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第73話 重要キャラなのでそんな感じの声でお願いします

73


「…………おや。大きくはないが、行く先に人の魔力反応が複数あるな」


「ふぅ。やっと街道に出られるのね。暗くなる前で助かったわ」


 ケニエ村から東の森の獣道を突っ切り、ようやく魔物の領域を抜けようかというところで状況に変化が訪れた。


 魔力体力に任せて急ぎはしたものの、悪路の手入れをしながらの移動では速さは普通の旅人とそう変わらなかったようだ。途中で食事を摂った昼から数時間経ち、曇り空が日差しを遮る森の見通しも良くない。


「まだ安心はできないぞ。ちょっと迂回は難しい」


 樹影(こかげ)の濃さからすると街道まではまだしばらく距離がある。人里にごく近い魔物の領域の森、広範囲に複数の魔力反応とくれば。

 木々の向こうに人の姿が見えた。近づく俺達に気付いてはいるようだ。


「……」


「…………よお。旅の冒険者か? この道を来るなんて命知らずだな」


「ええ。運よく面倒な魔物には()いませんでした。村まではどのくらいですか?」


「この森を抜けた先の道にそって東へ一刻(いっとき)ほどだ。急ぎな。ゆっくりしてたら陽が暮れちまうぜ」


 獣道に佇んでいるのはマント姿に弓矢を背負った一人の男だった。上着に隠れて全部は見えないが腰の物は猟師にしては重装備だ。人間に対する警戒心も強い。


 ……それならあっちの魔力は伏せた仲間か?


「……いや、すまん。心配しなくても、あんたらを背中から襲おうなんてつもりはねえよ。今、この北で俺の(チーム)が希少な魔鹿(まじか)を解体しているんだ。久々の大物でな。……そんな時にちょうど近づいてきたお前さんにピリついちまった」


 フードのまま顔を伏せて荷車を引くクロに視線を送ると、話を肯定して頷く。鼻につく匂いに尻尾は何とか動くのをこらえているようだ。


「ああ。なるほど。こちらも無神経でしたね。良かったらこれ臭み消しにどうぞ。あまり持ちそうにないので」


 ケニエ村で物々交換した香草だ。新鮮なものばかりではなかった。


「お。確かにこりゃそろそろだな。ありがたく使わせてもらおう」


 お互いに警戒は解いていない。名乗りも交わさずにその場を離れる。




「……」


「……何だよ機嫌悪いな。あれくらいいいだろ? この森はたぶん地元の冒険者の狩り場だよ。周りには何班(なんチーム)かいるようだし、揉めたら面倒だ」


「まあ、わかるけど」


 周囲には微かだが集中すれば魔力智覚(まりょくちかく)に引っかかるほどの反応の薬草もある。

 魔物の少ない故郷のコリンズ領と比べたら土地の魔力が豊富なんだろうな。


「魔物の鹿が食べたかったのなら次の村で探してみようぜ。少し待てば、今日明日あたりさっきの奴らのも卸されるかもな」


「別にそういうわけじゃないけど。…………ん。そんなことより急ごう。もうすぐ降り出すわ」


「えっ、まじか? 初めての土地で雨宿りの場所なんか知らねえぞ。急げ急げ」






「うひゃあっ」


「うっは! (さぶ)い! 助かった!」


 日没にはまだまだ時間があるはずなのにな。ろくに視界の効かなくなった薄暗い街道を走る俺達は、目に飛び込んできたとある建物の軒下に駆け込む。


 森を抜けて広い街道へ出てすぐのことだった。曇り空はあっという間にその色を濃くし、バラバラと降り出した大粒の雨はすぐに滝のような土砂降りに変わった。

 生まれ育ったラタ村でも記憶にないような突然の大雨は、十分な旅装であるはずの革のマントを歯牙にもかけず俺達の体温を奪う。


「助かってない! 寒いわ!」


天幕(テント)のほうはさすがに厚いな。包んである荷物は大丈夫だ。しかしこの狭い軒下じゃあ着替えるのも火を起こすのも難しいな」


 漆喰の薄汚れた壁の上、古いがしっかりとした作りの屋根に守られて身体にこそ雨は当たってない。が、ほんの目と鼻の先でばしゃばしゃと降り続く雨は地面を泥に変えていく。


「寒いわ! それにこの円套(マント)濡れると(クサ)い!」


 クロがマントを脱いで両手でばさばさ振るうと、土と草を叩く雨の匂いに動物の革の匂いが混ざる。

 いや、そんなに悪臭でもないだろ。何というか、風情を感じなくもない。しかしこの寒いのはよろしくないな。すぐに手を考えないと……。


「……よろしければ、こちらへどうぞ。お風邪を召されますよ」


「ぎゃあ!」


 んが? しまった。住人がいたか。これだけ騒げば出ても来る。突然かかる男の声に面白い返事をするクロ。

 あっ! いかん、耳が見えてる!


 ……げ。


「……どうぞ。こちらから宿舎のほうへ。(しゅ)は困っている者に手を差し伸べることを(とが)めは致しません。どのようなお方でありましても」


 建物の角に立つ男。日暮れの近い雨降りの暗がりに溶け込むような服装は見覚えのある色合いだ。その面構えの貫禄もただの修道士ではない。


 こんな街道にポツンと一軒家はおかしいと思ったが……まさか教会だったとは。雨で見えなかっただけで建物は一つではないようだ。


 獣人娘のクロの耳を見てもなお優しい笑みを浮かべる神官の男。


 黒髪と(ヒゲ)の超シブいダンディだ。カリブの海賊……いや、三対七くらいの割合で柔和な、鋼鉄の社長だな。




「今日はお客様が少ないですからねぇ。暖炉の近くも空いています」


 案内された宿舎というのは広い一部屋の建物だった。


 敷地への無断侵入にも関わらず、濡れた身体を気遣い優しく出迎えてくれた神官によって、俺達は雨宿りの屋根どころか今夜の宿を手に入れた。荷車は納屋の屋根の下に置かせてもらい貴重品と齧れるような食料は手荷物だ。

 今も表にざあざあと降り続く大雨は、まだ今夜一晩ほどは衰える気配がないように見える。


 彼には二人分の冒険者証、使役章(しえきしょう)奴隷環(どれいかん)と全ての身分証を提示して名乗りはしたが、爽やかなその笑みは全く崩れることなく、珍しいものを見たという好奇心以外、侮蔑の眼差しなどはなかった。ナイフや剣の携帯についても何も言わない。


 部屋は入口から見て左手の壁に古い大きな暖炉が据え付けてあり、ゆらめく炎は部屋中に灯と十分な熱をもたらしていた。脇には数日分はありそうな大量の薪束も積まれており、炎と炭の匂いに加わる木の香りが温かみを感じさせる。

 炎の前には一組の男女がマントを羽織って寄り添い暖を取っていた。


 正面奥には蝋燭と花、聖典と思われる書物が飾られたささやかな祭壇もある。床の汚れ具合から見るに以前は長椅子がたくさん並んでいたのだろう。今は旅人用の雑魚寝部屋だが、元は礼拝堂かな。


 こりゃあ助かる。火に当たりながら服を乾かさせてもらおう。……ん?


 案内してくれたロベルトと名乗るイケメン神官は、微妙な位置で入り口の玄関を遮っている。

 何だよ? 通りにくいだろ。


「……レノ。そっちそっち」


 クロに袖を引っ張られた方向、壁際の小さな机には黒ずんだ金属製の箱がある。あーね。


 財布から大銅貨を二枚、見えるように取り出して箱に入れる。

 神官は微動だにしない。


 追加で二枚入れると笑顔で後ろに下がりやがった。

 教会なら安いかと思ったが相場の一人大二枚は普通に取るのな。じゃあもう二枚入れると?


「野菜の(スープ)とふかし芋の乾酪(チーズ)焼きなら用意がありますが。あと毛布をそれぞれ二枚ずつお貸ししましょう」


「いる! 大盛り!」


「……お願いします」


「了解です。熱々(アッツアツ)でお持ちしますので、しばしのお待ちを。あぁ、魔法は使っていただいてもかまいませんが、床を汚したり火事にしたりはご勘弁願います」


 注意事項を聞いた俺は魔法で二人の靴の泥を落としてから部屋に入る。

 それを見た神官ロベルトは右手で空を切るような仕草の後、軽く祈ってから宿舎を後にした。


 俺も小さい頃にラタ村の神官テオドル様に習ったが、意味とやり方はもう覚えていない。地球と同じ十字ではなかった気がする。

 ……雨を凌ぐ屋根を与えてもらったことは間違いないので、感謝の気持ちは普通に捧げておこう。



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