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第82話 ゴブリン再び

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 デイモンド男爵領、シェーブルの町を朝に出発し一行は東にある村へ向けて移動する。


 アキュレイさん達はこれまで主に野営時に襲撃やトラブルが発生しているので、多少旅程を調整してでも夜はできるだけ村や町での宿泊を希望している。

 男爵領で最も大きな町は当然領主が住む領都だ。シェーブルの南西にあるらしいそこから遠ざかるこの道は、まだ今のところは広く見晴らしがよい。


「前のほうはしばらくは……特に異常はないわ」


 前方の斥候から戻ってきたクロに干し肉と、今手元で冷やした革の水袋を渡す。

 下見で確認してもらうのは、魔物や獣はもちろんのこと、今回はすれ違う旅人や街道から離れて探索している冒険者なんかもだ。


 大小の馬車二台に徒歩数名という大人数の集団は少し目立つ。聖職者という身分がわかるような旗や幕も使っていないので、俺達を見た旅人は少し(いぶか)しがる。

 アキュレイさんがギロリと(にら)めば、彼らはそそくさと距離を取るが。


「アキュレイ様、今からその調子では持ちませんよ」


「……ああ。すまねえ」


 彼女に声をかけたのはともに馬車の最後尾を歩く男性の修道士さん。トラヴィス司祭よりも年上の、優し気な雰囲気はいかにも善良なザ・聖職者だ。

 たしか名前はトムさんだったか。一行の最年長としてトラヴィスさんをしっかりとサポートしているらしい。


「しかし魔物が逃げていくってのは……ホントみたいだな。さっき南から近づいて来てたのは、そこそこ数のある群れだったぞ」


「マジですか。今の旅人さんにも教えてあげないと」


 お。やはりアキュレイさんの魔力智覚(まりょくちかく)は俺よりも広範囲だ。


「ク、クロ様のおかげですか? それはすごいですね。前回アキュレイ様が同じく狼の群れを見つけてくださった時は、やり過ごすために半日近く足止めをされたというのに……。ああ、ここは私が」


 トムさんは馬車を離れて駆け出し、まだ後姿の見える旅人を追いかける。手には教会のシンボルを(かたど)ったペンダントを握りしめて。

 なるほど、あれが俺達の冒険者証のように信徒としての身分証か。


 クロの存在を察知して逃げたということは……魔力を持つ狼の群れかな。そんな討伐依頼がシェーブルのギルドにあった気がする。放っておくのは間違いなく危険なんだけど今は相手をしている暇はない。


「……レノ。お前、魔力智覚使えることは黙っとけ」


「…………はい。わかりました。クロもそのつもりでな」


 小声の会話にクロも無言で頷く。






 かぽかぽと蹄の音が響き、ガラガラと車輪が小石を蹴飛ばす街道は、少し視界の悪い林に入った。

 最後尾を俺とクロ二人に任せて馬車の先頭を警戒していたアキュレイさん、トムさんから止まれの声が届く。


 二台の馬車の間を歩いていた二人の修道女はトムさんの指示で大きい馬車に乗り込んだ。


 しばらく後、林の北から近づいてくる多数の濁った魔力反応。……速度は遅い。クロの存在にもビビらない。


 馬車は少し動かし、広さがあって戦いやすいカーブへ移動。道の端に留め置いたまま、アキュレイさんの指示によって二台とも向きを変える。流れ矢で馬をやられないように盾にしたのだ。

 御者台にいた修道女マリエルさんは馬車内に避難するのかと思いきや、軽やかに俺達のそばに降り立った! やれんのか!?


「前はあたしら冒険者だ! 二人は後ろに!」


「ギギャアアッ!!」


 久しぶりっつったらおかしいけど、嫌というほど見た小汚い緑の魔物の集団だ! このへんにもいるのか! 木々の間を大勢こちらへ突撃してくる!

 馬車を背に即興で陣形を組む。アキュレイさんを先頭に左右に俺達、その後ろにトムさんマリエルさんだ。


『神の与えし奇跡の力よ、風の渦となって(えぐ)れ!』


 うおぃ!? 後方から複数の魔力反応が飛び、俺達の頭上を越えて前方の林の中に着弾する。

 マリエルさんの魔法か! 木々の間を駆け抜けようとしたゴブリンは突然現れたいくつもの地面の穴に転げ落ちる。

 集団の大多数が足止めを食らい、俺達の前に接近してきたゴブリンは五匹だ。


「ふんッ!」


「グベァッ!!」


 俺とクロが一匹ずつ仕留める間に、二匹のゴブリンは一太刀で胴を()がれ、三匹目の頭は縦に真っ二つだ。そんな長い得物(えもの)でちょっと速すぎませんかね。


 穴のおかげで一度に近づいてくる敵が少なく、数の不利が小さい。前衛が三人もいれば面を作って対応できる。

 さらに回り込んでこようとするゴブリンは風の魔法で胸を穿(うが)たれたり、不自然な軌道で頭に確実にヒットする石で倒れていく。

 マリエルさんかなりやるな。敵が撃ってくる矢なんか一つも飛んでこない。


 うわー。やっぱりチームでやると楽だわー!






『土よ、我が意に従え』


 ……よし。しっかりと平らに埋まったな。掘る手間はなかったから楽だった。

 これでゴブリンどもの骨は林の肥料だ。白骨化するまで燃やしきったから魔力も最低限しか残っていないはずだ。


「……若いのにすごい魔力ですね。あれだけの数の小鬼族(ゴブリン)をこの短時間で処理してしまうなんて」


「いやあ。マリエルさんもトムさんも凄いじゃないですか。これ護衛要ります?」


「はっはっは。まさか。私はもう魔力切れです。今日明日は使い物になりませんよ」


 トムさんのあの石弾は魔力で造ったモノか。なかなかの威力と命中精度だったが言葉の通りに汗が凄い。典型的な魔力枯渇の症状だ。もう今日は歩かさないほうがいいな。


「みなさんお怪我はありませんか? 遠慮しないで言ってくださいね?」


 ゴブリンの片づけを一切手伝わせてもらえなかったティナ司祭が、腰を下ろして休む全員に声をかけて回る。あなたこそ気を使わずに座ってていいんですけど。


「まあ、お前らならこの程度の群れに手傷なんか負わねえよな。小鬼族(ゴブリン)狩りだったっけか?」


 いやいや、前衛じゃ粗方アキュレイさんが叩き斬ったでしょうが。

 それにゴブリン程度の二つ名なんかいらないっすよ。「女帝蜂墜とし」とかならハクになるかもしれませんが、俺が一人でやったとは言えませんし。


「ふふふ。サボらずにちゃんと鍛えてたんだな。他の奴らだったらここまで楽な数じゃあねえ。……あー、これもシェーブルに戻りゃけっこうな報酬になるんだが。ま、邪魔にはならねえから持ってくか」


 耳は全部ではないが、三十に足りないくらい取ることができた。

 同じデイモンド領のギルドに持っていけば、領内の危険な魔物の群れ討伐として追加の特別報酬モノだが、換金は隣の領地のトレドまでお預けだ。腐らないように魔法で水分を抜いておこう。

 次の村で村長に報告が精一杯だな。この匹数なら巣があるだろうから早めに処理してもらわないと。


「こんなことがなければ、そろそろ昼食にする予定でしたが……食欲のある方」


 焼却処理をしたゴブリンの死体の山が放った異臭が鼻に残っている。トラヴィスさんの声掛けに手を挙げる人はいない。クロはたぶん平気なんだろうけど一人手を挙げる度胸がない。


「もう少し離れてからまた考えましょうか。食べたい人は、移動しながらそれぞれ各自で適当に取ってください」


 トムさんが小さい馬車の御者として修道女ターナさんと交代し、一行は林の道を東へと動き出す。


「助けてくれてありがとう。あなた達も何か食べるなら馬車に乗っていいわよ」


「ちょっと心配だったけどさすがね。めちゃくちゃ強いじゃない」


「強いのにこの子かわいくない?」


 今のは残念ながら俺ではなくクロに対してだ。ぎこちなかった修道女の皆さんとも打ち解けられたかな。まあ彼女らはここまで大変な目に遭いすぎてるから、警戒するなというのが無理だろう。


 ……みんな優しそうないい人に見えるんだけどな。


 アキュレイさんが俺が魔力智覚を使えることを伏せておけと言うのなら、この中に敵方の内通者がいると踏んでいるんだな。



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