第75話 名付けの法則あったりなかったりですまん
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朝を迎えると雨は完全に上がり、青空が広がっていた。
昨夜の宿泊料としての寄付を多めに施したことにより、俺達には朝食にもスープと少しの固いパンが提供された。
天候さえ回復してしまえばゆっくりする理由はないので食事を済ませればすぐに教会を発つ。神官ロベルトさんと世話係の老夫婦にはとてもお世話になった。出る時にはもう一度感謝の気持ちをしっかりと伝え、少し寄付とチップを置いてきた。
同じ部屋で宿泊していた怪しげな年増の男女は西へ向かう予定らしく、しばらく教会にとどまって同行してくれそうな旅人を探すとのことだ。男が意を決して話しかけてきたのは、俺達が逆方向でなければ後ろをついてくるつもりだったようだ。
……冒険者でもない男女が護衛もろくにつけずにこんな所をうろつくのは、面倒な訳アリでしかないよな。連れだって歩けば話題にも気を使うだろうし、道連れにはならなくて助かった。
東への広くきれいな街道。道が良くなったため教会から隣村のトバサへは快足を飛ばし、到着したのは朝の鐘一つと半頃だった。
……味については全く申し分なかったものの、本音のところは教会の食事は少し脂っ気が足りなかった。クロには量も同じくなので仕込みの料理の匂いにつられるのは仕方ない。開いていた村の酒場に寄り道して間食をとる。
そこそこの大きさがあるこの村の周囲にはもちろん畑もあるが、目についたのは広い牧草地に放牧されている多種多様な家畜だ。思った通りに酒場のメニューにも肉料理の種類が豊富だった。
一つ手前のセルスロー子爵領は果物畑だったが……こっちのデイモンド男爵領は牧畜が得意なのかな。
惜しむことなくソーセージを、これでもかと盛り付けられたポトフっぽい料理がめちゃくちゃ美味い。
べた褒めしておかわりを頼めば、ご機嫌な酒場の店主は俺達に行き先を問う。
とりあえず冒険者としてギルドに報告すべき用事があることを軽く話題にすると、それならば東にあるシェーブルという町だという。さらに詳しく聞けば距離もそれほど遠くはなく、俺達なら十分に今日の明るいうちに到着が可能だった。
「ねえレノ、この燻製肉スゴイ美味しいわ! 買っていこう! これを使ったら、切って煮るだけのあんたの鍋も美味しくなる!」
「……ダメだ。お前がケニエ村で欲張って交換した固い干し肉がまだ荷にいっぱいある。あれをやっつけるのが先だ」
「……あー。そうだった」
マント着ててもカウンター席に隣掛けだと動く尻尾が垂れ下がる気配がわかる。
……ちっ、しゃあねえな。ちょっとだけだぞ。
しかし俺の鍋そんなに不味かったか? 金を取る店の料理と比べたらいかんぞ?
ふん、まあ中世の文明なので仕方がないのだ。この世界にもめんつゆや焼き肉のタレがあれば、俺の真の実力が発揮できるんだけどな。
あと、これは根拠のない全くの勘だが、あの一番上等なワイン樽だけは我慢してこの村まで持ってきてたほうが儲かった気がするな。
天候よく道もよく荷は軽い。ここ二日は夜の見張りを交代する必要もなく、睡眠時間も十分なのでうまい飯で腹を満たせば足運びもさらに速い。
そんな気分で到着したシェーブルの町の市壁、西門。ここでも案の定フルクトスと同じように入場手続きに時間は取られたが、二度目ならそれほど腹も立たない。衛兵の態度も悪くないし。皆さんお仕事ご苦労様です。
まずは冒険者ギルドで人狼どもの報告だ。もしもあいつらに追手がかかっているのなら、他の魔族も人間の領域にやって来る可能性がある。吸血鬼に関する資料や情報もあるのなら欲しいな。
前回と同じく衛兵にギルドの場所を訪ねて直行する。
この町は大きくはない。規模はエブールと同じくらいだろうか。……しかしここは領主のいる町ではないからな。入って来た門の周辺は牧場ばかりで、通りは家畜を連れた農夫や牧童の姿が多い。
今朝の村でもそうだったけど、クロは家畜の臭いは別に気にしないみたいだな。俺は無理ではないけどあんまり近くで直に嗅ぎたくはない。
今は懐も十分にあったかいし、この町で時間を取って冒険者の仕事をする必要はそんなにないだろう。一泊したら明日はすぐ次の領地へ向かおうかな。
もうエブールを出発して十二日が経過している。少し急がないと、今度は訓練に時間を取りすぎて旅程が遅れ気味だ。
神官のロベルトさんとの雑談で仕入れた情報によれば、東の伯爵領には東方領域で最も栄えている大きな都市があるらしい。そういう所ならば、俺もこの世界では初めてだ。ちょっと観光とかもしてみたい。
「ようこそシェーブルの冒険者組合へ。受付のケイトがお伺いします」
「旅の冒険者のレイノルドと申します。連れはクロといいます。この大荷物は魔物の首なんですが、併せて報告したい込み入った話があります。あと表の荷車を話の間見ていてもらえませんか?」
空いていた受付に身分証を提示する。
時刻はもうすぐ五の鐘がなる午後四時前。ちょうど混み合う前で助かった。もう少し遅くなると本格的に今日の依頼の報告清算が始まるだろう。
「まあ。……あら? …………あらま!? しょ、少々お待ちを!」
応対する女性のギルド職員は、カウンターに乗せられたひどく汚れた包みが上等の絹であることに不思議な顔を見せる。が、その中身を確認するとすぐに上司の机に走った。
ケイトさんから報告を受けた上司と思われる人もすぐに席を立ち別室へ向かう。
おお、ここのギルドはフットワーク、軽いとありがたいなあ。
「やあ、あなたがレイノルドさんですね? 私はここの組合長を拝命しておりますコーデリックと申します」
おや。いきなりトップのお出ましか。……背は高いほうだが腰は低い、線の細い人だな。冒険者上がりだとしたら魔法使いタイプと見た。若くは見えるが髪は白い部分が多い。かなり苦労してそうだ。
「……いやあ、いきなりこのようなモノをお持ちになられるとは。お話は私の部屋でもかまいませんか?」
ケイトさんが重そうにベッドシーツの包みを持っている。
願ったりかなったりだ。カウンターで大声でする内容ではない。
受付嬢とギルド長とともに彼の執務室へと移動する。……時々後ろを確認しないとクロがついて来ているか不安になるな。もうちょっと足音を立てろ。
「しかし手紙で読んだ時には、いくら何でも盛り過ぎではと思っていましたが……これらを仕留めてケガ一つないところを見ると、あなた達がコリンズ子爵を、その領民を救ったというあの話は本当のようですね」
おや。この人俺らのこと知ってるのか。
「ええ。存じておりますよ。あなた方が登録したエブールの町で、同じく冒険者組合の長をやっているカルスタフは古い友人です。彼からの手紙に面白い新人が東へ行くので、立ち寄ったら面倒を見てやってくれとね」
ああ。あの俺とクロに鉄札冒険者証をくれたゴツイおやっさんか。引退して平和な田舎で気楽な隠居生活だと言いながら、その剣の腕は全く錆びついていない達人だった。
……なるほど。やはり王国に広く根を張る冒険者ギルド。遠く離れていても情報の連携は密に取っているな。フルクトスも職員にイマイチやる気がないだけで俺のことは知ってたみたいだし。
「……腕だけでなく、子供らしからぬ知恵もあると聞いていますよ。まずは報告を伺いましょうか」




