第80話 じゃあ早速月曜日から来れる?
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シェーブルの町の冒険者ギルド。その二階の小さな一室で俺とクロは三人の男女と向かい合ってテーブルに着く。俺達はこれから教会の巡礼の一団護衛の採用面接を受けるのだ。
案内してくれたギルドの職員は何も言わずに退室していった。部外者の耳を気にせず話ができるのは助かるな。
今までの仕事は領主様からの指名依頼だったり、広範囲に被害を出す大量の魔物の駆除だったりしたので、こんな風に面談して仕事を頼むに値するかどうか見定められるというの初めてだ。当然これは向こうからの一方的な強制ではなく、こちらにも引き受けるか否かの選択は許されている。
しかし面接官たる護衛の隊長さんは、俺が小さい頃に出会い命を救ってもらった上に、初めて魔法を教わった師匠でもある女冒険者アキュレイさんだった。
これは手伝えと言ってもらえるのなら、断るなんて不義理はあり得ない。
「しっかし、お久しぶりですね! 変わりないご様子で何よりです」
「そうか? お前は見違えたぞ。あのガキがもうこんなに育ってるとはな……」
八年ぶりか。まだ冒険者をやっていたんだな。どこで何をしてるかは気になっていたが、こんなお互いの旅の途中で行き会うなんて思ってなかった。
ふふ。遠い目をしているアキュレイさんの気持ちは何となくわかる。俺も前世で親戚の子供に久々に再会した時は切なかったりしたもんだ。
「……えーと、そちらの方々は? 今のお仲間ですか?」
「ん。ああ。今は冒険者の恰好してるが、こちらのお二方は依頼主様だ。」
えっ!?
「町中とはいえ、あたしが護衛対象を置いて宿を離れるのは危険だってことでな。あとお前らの人物も自分達で確かめたいらしい。お二人とも司祭様だぞ」
ええっ! かなり偉い方じゃないですか。二人ともお若いのに!
「お初にお目にかかります。ティナと申します」
「トラヴィスと申します。南方領域のレーメンス子爵領から来ました」
「そちらさんが獣人だってことは組合から聞いてるし、お二人はそのへんは全く気にしない。ま、レノの素性はあたしが保証するが、できればお前ら二人分を話せる範囲で自己紹介してもらえると助かる」
まあ隠すようなことは特に何も……。あ、吸血鬼に取り憑かれてることは、教会関係者に知られるのは前世知識的にマズいかもな。
その件は申し訳ないが伏せさせてもらって……ゴズフレズとの話はしておかんと迷惑がかかる可能性がある。
「……ということがあって今ここ、シェーブルに到着しました。次の町は交易都市トレドでしたっけ。そこへ向かうつもりです」
「…………そ、それは全部、本当の、話なのですか?」
「……まだ子供と言えるお齢なのに……」
「……まあ、あいつの息子ならこの場でつまんねえ嘘なんかつかねえだろうが……しかしマジのマジか? 二ヶ月ちょっとで無茶苦茶な修羅場くぐってんなぁ」
「これも師匠の指導があったからこそです」
「それ本気だったのか……。たった一日の話だぞ?」
アキュレイさんがばつの悪そうな顔をするが、俺は間違いなくそう思っている。
まあ他人に声高に自慢したことはないので知ってるのはテオドル様くらいだが。身内にも言ってないし。
「組合もあれほどに推薦するのですからね。冒険者としての実績は本物かと。先程も町の結界の中でアキュレイ様を相手にあの戦いぶり。偽りではありますまい」
「お名前はクロ様とおっしゃいましたか? 私、故郷では獣人の方ともご一緒する機会がありますが、牙の一族の方とこうしてお会いするのは初めてです。よろしくお願いいたしますね」
獣人種族はその身体的特徴を持って複数の種族に別れているらしい。さらに牙の一族というのは、これまで見聞きした情報をまとめるに、ぶっちゃけイヌ科と判断していいようだ。
高位の女司祭ティナさんの話によると、獣人の中でも犬系と猫系は他の種よりも比較的気性が荒く、本来人間にとってはけっこう危険な存在らしい。
なのにこの席においては物静かに姿勢を正して大人しく振る舞い、さらに俺の話の中に限れば、主人の命に忠実に従って戦ってきたことになるクロを彼女はいたく気に入ったようだ。
実際、ここまでの話を端的に伝えようと語るのならば、コレの飯の食い方や宿屋などの日常は省略せざるを得ない。
「……そこまで事情を話してくれたのなら、こっちも隠しごとはできねえな」
アキュレイさんは依頼人の二人と頷きあってから話を続ける。
「正直、この仕事はかなり危険だ。もしも頼まれてくれるなら覚悟しろよ。侯爵様とやらに睨まれようが、あたしらには今は一人でも多く手練れがいる。信用できるという条件付きでだ」
うん。長旅の途中で護衛を募集するということは、すでに欠員が出ているということでしょう。
「我々は北の開拓地に存在する聖女ウィプサニア様ゆかりの聖地、リューンベリを目指しています。妹は……失礼、ティナ司祭は我らが領内の信徒の中でもその魔力が並外れて多く、南方領域では聖女様の生まれ変わりともいわれております」
へえ! ご兄妹!
「この旅の果て、首尾よく北の聖地において聖女認定を受けることが叶えば、今代の大聖女候補となり得る我々の支柱なのです」
大聖女とな。しかも教会の教えにも生まれ変わりという思想はあったのか。
実際に転生している俺にはちょっと興味深い話だ。
……しかしこのお二人はあんまり似てないな。トラヴィスさんは金髪碧眼の若いイケメンだが、ティナさんは茶髪で目の色も違う。いやタイプが違うだけで美人といって間違いないんだけど。
「私は幼い頃に魔力の強さを買われて司教様の養女となりました。トラヴィス様は義理の兄上になります」
「おいおい、そういう他人行儀はやめてくれと言ってるだろう。彼女は私の家族。聖女であり、なおかつ大切な妹なのです」
…………。
いやいや、公の人前なんだからティナさんの態度が正しいだろう。
あとそれはホントに妹に対する視線なのか?
「……言いたいことはわかるが、そこは目をつぶれ。あたしはこの方達を北の聖地までお連れする。ティナ様が見事そこで聖女認定を受けた後、無事に故郷へ連れて帰るってのがこの旅の目的だ」
あー。なるほどな。
ということはそれをされては困る、邪魔をしようなんて考えるのは、ライバル的な他派閥の主神派だったりするのかな?
「……確たる証拠は、ない。しかし子爵領を遠く離れてもなお、この執拗さは他に心当たりが思いつかねえ。もうすでにあたしの連れや他の護衛、お付きの修道女や修道士も道中に襲撃を受けて何人も離脱している。ティナ様の治癒魔法によって命だけは助かってるけどな」
なんと、治癒魔法使いだと!
……この人そこまでの実力者かあ。そら聖女様とも呼ばれるわな。
「……しかし引き受けたとしても、僕らがご一緒できるのは東隣の交易都市トレドまでなんですが。申し訳ないですがそこから北方領域、リューンベリまでは護衛として付き合えません。そういう話は条件として伝わってはいませんか?」
「ああ。その先の心配はいらねえ。トレドにはここと違って聖女派の教会がある。そこの司教様は、彼女らの御父上である司教様の古馴染みらしい。そこまで無事に辿り着ければ、その方々の協力を得て護衛と巡礼団の立て直しはできるんだ。逆に言えば、相手にとってもここから交易都市までが最後の好機と言っていい」
なるほど、お互いに正念場ということか。
トレドってのは遠いのかな。迎えなり援護なり来てもらえんもんかね?
「もちろん手紙も出したし、人もやった。しかし返事はなしのつぶてだ。安全な町で連絡を待ち続けるのも路銀の問題がある」
あー。途中で始末されてるか、到着しても握りつぶされてるかか。
だとすれば、あまり繰り返し送っても敵方にこちらの情報を逐一報告するようなものだ。
「……事情は理解しました。今の僕がここにあるのは師匠のおかげです。今こそ恩に報いる時です。ぜひ手伝わせてください!」
「ふふっ。お前なら断らないんじゃねえかと思ってたよ。悪いな。助かるぜ」
「ありがとうございます! お力添えに感謝申し上げます」
「お二人とは言え、アキュレイ様のお弟子さんと牙の一族の方。これ以上の聖女様のお導きはありますまい。大変心強く思います」
話がまとまったところで彼らの今後の予定を聞く。
できればもう少し人数が欲しいが、待っても条件に合う冒険者が現れる可能性は低そうだ。巡礼の一団は馬車付きの大所帯らしいから、足を止めるだけでも地味にダメージだろう。
望み薄の朗報を待ちつつ明日の安息日を一日礼拝して過ごすらしく、東への出発は明後日の朝となった。




