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第83話 女子の髪型なぞダクソのキャラメイクしか知らぬ

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 大聖女候補と言われる司祭率いる巡礼の一団を護衛して移動する旅。危険な仕事であることは聞かされていたが、初日いきなり昼に林の中で三十を超えるゴブリンの襲撃に遭う。

 それによって俺達は昼食を取るタイミングを逸し、軽食をつまみながらの移動となった。そのために予定よりもかなり早く陽の高いうちに宿を取る村へと到着することができた。


 今日の襲撃は……さすがに罠ではないと思いたい。あの規模の魔物の群れを簡単に操られるのなら、今後対策を取るのはかなりしんどい。


 シェーブルの町は冒険者ギルドが設置されているほどの規模なので、その隣村であるここもそれなりに人口は多いようだ。旅の宿や酒場、店屋も複数が存在する。

 しかし、やはり町に比べるとグレードがダウンしてしまうのは仕方ないだろう。聖女様御一行が滞在した高級宿を相手どればなおさらだ。




「……もうシェーブルの時みたいな……お風呂に気軽に入れる暮らしは、しばらくお預けなのよね……」


「……あー。そっか。……慣れって嫌ね」


 ティナ司祭のお付きの修道女達がそれぞれ必要な荷を持って宿の建物へと入る。

 彼女らの誰かが敵方の内通者かもしれないという疑いがあり、心苦しいが聴覚を強化してひそひそ話も情報収集の対象としている。


「あれほど泥と汗まみれでも、命が助かったことを感謝してたのにね……」


「……でも、あの新しい護衛の子達って、旅の冒険者の割に身綺麗よね?」


「そう言われてみればそうですね。獣人の方にしては、……その、近くにおられてもわかりませんしね」


「ティ、ティナ様!?」


「も、申し訳ございません! すぐに部屋を整えます!」


 修道女達のこそこそ話にも、仲間外れにしないでと混ざる若い司祭。

 丁寧に謝ってはいるが、実際彼女らに口調ほどの距離は感じない。


 変わってトラヴィス司祭と修道士トムさんの男性陣は空気のように静かだ。

 黙々と荷を運ぶ。それがいつものことだとわかってしまうような自然さだ。


「いいのですよ。私もできればお風呂は毎日入りたいです。ねえ? クロ様もそう思いますよね?」


「……、は、はい」


 この一行の中心と言える人物であり、聖女様とも呼ばれるティナ司祭はその噂に違わぬ能力と人格を有しているようだ。

 かつて大きな争いをした過去からお互いに憎悪を募らせ、奴隷として利用しあうような関係になっている獣人種族に対しても、偏見を持って接することはなくクロの人間性をよく見ている。


 むしろ社交性に乏しいコイツが、この一団の中で肩身の狭い思いをしないように気にかけてくれている。

 それは他の修道女達にも確実にいい影響を与えている気がする。


 荷を下ろし一息ついた女性陣は宿の一階の食堂兼酒場でお茶を頼む。


 トラヴィスさんとトムさん、修道女マリエルさんは宿の主人の案内で馬と馬車を厩舎へ預けに行った。

 しかしトラヴィスさんも司祭なのにけっこう自分から動く人だな。齢は二十歳と言ってたから教会の中では若いほうだろう。偉そうにはしてられないか。


 俺だけでも護衛についていこうとしたら、マリエルさんが自分が行くのでいいと休ませてくれた。御者で歩いていなくても疲れはあるだろうに、できる魔法使いは気遣いもできるんだな。


 宿周辺は人も多いし危険は少ないだろう。明るい時間に人目につくようなやり口は好まない相手のようだしな。


「あら? 近くで見るとこの子の髪、妙にキレイね。服も長いこと着てそうなのに、確かに全然臭わないわ」


「ホントだー。獣人の人なのにいいトコのお嬢様みたい。あたしが知ってる人達はみんな髪の毛ゴワゴワだよ」


「旅の冒険者でこれっておかしくない? どういうこと?」


「……えっと、これは、すみません。たぶんお話してはダメなやつ、です」


 おっ。クロが長文の丁寧語で会話しとる。

 しかもちゃんと伏せたり気なんか使いやがって。でもやっぱりボロが出てるな。その言い方だと追及されるぞ。


「ああ、それは水の魔法、って言っていいのかな。僕の魔法で洗ってます」


「レノ?」


「僕がきれい好きなもんで、洗濯や身繕いは旅の途中でも頻繁にやってますよ」


 まあ魔力が並外れて多ければ、発想自体は珍しくもないと思う。隠すこともないだろう。

 洗濯掃除や風呂の時は自分が魔法で湯水を出したり、洗浄や回復効果を乗せたりしていることをざっくり説明する。


「僕が生まれた村の神官様も聖女様を信仰しておられまして、非常に優れた医術を持つ素晴らしい方でした。怪我や病気の治療には清潔であることが重要だそうで、その人にいろいろと教わっているうちにできるようになりました。まあ容易なことではなかったですが」


「まあ! それを早くおっしゃってくださいな」


 嘘ではないが、俺自身へのツッコミを躱すために微妙にテオドル先生を盛る。

 あっ。あの人が聖女派で有名人だったらマズいかな?


「……じゃあアイツが師匠じゃねえか。そういやあの時もいきなり洗濯したいとかボケかましてやがったな」


「いやいや。アキュレイさんが教えてくれたことを基礎に、先生のやってることも見て自分なりに深めたんですよ」


「ではアキュレイ様も……?」


「できませんよ。この髪見りゃわかるでしょう。つか洗濯風呂くらいでそこまで魔力伝導(まりょくでんどう)(わざ)を高めるのは、ちょっとおかしいぞ。男のくせに。きれい好きって言ってもそこまで行くと病気だな……」


 失礼な。その病気を防ぐために大事なことなんですよ? そこはアキュレイさんも中世文明の人か。


「……宿で大きい桶でも借りられれば、皆さんにも髪をきれいにするくらいのお湯はお出しできますよ」


「えっ!? この人数でもそんなことができるのですか!?」


「あたしの髪もこんなに柔らかくなる!?」


「マジかよ。見栄を張って魔力切らしたりすんなよ?」


 全員が入れる風呂くらいは、たぶん浴槽から用意できるがそれは自重しよう。

 今は護衛中、非常時でもある戦闘準備態勢だ。


「そのかわりお願いがあります。……こいつの、クロの髪をちょっと切ってもらえませんか? お前、いつもうっとうしそうにしてるだろ。かわいくしてもらえ」


「!」


 出会ってからそのまま伸び放題だ。寒くもなくなったし、毛の多いコイツは後ろで括ってても邪魔そうだ。目にも入りそうだし。


 俺の奴隷とはいえ女の子の髪なんか切れないし、なかなかすんなり頼めるような人もいなかった。この機会に軽く動きやすくしてもらおう。


 ちなみに俺とクロとの関係は、冒険者のコンビで奴隷の主従であるということも全員に伝えられている。しかしそのへんの話題はそれ以上突っ込んで聞かれることはなかった。あのアキュレイさんにすら。


 微妙な空気を察するに……あまり俺達の事情や成り行きをこちらから詳しく説明すると言い訳しているみたいになるので、聞かれない限りは言わない。

 やましい関係は一切ないことを理解してもらうためにも、ちょっとクロは今まで以上に扱いに気をつけようと思っている。


「ええっ! それを私達に任せてもらえるのですか! そんな、そんなの全然取引になってません!」


 おっ。ティナさん嬉しそうだ。

 クロも驚きながらも尻尾がそわそわする様子は、まんざらでもなさそうだな。


 こうしてテーブルに集まってよく見ると、この一団の女性陣は司祭修道女なのに微妙に垢抜けている。

 俺はうまく説明できないが、地味な旅姿でも髪型や服装はそれぞれ違いがあってセンスがいい。この人達ならいい感じにやってくれるだろう。


 古くからの伝統を大事にするという主神派に対して聖女派がこういう人達なのであれば、人気が出るのもわかるな。

 俺もティナ司祭ならもう崇めてもいいかなという気持ちがちょっとある。


「うんうん。かわいいんだからもうちょっと目が見えたほうがいいよね」


「それならば、チェルシーに頼めば間違いはないです」


 どんな対価を求められるか少し緊張していたティナ司祭達は、思ったよりご褒美だったと笑顔を輝かせる。うおっまぶしっ。



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