第79話 再会
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「……という訳で、この首飾りの宝石にはこないだの女の魔物の魂が入っている。俺は大丈夫だったが、お前はわからんから絶対に触っちゃあダメだ。人以外の動物も危ないから捨てることもできない」
もしクロに魅了がかかって人質にされたらゲームオーバーだ。二人そろって死ぬまであの人狼の代わりに働かされるだろう。
ちなみに昨夜のギルド職員二人はすでに魅了から解放されているらしい。預け物の記録とは矛盾がないので、俺が話を蒸し返さなければ思い出すことはないとか。
「ほんとに大丈夫なの?」
俺とテレパシー的に会話するのは通話料無料だが、周りとの音声通話料金は三分三千円レベルらしいので、節約のために俺以外にとっては静かなものだ。
「うん。今んとこ。……コイツは身体を取り戻したいのと、周囲に干渉するために俺の魔力が欲しいらしいから、俺の言うことには一応従っている」
「…………」
下手に魔力を蓄えさせると何をやるかわからないから報酬は成果主義だ。
手荷物では盗難紛失が怖いのでブツは服の下に首から下げている。鉄札冒険者証や使役章と違って女物のゴツイ首飾りはかなり邪魔くさい。吸血鬼なら血行改善の効果くらいよこせ。
「もしも俺が死んだりおかしくなったりしたらすぐに離れろ。荷物と金は全部やるから、ウィルク様の所の狼獣人のギンさんを頼れ。これは命令だ」
「…………わかった。できればならないでね」
この女は冗談交じりに極めてフレンドリーを装ってはいるが、俺達よりも遥かに齢を重ねた魔物だ。肚の底で何を狙っているかは計り知れない。
(……いやいや、殺しはせんよ。もったいない。そなたの機嫌を損ねるような真似も得策ではないしの。あと確かに有能な人間は眷属にもするが、それは妾と同じく昼間動けんから今は不便じゃ。眷属にしてしまうと血の旨味も、魔力の糧としての質も著しく損なう故、そなたに関しては悩みどころよ)
へええ。いいことばかりでもないのか。あ、人間が吸血鬼になるとやっぱり強くなるのかな? 若返ったりする記憶もあるから、年寄りになってくたばる直前なら悪くないかもなあ。
「……なんで楽しそうなのよ」
シェーブルの町に来て二日目。朝食後、宿屋を出てクロと二人冒険者ギルドへと向かう。護衛を探しているという宗教関係者の巡礼の一団、その警護責任者さんと顔合わせだ。特に集合時間は言われていないが、早めに待機していたほうが印象はいいだろう。
南から北へと移動するその一団には、地位の高い護衛対象をはじめ、修道女など女性のメンバーが多いらしい。トラブルを防ぐためには、求められる護衛も女性というのは理解できる話だ。
しかし、やはり冒険者の男女比は女が圧倒的に少ない。冒険者なんてのは基本、腕っぷし以外の仕事ができないようなヤツが多く、社会的には荒くれのはみ出し者ばかりだ。
女性であっても魔力があればそんな男に混ざってやれないこともないだろうが、魔力持ちはだいたい人間の十人に一人、女性が半分とすれば五パーセントだ。
その上好き好んでこんな危ない仕事をやろうと思う変人はさらに少ないだろう。魔力が使えればたぶん家事仕事なら引っ張りだこだしな。金持ちや貴族に雇われることも難しくない。
エブールのオルビアさんは領主様に仕える魔法使いの跡継ぎだし、フルクトスの宿屋の娘ニーナさんのように惚れた男が冒険者でもなければ、こんなヤクザな世界に足を踏み入れる女性はわずかだろう。
ここシェーブルの町は大きくない。この規模のギルドでは女性のみのチームなど滞在していないらしいので、せめて手綱を握ってトラブルを防げるような男女半々というのが、探すには現実的な線か。
冒険者ギルドに到着し、内側に開け放たれた大きな両扉を抜けて中に入る。
おや? ガラガラだ。
「えーと、ケイトさんはどこ――」
「レノ!」
クロの声と同時に屈んだ俺の頭上をロングソードが通り過ぎる!
「ちょ!?」
いきなり何だ!? 相手は、一人か!
通常あるはずの行列もなく広々としたロビーを転がって剣の間合いを逃れる。
反撃に殴り掛かったクロはマントで目隠しを食らって蹴りで押し転がされた。
……狙いは俺か。
「おおりゃあっ!!」
ギルド内のロビーで斬りかかってくるマントにフードの不審人物。見渡せば他の冒険者達は壁際で楽しそうに見物してやがる。
おぉっ! 魔力反応無しでこの速さか! 剣で受ける腕が痺れる!
身を翻して避ければ、そのまま流れるような隙の無い連続攻撃! 一太刀ごとに見物人の歓声が上がる。受けて驚き、躱してどよめく。
……うん。これは出し惜しみしてたら勝てない気がするし、相手も目的からしてそれを望まないだろう。たぶん。
身体に留められるだけの魔力で身体強化、そしてきっちり後ろに回り込んで見ているクロに来いの合図を送って挟み撃ちだ。
え? いいの? じゃない! やっておしまいッ!
「…………くっ、お前らッ」
おお、すげー。速え速え。背後に回り込む獣人をしっかり牽制、崩されないよう対応しながら俺からの打ち込みも捌く捌く。
逆の立場なら俺にはできない芸当だ。かなりの実力者だな……うおッ!?
いきなり魔力を帯びた本気の逆袈裟が俺の首を狙う。
ぞっとした。受けは間に合ったが、今のは寸止めでなければ剣が無事だったかはわからない。
動きを止めた俺達三人を見て周りの冒険者達が一際大きい歓声を上げる。
脱げたフードからは、見覚えのある痛んだ白い金髪がこぼれている。
ここでもこの人は有名人なんだな。
「……お前、ここはサシで魔力無しで受けて立つところだろう? 力を試してんのはこっちだぞ」
「腕を上げましたね。アキュレイさん」
「うるせえよ。お前こそ体格も態度もデカくなったな、小僧」
顔を見るまでは思いもしなかった。こんな所で再び会えるとは。
俺とラタ村の幼馴染ミリルが彼女に助けられたのは、もう八年も前になるのか。
当時既に名の通った冒険者だったはずだが、覚えている限り久しぶりに見るその姿は何も変わっていない。
もうちょっとだけ気を使えば段違いに変わるだろうに、相変わらずガッサガサの髪に化粧っ気のない傷入りの日焼け顔。
一本筋金の通った綺麗な目鼻立ちは……強く気高い、あの時のままだ。
「あははっ。でも僕らの実力を測ったということは……」
「ああ、護衛を探してるのはあたしだ。大元の依頼主は護衛対象だけどな。しかしもう村を出たのか。よくイセリーのやつが許したもんだ」
言いながら彼女は、見物の冒険者が拾ってくれた鞘を受け取ってロングソードをしまう。
「ええ。妹が生まれたり兄にはお嫁さんが来たりで、無駄飯を喰らうだけの次男は追い出されてしまいました」
「はは、なるほどな。しかし登録してまだ三月足らずだろ? 早くても駆け出しのはずなんだが組合の奴らがやたら推すんだよ。えらく評価が高いが、お前いったい何やったんだ?」
それはあなたが要求した護衛の条件が厳しすぎるのも理由ですよ。
「……とりあえず話すには部屋を借りませんか? 僕はともかく連れが目立つのを嫌がるので」
耳と尻尾は隠したままだが、明らかに人間離れした動きを見せたクロは周囲から注目の的だ。
「そういやもう女も引っかけたんだってな。相変わらずデタラメなガキだな」
「その話もしますよ!」
俺達の事情を把握しているらしい職員が近づいてきたので、小さな部屋を借りて移動する。姿の見えないケイトさんはギルド長と一緒に出張かな?
ロビーで突然始めた模擬戦闘は無許可だったらしく、アキュレイさんは職員から厳しめの小言を言われていた。
……おそらく建物の外でやってたら小言では済まないんだろうな。
……おや? クスクスと笑う声に振り向けば、俺達の後ろに見知らぬ男女が二人付いてくるようだ。




