のものだ。
戸を開けると、本当に申し訳なさそうに弱り切った様子で言う。
「む、村の南のほうで火事がありましてな。近所の者で消火に当たっておるんですが、ちと馬小屋に近いもので……念のため皆さんの馬と馬車を動かしてはいただけないかと」
……村ごと火の海、ではないか。
やはり不幸な事故的な体裁は必要ということだろうか。
「わかりました。二人行かせましょう。マリエルとトムさん、お願いできますか?」
「僕ら護衛はどうしますか?」
守る人間が分断されたら、ここへ直接斬り込んで来ないとも限らない。防ぐにはこの集会所のほうがやり易いかな。
俺達全員を皆殺しにしてしまえば、犯人は昼の口封じを試みたこの村の人間、というシナリオも成り立つ。
「拠点の守りならあたしの魔力智覚が向いている。司祭様達も少しはデキるしな。二、一で分けるならお前らは一緒のほうがいい。危険だが頼めるか?」
「命令でいっすよ。師匠もお気をつけて」
「ふふっ。よし、二人も馬も馬車も全部守れ!」
「了解です」
村長について俺とクロ、トムさんマリエルさんが馬小屋へ走る。進む先には夜空に赤く舞い上がる大きな煙が嫌でも目に入る。
「馬を離したら自分が魔法ですぐに消火します。魔法を部外者に見せることは教会に禁じられていますので、野次馬は全員今のうちに自分の家に帰らせてください。これは命令です。厳守でお願いします」
「ひっ! わ、わかりました。……消火に当たっている者は?」
「火の様子を見てから僕が指示します」
見せてはいけないなんてことはない。嘘だ。
これがただの火事ならばいいが、そうでなければこの後屋外にいる人間は非常に危険だ。
「水の魔法ですか? こ、この規模の火事にそんなことが可能なのですか?」
「はい。トムさんは馬車を動かしたらマリエルさんから離れないでください。最悪の場合は馬車よりお二人を優先しますので」
馬小屋番と思われる数人が村の馬を連れ出している。まあ緊急時なら自分とこの財産優先だよな。
二人もすぐに自分達の馬を馬車へと繋ぐ。
ちっ、こんだけ焦げ臭いとさすがにクロの鼻は利かない。消火のために井戸から水を運ぶ村人にも何人か身体強化の魔力反応がある。
クロ、二人と馬車を頼むぞ。先に消したほうがマシだ!
『全身の魔力よ、水の粒となって舞え!』
塊では無駄が出るし、水流の形では時間がかかり効果が弱い。ホースのノズルを切り替える様子をイメージする。
しかし両手の平から放つ水の量は、ホースのイメージを大きく逸脱して太く威力を保つ。例えるならば横方向に降るスコールだ!
「ぼッ、冒険者様ァ!?」
「なんじゃあ!? こりゃあ!?」
「すげえ! あっちゅうまだ!」
ザザーッと大きな水音を立てて横殴りの雨が建物にぶち当たる。
火元は小さな物置のようだ。要救助者がいないのは幸いだな。
荒れ狂っていた炎の柱は大量の放水を受けてみるみるその上背を失い、大人しくなる。
もうもうと舞い上がる煙を照らしていた灯りが消えてあたりは闇に包まれる。
「やったあ!」
「助かったぁ。オラんちまで燃えちまうかと思ったよ!」
「ぼ、冒険者様……。ま、魔法が……」
消火作業に当たっていた十人程度の村人が口々に歓声をあげる。火が消えたのに村長は泣きそうだ。脅かし過ぎた。方便だったと謝らなければ。
暗くなったことで両手の魔力を暗視強化に切り替えようとしたその時。
背後から恐ろしいスピードで俺に向かって影が飛び掛かる!
「レノッッ!!」
大きな魔力を消耗し二秒にも満たない集中の隙、影が振るったナイフは飛来する何かを切り払う。
「クロ!? 助かった!」
暗視で確認した地に落ちたそれは矢だった。黒く塗られている。
瞬間、大きな魔力反応、爆発音とともに近くの家の屋根が炎を吹き上げる!
しまった! 燃えながら崩れ落ちてきた瓦礫を躱した俺達は、護衛するべき馬車と離れ過ぎてしまった!
「まだ撃ってくる!」
「ああ!」
え? この状況で俺のほうを狙うの?
暗視に反応速度、動体視力を強化し、再度飛んでくる矢を自分で打ち払う。
火をつけた魔法使いの反応は俺達から離れていく。矢の飛んでくる方向と同じだ。お前ら、世が世なら放火はかなりの重罪だぞ。
「逃がすか! クロ、俺は敵を追う。お前は馬車と二人を頼む!」
「いえ! クロ様も逃げた敵を追ってください! 私達は大丈夫です!」
マリエルさんが叫ぶ。先ほどの爆発の破片は周辺広範囲に飛び、そこら中で小火になっているようだ。トムさんも音を聞いてさらに集まってきた大勢の村人とともに消して回っている。
この集団の中にもしまだ敵が紛れているのならば、あの魔法使いは逃げずに援護に残るだろう。
……あっ。魔力反応は二つに増えて加速し村の外へ向かっている。本気で逃げを打つ気か。そうはさせん。
敵を追って走る村の外れ、少し開けた建物のない草っぱらに、教会のシンボルを模して造られた高さ一メートルほどの石柱がぱらぱらと建っている。あんまりここでドンパチはよくない。
そう思った瞬間に森の中から大きな火球が飛んでくるが、俺達には当たらない。見当外れのそれは小さな立ち木に当たって燃え上がる。
そして飛んでくる矢を弾く。……ああ、灯りなのか。
「……何だよ。アキュレイじゃねーじゃねーか。ガキが二人だけだ」
おっと。森から現れたのは、胸当てを身に着けた大柄な剣士だ。
上半身は装備をつけているが頭と下半身にはない。盾もないが受けに使えそうな籠手。動きやすさと守りの両立、重装と軽装の中間といった感じだ。
こいつらは冒険者のチームっぽいな。弓矢と魔法使いと剣士か。同じような数が集会所のアキュレイさん達のほうにも行ってるかもしれない。
「魔法使いを見た目であなどるなと言ってるだろう。やるぞ」
お。声の聞こえる方向がおかしい。身を隠しての指示出し用にそんな魔法もあるのか。俺に対しては無駄な魔力だけどな。
森の中の魔力反応二つは移動しながら矢と火球を同時に放ってくる。
クロを狙う矢は正確で速い。今度は矢にも魔力を乗せてきたか。
合わせて突っ込んでくる剣士。ち、二対三か。
『左手の魔力よ、水となって顕現せよ』
火球を相殺しつつ、敵の剣を弾いて森へと飛び込む。お前らがどこにいるのかは魔力反応で丸わかりだ。
「何ィ!? グァッ!?」
後ろに視線をやると、クロが掴み取った矢をそのまま剣士の喉へ突き立てた。
獣人身体強化MAXはやっぱり強過ぎだ。ま、人狼レベルはそうはおらんわな。
「な、何だと!? 馬鹿なッ、貴様も魔力が見える――ぅゴぼァッ!」
クロナイスヒントだ。魔法使いの弱点は喉とか口だな。
詠唱ができなければ、戦い方は予測がつく。遠距離火力と身体強化による接近戦が両方得意なんて魔法使いはレアものだ。こんな夜討ちなんてチンケな仕事は引き受けない。
あら? 一発だったか。よし最後の一人はそこだ!
……ん?
仲間をやられて観念したのか動かない魔力反応のもとへ近づいてみると、そこにいたのは腰の高さの土人形だった。
……なるほど、魔力付与されたデコイか。そんなのもあるんだな。遠目からなら屈んで矢を構える姿に見間違えそうだ。
周囲には時間差でバラまかれたのか、いくつか魔力反応が発生していく。
「クロ! 鼻で追えるか? 逃がすな!」
「任せて。あいつはぶん殴る」
この魔法はアキュレイさん用の、対魔力智覚の策かな。森での戦い方も慣れてるみたいだしコイツは狩人かなんかだろうか。
まあ、いくら熟練の狩人でも、相手が身体強化付きの犬獣人なら勝てないだろ。




