第77話 断っても別に嫌がらせとかはない
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「レイノルドさん。あなたの実力人柄を見込んで、是非ともにお願いしたい依頼というのは、ある貴人の女性の東への旅の護衛です」
シェーブルの町の冒険者ギルドの長、コーデリックさんがことさら真剣な表情で切り出す。
王国東方の大貴族ゴズフレズ侯爵家。ひょんなことからその紋章入りの奴隷環を焼却したために呼び出しを受けて向かう旅路。その手紙が俺の元へ届いたのは……もはやかれこれ二週間以上前になる。
話をしたいという穏便な内容ではあったが……相手は王国の東の国境を、隣国の強大な獣人種族から守り続けている武闘派と名高い大貴族。
前世知識に照らし合わせばその家の紋章を焼くということの意味はわりと想像がついてしまう。
ASAPで駆けつけてワビを入れ、もしもお金でカタがつくのなら即座に現ナマで要求額を支払いたい。そんな俺達にはうってつけの依頼だった。
というかそもそも冒険者、ギルドから仕事を回していただく請負の個人事業者としては、その長直々のお願いとあっては断るという選択肢はないに等しい。
「……もう少し詳しく内容をお聞きしましょうか」
「では私が。彼女らは、南方領域のとある領地の教会から来た巡礼の一団です。今現在このシェーブルに滞在していますが、東の交易都市トレドを経由して北方領域へ向かうそうです。一行には修道女など女性が多く、護衛としても女性の冒険者を希望しています」
ギルド受付嬢のケイトさんが依頼内容を説明する。
また宗教関係者か。俺の相方は獣人だっつってんだろ。
「ご心配なく。その一団は聖女派です」
……ん。えーと、教会の崇拝する神様は男で、その教えを守り広めて何か偉業を成した女性の信徒が昔いたんだったよな。それが聖女ウィプサニア様だったっけ。
俺の先生でもあるラタ村の教会のテオドル様は、聖女派ってことになるのかな。詳しくは知らんけど。
「……おや。ご存じないのですか? 教会にはしばらく前から大きく二つの派閥があります。古くからの伝統を重んじ神の教えを何よりも遵守する主神派と、人々に寄り添い現実的な日々の暮らしに重きを置く聖女派です」
ケイトさんは教会にはあまり詳しくないのか、コーデリックさんが補足する。
彼の話によると聖女様の教えというのは、神様はもちろん敬い、その教えは尊重するものの比較的小難しいことは言わず、皆が仲良く楽しくできることを頑張って暮らしましょう、みたいな緩い感じなので庶民や冒険者に人気があるようだ。
また伝承では当時の聖女様のそばにも獣人はいたらしい。しかしその扱いは奴隷などではなく、それなりに地位の高い従者であったらしいので、現在も聖女派では獣人に対する罪だとか過酷な労働による贖罪などという話はないとのことだ。
「まあ獣人の冒険者というのは非常に少ないので、実際に会ってみないと彼女らがどう思うかはわかりませんが」
それ、確実に大丈夫でもないじゃないすか。
「数日前にこの町に到着してから……我々の組合に護衛の提供を依頼してきているのですが、女性のみの班などとなかなか条件を満たす冒険者はこの町には滞在していないもので」
溜息まじりのケイトさんの眉尻が下がる。
譲歩を引き出して男女半々ということだろうか。とりあえず俺達が引き受けてもよいと言えば、紹介してギルドとしても最低限の誠意が見せられるそうだ。
「レイノルドさん達が東のゴズフレズ侯爵領へ向かうのであれば、彼女らが目指すブラウウェル伯爵領の町、東方最大の交易都市トレドはちょうど通り道です」
俺の故郷ラタ村の南に位置し、王国の中央部を横断する山脈もこの辺の東までは伸びていないらしい。交易都市トレドは南は王都へも南方領域へも、北は開拓地へも容易に繋がる東方の交通の要衝とのことだ。東隣に鉄壁の守りを誇るゴズフレズを盾にしてかなり栄えているらしい。
「あなたが首を縦に振ってくれるのなら……お話ししてみますが」
ギルド長のすがるような眼差しが刺さる。しかし貫禄ねえのなこの人。
……うん。まあ断れないやつだし、会ってみて向こうさんが俺達でいいっていうのなら断る理由もないよね。
「あぁ! ありがとうございます。ケイト君! 宿のほうに使いを。あの護衛班の隊長さんに伝えてください」
「はい! すぐに人を送りますっ。良かったですね、これでもう文句を言われずに済みます!」
巡礼団は十名ほどの一行で、移動は立派な馬車隊らしい。
……依頼が本決まりになってその人達に同行するのなら、今持ってる荷車は邪魔になるかな。また重要でない荷物は処分するか預けておくとしよう。確かギルドで買い取りもしてもらえるはずだ。価格に期待は全くできないが。
コーデリックさんはすぐに夜の会議の準備に入り、ケイトさんも依頼人の巡礼団に一報を入れる人を送ってからギルド長の作業を手伝う。
人狼の討伐と諸々の報告、協力による俺達への報酬は手数料無し、領主への税もギルド負担でかなりの額をもらえることになった。
ケイトさんは明らかに忙しそうなので、この後の対応は別の職員をお願いする。ギルドの荷物の預かり賃は鉄札なら無料だから、もう今晩は荷車もそのまま預けてしまうとするか。
顔を合わせた護衛隊長さんが、ガキと獣人なんぞに頼めるか、ってなる可能性もあるから今処分するのは早計だ。
先方との面談は明日の朝ギルドでということなので、これまたいつも通り今夜のおススメの宿も聞いておこう。
「……はい、この大きな袋は、組合長の預かり。他は天幕に保存食に、空の酒瓶。……あ、貴重品はこの場で一緒に確認していただけますか?」
荷物が多いのでさらに別室に移動して対応してもらう。
さっき受け取った報酬も合計すると、俺の金はちょっと持ち歩くにはおかしい額になっているし、現金以外の貴重品もかなりある。
職員が持ってきた大きな木製のトレイに金を並べていくと、その金額に驚いた彼は慌てて立会いにもう一人を呼ぶ。
「……と、宝石、貴金属類。手持ちは少し残して、これ全部をお願いします」
「はい。金貨二枚と大銀貨十枚、……あ、これも金貨ですか。見たことのない古い物ですね。後は首飾りが一点、指輪がひのふの……」
ああ。やっぱりここのギルドもちゃんとしてるな。金額と品数を確認してリスト化している。こりゃあ日暮れの今頃が混み合うわけだな。
「……あっ! レノ、血が出てるわ! 右手!」
えっ? ありゃ、ズボンと床が結構な量の血に汚れている。見れば小指の内側がぱっくり切れててボタボタ出血しているが、全く痛くないので気がつかなかった。
「あっ。大丈夫ですか?」
「うわっ、すみませんすぐきれいにします。クロ、手拭い出してくれ」
これくらいの傷、少し魔力を込めれば止血は簡単だ。荷物のぼろ布と水の魔法で手早く床を掃除して乾かす。
……うむ。床板自体もかなり年季が入っているので、血の跡が目立つようなことはなくなった。俺の服は宿でやろう。
「大丈夫? どこで引っかけたの?」
クロが手持ちの包帯用の比較的マシな布で指を縛ってくれる。人体の持つ治癒力を強化すればすぐに塞がるが少しの間は傷口の保護が必要だ。
「わからん。床の血は足元だけみたいだが――」
「レイノルド様、申し訳ありません……。こちらの首飾りだけは……お預かりすることができません……。他に比べてかなりの値打ちのお品です……」
ギルド職員が不躾に会話を遮る。
「もちろん……こちらの倉庫の警備は……間違いのない万全ではありますが……。何分出入りの人間も多く……万が一のことがあっては……私共で償いきれるものではございません……」
おいおい。あんたらギルドのプロだろう? 品物が高価すぎるからってビビってたら、預かりの仕事なんかできないだろ。
変な喋り方しやがって。どこ見てんだ、疲れてんのか?
あー、うん。もうちょっと頑張れば終わる時間だから早く帰ったほうがいいぞ。
……まあ、あのトップは定時に即帰るようなタイプではなさそうだから、そうはいかんか。
「かさばる物でもございませんし……、こちらは御身につけておかれたほうが……よろしいかと……」
「お受け取り……ください……」
まるで素手で触るのが恐れ多いと言わんばかりに大きな木皿の上、綺麗な手巾に乗せられた豪華な美しい首飾りが突き返される。
確かに不思議な輝きの大きな宝石だ。石の種類も、飾りのモチーフもわからない素人だが複雑な細工の精巧さから絶対にクソ高いことだけはわかる。
素肌に直接つけるのはちょっと危なそうだが。




