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第74話 夜半の説法

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 魔物の森を強引にショートカットして街道に戻った俺達は、運悪く突然の大雨に降られて濡れネズミになってしまった。日暮れが近いため視界も悪く、東の大きな村まで辿り着くのも難しい。見知らぬ土地で雨宿りにも難儀する中、何とか途中で見つけた建物は教会だった。


 バタバタと慌てていたせいで、ついうっかり管理者の神官にはクロが獣人であることを見られてしまった。しかし(ヒゲ)のイケメンは中身もイケメンだったようで快く宿泊を勧めてくれた。まあ神の愛はタダではなかったが。


 東にある大きな村にはまだ少し距離があるらしいから、たぶんここは西に向けての魔物の領域手前の旅人の休憩所的な意味合いがあるのだろう。

 教会としての建物は旅人の宿舎であるこの礼拝堂の他にも厨房のある神官達の館や家畜小屋、納屋などの拠点に必要な設備は備わっているようだ。


 宿舎の雑魚寝部屋、ここの床も最低限の手入れはされている。完璧に清潔というわけでもないが、マントや毛布があれば上等な暖炉のおかげで野宿とは天地の差がある。先客の男女もその神の恩恵は間近で享受しているようだ。




「すみません。隣を失礼します。いやぁ、すごい雨ですね」


「ええ、全くです……ひっ!」


「いっ!?」


 マントのフードを取って振り向いた男の疲れた声と顔は恐怖に引きつった。目を見開いた女の顔も炎に照らされたまま動かない。目線は俺の後ろだ。乾かさなきゃならんから隠しようがない。


 ……あー、これは久々の反応だな。

 神官のロベルトさんが笑顔だったからといって少々うかつだったかな。


「……これは自分の奴隷です。躾はしてありますので大丈夫です」


 使役章(しえきしょう)を提示して一言添える。おたおたと愛想笑いする二人からは言葉が返ってこない。


 やっぱり無理な人はいるのか。でも真っ当なルールの上で売買されてるし、犯罪ではないから俺が卑屈になる必要はないよな。この人達と世間話でもできれば情報収集になっただろうが、まあ仕方ないか。


「ど、どうぞ。私達はもう十分暖まりましたのであちらで休みますッ。ほら、行くわよ! 早くなさいッ」


「え、ええ! 失礼をばいたします。行きやしょう」


 ……ふん。まあトラブルにならなかっただけ儲けものか。


 二人とも若くはないな。この物言いは主従か? ならさっきまでの寄り添い方は不自然だが……訳アリっぽいな。やっぱり世間話もめんどくさそうだ。


「…………」


「ほら火に当たれ。先に円套(マント)乾かすからちょっと待ってろ」


 ん? また機嫌を損ねたかと思ったが……腹を立てているというよりか、申し訳なさそうな顔だな。怒っているわけじゃないのか?

 ……まさか俺に迷惑をかけてしまっているとか考えてたりしてな。


 そういえば人見知りも相手によって馴染むのが速いし、もしかしてコイツは俺の立場に気を使って他人と喋っているのかもしれんな。




 雨に濡れたマントの汚れを十分に落として乾かし、それを着せてから脱がせた服をキレイにする。取れる泥や草の埃はちゃんと集めて暖炉にポイだ。

 蒸しタオルで身体を拭かせて、毛もきちんと乾かしておけば風呂に入らなくてもそこそこ快適に眠れるだろう。後ろで寝ているはずの男女二人組は魔法で起こした風の音にゴソゴソと反応を見せたが無視だ。


 俺達が身を清め終わってくつろいだところに一人の老婆がトレイに食事を載せて運んでくる。ロベルトさんの話の通りの野菜だけのスープと()かしたイモだ。

 簡単な料理に見えて両方ともきっちり真心と手間がかけられている。湯気とともに上に乗った焦げたチーズの香りが部屋に漂い、後ろの男女はさらに反応を見せたが無視だ。


 毛布をもらってないからあいつらはおそらく素泊まりなのだろう。……まあ本当に飯抜きなのだったら、持ってる干し肉くらい後でわけてやるか。


「まずは温かい食事をと言われましてな。すぐに毛布もお持ちしますですじゃ」


 旅人の宿泊施設でもあるこの教会は神官一人で切り盛りできるわけはなく、東の村から交代で手伝いの者達が泊まり込みに来ているとのことだ。


「ありがとうございます。こいつは美味そうだ。いただきます。ほら、クロも礼を言うんだ」


「……ありがとう、ございます。いただきます」


「おや! 神官様のおっしゃるとおりだねえ。賢いええ子だが。うんうん、神様はちゃあんと見てくださってるよ。頑張んなよ」


 おっと。どこにも肖像画が飾られてないからそんな気はしてたが、ここは前の町フルクトスと同じ、聖女様を信仰するほうの教会ではないようだな。


「……傭兵団に引きずられてた、荒っぽい奴らしか()うたことないけんど、こぉな子供ならやっぱり可愛いげなもんじゃがね。たぁんと食べな。一度ならおかわりも許されてるでよ」


 クロの皿のイモはちゃんと俺より一個多い。


「ここの神官様はなかなかの人物のようですね。さぞかし人気者でしょう」


「いんや。あの方はここの神官様ではないさね。そりゃあ、ここの神官様も優しいお方ではあるがねぇ」


 へ? どういうことだ?


「ここの本来の神官様は、南の領主様の町まで用事で出かけとるんだわ。あの方は頼まれてやって来た代理らしいだわあ。しばらぁくはワシら村のモンだけで留守番と聞いとったから、ええ男がやって来てビックリしただよ!」


 へえ。ならあの人、ホームではないのにえらい堂々とした振る舞いだったなあ。……イケメンは何でもできるんだな。

 ……え? おかわり? はいはい。食うの速いな。おっといかん、せっかくの熱々、俺のも冷めたらもったいないぞ。






 ぱちっ、と薪の爆ぜる音に目を覚ますと暖炉の炎の前に人影が見える。


 ……部屋に入って来たことに全く気がつかなかった。クロも昼の過酷な荷車引きの疲れのせいで高いびきだ。


「あぁ。すみません。起こしてしまいましたか?」


 まだ夜か。雨も降り続いているようだ。火を絶やさぬよう追加の薪をくべていたロベルトさんが身を起こした俺に気づく。 


「……暖炉の世話までやるんですか」


 壁際に用意されている水差しを手に取ると重い。知らぬ間にきっちり補充されている。


「ま、楽しみのひとつですよ。そういう顔を見るのもね」


 すげー。セリフはスゴいのに嫌味がねー。なんだこのおっさん。いや、おっさんとも呼べない。呼びづらい。


「ついでに一つ。お聞きしても?」


 うん?


「……あなたはお若いのに、とんでもない魔力をお持ちだ。私はあなたのような人を初めて見た。さらにあんな奴隷を連れている。……それほどの力で一体何と戦うつもりなんです? 何を望むんです?」


 ……聖職者お決まりのお説教かな。しかし俺の魔力が多いことはわかるのな。


「いや、まあ。守るための力のつもりですが。望むものは……まあ冒険者としての名誉くらいですかね。今んとこは」


「ふむ。あなた方はたった二人とは言え、恐ろしい力を、戦う力をお持ちだ。……獣人、というのも人間を憎むものです。もしもその気になられたら、我々弱い人間なんかはとても太刀打ちできない。都市の結界があってもですよ」


「そんなことはしませんし、クロにもさせませんよ」


「本当に? 冒険者として誰かから、貴族や領主なんかに、依頼をされても?」


「断りますよ。当り前じゃないですか。何ですか? 僕がそんな殺し屋や暗殺者のような仕事をする人間に見えますか?」


「いーや。いたって普通の若者です」


「でしょう。これでもお日様の下を歩けないような事はしてないし、しないつもりです。安心してくださいロベルトさん。僕も生まれた村ではあなたのような素晴らしい神官様に教えを受けました」


 神様は信じられなくても、神様を信じている人は信じられる。

 お。俺の師が神官ってのは意外だったのか。一瞬驚いた表情から口角が上がり、よく見た笑顔に変わる。


「……ええ。安心しました。いやぁ、夜中に変な話をして申し訳ありません。私ももう休むとします」


 やっぱりエリックさんの言う通り、獣人なんか連れてたら周りの人間には不安を与えてしまうのかな。

 ……エブールからすれば、随分と東へ来てしまったものだ。



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