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第84話 悪人に人権はない

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 護衛の旅、初日の夜は大きい村の宿屋に宿泊した。そこでは襲撃などの面倒ごとはおこらなかったので、顔を合わせたばかりの護衛チームとして親睦を図ることができた。


 俺が魔力をもとに作り出した熱湯には……まず皮脂の汚れを落とし、日焼けした肌でも回復を促して保湿する効果がある。また紫外線による髪のダメージもケアし、髪の毛に必要な油分を回復。本人の持つ「こんな髪だったらいいのになあ」というイメージをもとにしなやかさやボリュームを変化させる。


 前世では自分も髪や肌の健康には興味があったから、それっぽい効果が出せた。魔力で他人の身体をどうにかするのは難しいが、表皮程度に弱い効力をもつ魔法の水の具現化は不可能ではないようだ。

 もちろん時間をかけて繰り返し修練を積む必要があり、効果を盛れば余分に魔力を消耗するが。


 これが魔法や魔力の持つ可能性の一つなのか、他人には真似のできない俺固有の(わざ)なのかはわからない。検証が必要だ。

 ……一通り身を清め終わって夕食の席に集まった、彼ら彼女らに向けられた視線を察するに後者な気がする。


 おっ。クロその髪かわいいじゃん。






 二日目は早朝、陽が昇ってすぐの出発となった。

 今日中に着きたい目的地とした次の村へのルートは、北東から南東までいくつか選択に幅があり、馬車で無理なく移動できる道は最も距離があるためだ。


 身軽な冒険者の徒歩であれば、魔物も出るという南東の山道から最短距離を行くのがかなり速いらしい。が、二頭立ての大きな馬車を使っている俺達にそんな無理はできない。広く平坦な北東の道を選びつつ、日没までに到着するよう朝早く出発して急ぐ。


 大きな町から遠くなるほど旅人の数は少なくなるものだが……この道は交易都市トレドへ向かう道でもあるんだよな? こんなに誰ともすれ違わないかな?


「この道は確かこの先で小さな川に沿うんだ。馬を休めるのにちょうどいい場所があったはずだ」


 さすがベテラン冒険者のアキュレイさん。領地を結ぶような主要の街道については情報を持っている。それならばなおさらだ。


「クロ悪い。嫌な予感がするからまた見てきてくれるか?」


「もぐもぐ……んぐ。はーい」


 ……テリィさん。楽しいのはわかりますが、そいつあげたらあげただけ食うのでやめてもらっていいですか?

 いくら馬車でも獣人が満足するような余分な食料は積んでないと思うので。






「いたわ。待ち伏せされてる。敵の数は人間が二十人くらい」


 斥候から戻ってきたクロの報告によると、こちらの街道を遠くまで見下ろせる丘の上に見張りが二人。一応隠れているつもりらしいが、技術もなくさらに風上なので獣人の鼻にかかればバレバレだった。

 クロが見つからないように迂回して森の中を進めば、南の山から小川が流れ込む川沿いの開けた場所に新しい血の匂い。


 そこでは野盗の集団が旅人の荷を大喜びで分配していたという。


「旅の人は少数で、すでに始末された後みたい」


「……ちッ。……あたしらのとばっちりだとしたら、許せねえ!」


「待ってください。僕ら用の刺客だとしたらいろいろと雑過ぎませんか?」


「……(おとり)ですね。もうひとつ手を重ねてくるかもしれません」


 アキュレイさんをなだめる俺の話に、修道女マリエルさんが予測を立てる。


「ここは僕ら二人に任せてください。アキュレイさんマリエルさんトムさんは周囲に最大限の警戒をお願いします」


 魔力智覚(まりょくちかく)持ちを攻めと守りに分ける。俺とクロで攻めるなら連携も移動の速さもばっちりだ。クロの見立てでは数だけの素人集団のようだし。


「いやいや! 野盗が二十人もいるのなら、たったお二人では無茶では!?」


「向こうに気づかれなければ、やりようはありますよ」


 ゴブリンの時は五十以上はいけたしな。アマチュアの集団なら人間でもどっこいどっこいだろう。






「……はい。見張り役も含めて二十三名、捕縛完了です。この周囲はかなりの範囲確認済みですが、念のため司祭のお二人は馬車に乗ったままでお願いします。……クロ、火矢の臭いに気をつけてくれ」


 野盗全員を戦闘不能にしてから馬車と合流して現地へ移動。

 俺達とアキュレイさんで情報収集だ。見物して楽しいものではないので、修道女さん達は川辺で馬に水と草を与えている。


「おいィ、どいてくれよぉ。折れてんだよぉ……」


「……うげぇ。助けてくれぇ……」


「ぎッ! あガッ、がっ。ごぼォ」


 一番装備のいい、頭目っぽいやつはアゴが割れてるから喋れないな。ヨダレと血まみれで近寄りたくないし。話ができそうなやつは……


「くそッ! (いって)え! 畜生! 何が女とガキの集団だ! 一番ガキが一番タチ悪いじゃねえか!」


 全員後ろ手にロープできつく縛って山積みにした状態だ。野盗の持ち物と旅人の荷物からでは足りなかったので、全身の拘束まではできていない。歩けないように痛めつけてある。


 ……見張りがちゃんと機能してたらこいつらも森に潜むはずだったんだろうが、不意をついたにしてもお粗末な連中だった。


「……殺さなかったのか?」


「しばらくほっとけば死んでもおかしくないのは、何人かいますけど。……まあ、場所も場所ですし、助けが間に合ってもまた食い扶持が稼げるようになるまで命が繋がるかは、こいつらの日頃の行い次第ってとこですかね」


 持ち物、格好、能力からしてこいつらは近隣の村々の住民だろう。畑も持てない食い詰め者か、まじめに働くよりも奪うほうが楽だと考えるクズどもが集まってるようだ。

 次の村の人間も混ざってるかもしれないし、トラヴィス司祭には教会の名のもとに村長に処置を命令してもらおう。


 アキュレイさんが何者からの指図なのか尋問を行う。

 まあ、時間はいらなそうだ。


 喋る元気のあった男は、一昨日ふらっと村に来た素性の知れぬ旅のゴロツキからこの巡礼団の話を聞いたという。朝は分け前の話もしたはずだが、待ち構えているうちにいつの間にか姿が見えないらしい。


「……やっぱり今回も元締めはわからねえか。くそっ」


 馬車は距離を取ったままにしておいて、俺とクロがごく短時間で片付けたせいか伏兵や新手の襲撃はない。退いたか。


 ……周囲にも人の魔力反応はないな。

 敵がアキュレイさんのことを知っているなら、そんな尻尾は出さないか。




 その後は、やはり昼食休憩もおざなりに、馬の状態を気にかけながら旅を急ぐ。

 斥候役も俺とクロが交代して頻繁に先の様子を確認。それによって速度を犠牲にすることなく安全な移動を成し得たため、予定を違わず日没直前に目的地の村へと到着する。

 ……野盗とまともにかち合って刺客の伏兵でもいたら、退けても野営間違いなしだったな。


 午後の道には警戒にかかる不審な輩も、待ち伏せの集団も特にいなかった。昼の野盗の失敗で相手が今日はもう無理を避けた、というのは楽観に過ぎるかな。


 今日までで交易都市トレドへの道程はだいたい三分の一を通過した計算だ。


「今度は小さな村ね」


「ああ。これまでを思い出せば、今夜は普通の寝台(ベッド)は無理かもな」


 俺達が村の様子を確認する間に巡礼団の皆さんは村長の館へおしかけ、常習とも思われる近隣の村の人間による野盗団を報告して抗議した。


 村長も全く痛くもない腹、という訳でもなかったようで、外れ者とはいえ一部の村人が教会の司祭一行という大物に危害を加えてしまったことに顔面蒼白。全面的に平謝りだったらしい。

 周辺の村にも教会の信徒は多く、明日朝一で近隣の村とも連絡を取って後始末にかかるとのことだ。

 難しい大人の話は俺達にはわからないが、ここデイモンド領の教会を通じて村々からレーメンス子爵領の教会に賠償的な話になるとか何とか。


 そのせめてもの罪滅ぼしということで、今夜は村の集会所を宿泊に提供して村民を上げて世話をしてくれるという。小さい村なのでこの人数が泊まれるような宿屋としたものは存在しないようだ。


「あ。ティナ司祭が呼んでる。夕食はごちそうみたいよ」


 理屈はわかるが、宿に無駄に人の出入りが増えるのは護衛としてはありがた迷惑なんだけどな。……今日は徹夜も覚悟しておくか。



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