第81話 護衛任務開始
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レーメンス子爵領聖女派教会の巡礼団からの正式の依頼により、俺達は一団の旅の護衛を引き受けることになった。次の日の安息日の礼拝にも誘われたが、身体を休めて仕事の準備を整えるという言い訳で丁重にお断りさせていただいた。
興味はなくもなかったが、後ろに控えていたクロからの無言のオーラを察した。
かしこまった場はそんなに嫌かよ。
ここシェーブルの町から東の目的地、隣の伯爵領にある交易都市トレドまでの旅は通常だいたい一週間程度を見込むらしい。
護衛対象はもちろん初対面で大勢だし、クロにはメンタルもフィジカルも万全でのぞんでもらおう。……対人戦闘になる可能性も高い。
「肉は食べるから売らないで」
「そう言うと思ってたよ。……えーと、これとこれは要るな」
明朝の出発の準備として、ギルドに預けてあった荷車などの所持品は思い切ってばっさり処分して身軽になる。
護衛の冒険者であっても巡礼の一団に加わることには違いないという話で、旅に必要な道具や食料などは俺達の分も含めて全体で管理してくれるらしい。
もちろん万が一事故によってはぐれた時のための手荷物装備の用意は怠らない。
……なお金貨一枚をシェーブルのギルドに預けたままにしておく。吸血鬼の件も含めて、この先俺に万が一があった時にはクロの鉄札証でも引き出せるようにしてある。
ちなみに領地を跨いだギルド間での為替のようなシステムはないらしい。
銀札持ちでなおかつよっぽどそのギルドに信用のある冒険者ならギルド長の裁量で取り扱ったケースがあるとか。
遠距離の連絡手段が未発達で冒険者の人間性もピンキリだから仕方がないのかもしれない。エブールのギルド職員クレールさんも金は持って行けと言ってたし。
「……そんなに預けておいて弁償に足りなくなったらどうするつもり?」
「お前と二人で無事だったら、金貨一枚くらいすぐに稼げるさ」
旅の準備を整えた後は、少しいい酒場で夕食にした。他所ではお目にかかれない仔牛肉を使った料理はなかなかの値だったが味は見合うものがあった。
初めて食べたというクロの珍しいリアクションも面白かった。
安息日明け、いわば月曜朝。
約束の一の鐘までに巡礼団の泊まる宿に着くと、裏口で荷物を積み込んでいるというので手伝う。馬車は二台。小さいほうはこの町で購入したらしいきれいな中古だったが、大きいのはここまでの旅の厳しさを物語る痛々しい補修の跡が目立つ。
「雑用までやってもらって悪いな。ちょっと留まると荷がけっこう増えてやがる」
立場、身分の区別なく準備に勤しむ一団は、護衛のアキュレイさん以外に女性が五名、男性が二名。顔が分かる司祭のティナさんトラヴィスさんの他は修道士一名に修道女が四名か。
……護衛はアキュレイさん一人? 元は何人いたんだろうか。
それぞれ司祭のお二人について賑やかに荷運びをする様は、地味な旅装姿なのもあって僧職に見えない。これまでに出会ってきた神官達を思い出すと、このへんも主神派と聖女派の違いなのだろうかと興味深い。
「身分を隠しているわけではありませんが、色の濃い修道服はとても目立つ上に旅には向いていませんので。……あっ、そんなに一度に大丈夫ですか? やっぱり力持ちなのですね」
おや。意外にもクロが進んで手伝いをしているだと。
一昨日初めて会った時はオドオドしてた癖に、ガッツリ好意を向けられるとお前案外チョロいんじゃないか。
まあ、これはおそらくティナ司祭の人徳だろう。あの笑顔には俺も逆らう自信はない。
「いやあ! 助かりました。お二人ともありがとうございました。それでは出発前にそれぞれの紹介をしましょうか」
そうしてトラヴィス司祭の仕切りによって宿の厩舎前で冒険者三名、司祭二名、修道士一名、修道女四名がそれぞれ簡単に自己紹介をしてから、シェーブルの町を東へと出発した。
襲撃の可能性の高い旅の護衛と言っても、町の近くは農地も牧場もあり、働く人や商人旅人の行き来が多いので道の整備も行き届いている。
さすがにこんな場所で襲い掛かるのは目撃者多数ですぐに騒ぎになる上、町へと逃げ込めば衛兵が駆けつけるので愚策だろう。とりあえず今日ぐらいは大丈夫だと思う。
一週間の旅程ならシェーブルと交易都市トレドの中間くらい、三日目から四日目あたりが町から遠く道も険しくなってて危ないんじゃないだろうか、と素人ながら考える。
馬車は二台だが旅の荷物も多く、全員が乗ることはできない。
馬二頭立ての大きいほうには司祭のお二人が乗り、修道女のマリエルさんが御者をやっている。一頭立ての小さい馬車にも余裕を持たせて二名は歩きだ。乗ってる人達と体調に合わせて交代となる。当然周囲の警戒をする俺達護衛も徒歩である。
さすが長距離の過酷な旅に同行する彼ら彼女らは全員が魔力持ちを揃えている。
「……本来ならレーメンス子爵領からは、そのまま直に街道を北上すれば交易都市トレドに着くんだけどな。襲撃を受けて逃げて躱して迂回してたらこんなに西まで来ちまったよ」
例によって足のあるクロは斥候に先行させている。旅慣れているアキュレイさんが何度か通った道らしいので分かれ道や目印は教えてもらった。
「シェーブルで襲撃がなかったのなら敵が皆さんを見失っている可能性は?」
「そんな甘い奴らなら苦労はないよ。今日の出発も監視されてるだろうな」
「……次の相手の手口を知るためにも、これまでのことを教えてもらえますか?」
アキュレイさんの話によると出発時には、教会の司祭修道士が十名、馬車三台と御者役の下男三名もちゃんといた。
護衛の冒険者は三チーム十名を加えて合計二十三名の大所帯だったらしい。
出発地の子爵領を離れて見知らぬ者同士が馴染んだ頃、男四人チームの冒険者が野営時に修道女にちょっかいをかけたと騒ぎになった。
護衛チーム全体のリーダーであったアキュレイさんの、相棒の女性冒険者がそのことで男四人と激しい口論となり、他の冒険者にも影響が出てチーム全体がにわかに険悪な雰囲気に陥ってしまった。
直後に図ったようなタイミングで野盗の襲撃を受けたためうまく連携が取れず、その男三人が大怪我を負って問題のチームは離脱した。
次の町で補充した新たな冒険者チームはモロに敵方の刺客だったため、これまた野営時に戦闘になって御者二人と馬車二台を失った。
その後も不自然に物盗りや大型の魔物、修道女目当ての人さらいなど立て続けに遭遇し、アキュレイさんの相棒も大怪我を負って脱落。
ティナ司祭の治癒魔法で怪我は治ったが、道中の町でアキュレイさんの愛馬と共に療養しており、体力回復とリハビリ完了次第追いついてくる算段らしい。
まだ年若いティナさんも道を修める途上とのことで、治癒魔法も完全回復とまではいかないようだ。しかし普通は傷がふさがるだけでも長い修行の果てにしか得ることのできない神の御業らしいから、聖女と呼んで差し支えない。
彼女がいなければここまでの離脱者の大半はたぶん死んでいる。
あまりに襲撃が続くため、街道周辺に金と女を積んだ巡礼団の情報が流布されていると判断したアキュレイさんは交易都市トレドへの最短ルートを変更。いったん北西方向のあまり馬車や大所帯の移動に向かない道を使う。
あからさまな襲撃は無くなったが魔物には遭遇したり、旅慣れた冒険者や修道士でも悪路から限界が来たりでさらに人数を減らし、辛うじてシェーブルへ到着したようだ。
それからは馬車に適した大きい街道を通るために、是が非でも信頼できる護衛を雇うことにしたという。
「御者三人、修道士一人、修道女二人、護衛の冒険者九名脱落ですか……。死人が出てないとは言え、よく皆さんこんなに元気ですね。もう諦めて引き返そう、とはならなかったんですか?」
「空元気もあるんだろうが、やっぱり信仰の旅さ。試練や困難に立ち向かおうって根性はヘタな冒険者より強いよ。……それに初代大聖女、ウィプサニア様の伝説に比べればこの程度で弱音を吐くなどとんでもない、だとさ」
何すかそれ。いったい元祖はどんなことやった聖女様なんですかね。
まあ、まだ会って間もないが、この一団のチームワークの練度は高いようだ。
率いているあの司祭のお二人も凡庸ではない。コネや魔力の強さだけでその地位に就いたわけではなさそうなのは何となく感じるな。




