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第72話 商売の才能

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 ケニエ村の北東の古城跡をねぐらにしていた女の魔物は、住処の地下室に大穴を開けられて日の光を浴び、その形を失った。寝間着に残った砂の山には魔力の反応も一切ない。完全に滅びたと思っていいのだろうか。


 たぶん吸血鬼的な種族だと思うんだけど、これ最終的な処分はどうしたらいいんだろうな?


「え? もうおしまい? なんで?」


「クロはこの魔物のこと何か知ってるか?」


「いや、ぜんぜん。……えらそうに人狼族(じんろうぞく)を従えてるのに弱すぎ」


 おいおい……。これじゃあ役には立たないとか、仲間にしなくてよかったとか、お前えらい辛辣(しんらつ)だな。何がそんなに気に障ったんだ?


 尻尾はやたら動いてて機嫌良さそうなのに意味わからん。


 まあこの魔物が大したことない一番の理由は日光だろう。もしも夜だったらこうはいかないはずだ。あと療養中とも追手がどうとかも言ってたから、体調万全でもなかったみたいだ。


 ……うーん。大丈夫だと思うけど、このまま放っておいて万が一復活されても嫌だしなあ。


 あ、確か川が弱点ってものあったな。よし、このまま厳重に包んで持っていってデカい川でもあったら流そうか。小分けにして。


 首を落とした人狼の身体は、ゴブリンなどと同様に焼却して埋める。首は洗って冷やし、二つとも証拠として持ち帰る。首周りの太さは普通の狼の倍以上あり、耳には貴金属っぽい装飾品がついているので一目でただの獣でないことはわかる。


 さらに吸血鬼の居室とは別の地下室に、慰謝料としてもらう話になってた宝石や貨幣があったので、高そうでかさばらないものを選んで戦利品として徴収。

 瓦礫に埋まった寝室にはもっと色々珍しい品もあったかもしれないが、全部掘り返すのはめんどくさい。すでに結構大荷物だし、あきらめて村へ戻ろう。


「あ、クロは俺の円套(マント)着て頭を隠せ。お前のは俺が使おう」


 この程度の破れ具合なら村へ持って帰って直してもらえばいい。


 ん。どうした? 臭いそんなに気になるか? 割といつも着てるだろ。


「いや、別に。……レノの匂いはイヤじゃない」


 ……え。……さっきからちょっと様子が変だな。そういえば片付けの時もなんか妙に張り切ってたし。

 あ、もしかして魔力付与のせいだったりするのか? ぶっこみ過ぎたら情緒とかによくない影響でもあるのかもしれないな。






 村の外れで出迎えてくれた村長は俺達二人の姿を見て固まった。城をブチ壊した音は聞こえていたはずだし、おそらくやってくるのは狼達と思っていたのだろう。


「人狼族の魔物二匹と女の魔物を一匹発見し、討伐してきました。……危なかったですね。この人数の村ならとっくに全員餌にされていておかしくない奴らでしたよ。ほら」


 ベッドシーツで包んで持ってきた首を見せる。


「!! ……そ、それは。とんでもない、魔物でしたな。いや、助かり、ました」


「特に頭の女は悪知恵の働く魔物でしてね。命乞いをするのにあることないことを口走っていましたよ」


 絶句した村長の顔がみるみる色を失う。

 ……うん。ここでは心配そうに様子をうかがう他の村人の目もある。あんたの家へ戻ろうか。




「も、申し訳ありませんでした!! 魔物を退治していただいた報酬は、精一杯をさせていただきます! ですからどうか、どうか村の者の命ばかりは! 皆に罪はありません。自分以外は何も知らないのです!」


 床に膝をついて両手を組み、祈るように俺を見上げる。これがこの世界の土下座かな?

 別にあんたも殺すつもりなんかないんだけど……まあ、冒険者を罠にハメて命を狙ったんだから失敗したらそうもなるか。


「いやいや。そんなことしませんよ。当初のお約束通りの報酬でかまいません。あ、あと塩も酒も最初の値で取引してもらえれば」


「ほ、本当ですか!? そんなことでよろしいので!?」


「……冒険者としての責務ですから、ここで見聞きしたことは全てきっちり、この首とともに東の町の組合(ギルド)に報告はしますけどね」


「そ、それは……」


 一瞬戻りかけた顔色は再び絶望に暗く沈んだ。


 まあ、そりゃあねえ。冒険者に嘘の依頼をして魔物の生贄にするなんて、冒険者ギルドからしたらとても見過ごせない、とんでもない話だ。今後同じような企てが二度と起こらないためにも、領主には極刑を訴えるだろう。


 ……しかし魔物との取引なんぞ、圧倒的な実力を背景にした一方的な脅しみたいなもんだ。弱い人間の村の長なら、従うのは止むを得ない判断と言えなくもない。

 まあ、俺が是非を問うには証拠も十分ではないし、その沙汰は本来ここの領主の仕事だ。


「まさか町の組合(ギルド)に依頼を出してまではやってませんよね?」


「はい……。あの女からは……討伐隊が呼ばれるような大事(おおごと)にはするなと、きつく言われておりました。かわりに村は他の魔物にも襲われることはなく……」


 うん。一匹は俺よりは強かったが、騎士団クラスなら十人もいれば対処に問題はなかっただろう。しかし並みの冒険者チーム程度じゃ返り討ちだ。まして村人ではエサでしかない。


「……まあ、コレに逆らうのは無理だったでしょうから、そこらへんも含めて報告しておきますよ。一家で夜逃げするか、おとなしく裁きを受けるかは、好きにしてください」


 本当はとっ捕まえて連行するべきなのかもしれんけどな。


「…………いえ。冒険者のあなた達と違って、畑に生きる我々は父祖の土地を離れては生きていけません。例え魔物が近くにいても。……罰は甘んじて受けます」


「それがいいと思います。……あ。とりあえず今日は泊めてもらいますよ」


「……えっ。か、かまいませんが、よろしいのですか?」


 もう時間も遅い。この村長さんよりは、道もない知らない夜の森のほうがリスクが高いだろう。


「わかりました……ええっ!? そ、そちらの方は」


「詫びるつもりがあるなら夕食はしっかり頼むわ。変なもの入れたらわかるから」


 フードを取ったクロの耳を見て村長は目を見開いた。


 いや脅し入れてくれるのはありがたいけど……お前アテになるのか? ちょっと前に一回盛られてるぞ。






 ケニエの村、村長の家で一晩の宿を取り、翌朝村を出発した。


 行商として持ち込んだ塩は本当に不足していたようだ。普段の行商人とは違う品だったため村人達には少々警戒されたが、村長が仲立ちをした上で質を保証したら欲しがる者は多かった。

 十分な現金を持ってないので野菜や肉、乳やチーズなど食料との物々交換という者も少なくなかったが、クロが飯が増えたと喜んでいたのでまあ問題なしだ。他所へ持って行ったらたぶんもっと面倒くさい。


 酒のほうは村長からぜひ全て売ってくれと頼まれた。おそらく今後やってくるであろうギルドの調査隊や、領主の兵士に振舞うためにどうしても必要とのことだ。買収する気か?

 そういう事情が変わったことと、やはり詫びの意味も含めて対価にはかなりの色がついていたのでトータルの利益は想定を超えた。あと、もちろん約束の討伐報酬もきっちり受け取った。あの魔物三匹の実力からしたらありえない安さだが。


 ……うん。村長が持っていたこの金はひょっとしたら……。

 いや、まあ金は金だ。貧しい村が生き残るためにも必死だったのだろう。


 それにこの森に縄張りを構えていた強力な魔物がいなくなったのだから村の危険は増す。罪は村全体がこれから償うことになるのかもな。


 森の中を通って東の街道へ近道をするには、多少強引にでも(ヤブ)を突っ切る覚悟はしていたが、獣道のようなものはあった。村で急病人が出た時にはここを通って隣の大きい村へ運んだこともあるらしい。

 それを聞いてしまっては引いてる荷車が通れないような所は魔法で整えながらの移動だ。辿っていけば何とか迷わずに街道までは出れそうだ。


「ふぅ……魔物は寄ってきてない?」


「大丈夫だ。それに必然的にあいつらより強いのはいないだろ」


「いたら困るわ。道も酷いし……どこまで続くのよこれ。荷物が売れてなかったらやってられないわね」


 あんな特殊な状況じゃなければ買ってもらえてないだろうな。やはりコネのない商売は甘くない。知らないルートで大荷物を運ぶのもダメだな。


「……もう行商人はこれっきりにするよ。俺に商売の才能はないな」


「あたしも荷役よりはあんたと狩りのほうがいい」


 細い道は登ったり下ったり、なかなか難易度の高いハイキングコースだ。

 しかしワレモノ系はほとんど売ったから荷車を持ち上げたり傾けたりはできる。まあこれもいいトレーニングだな。


 できるだけ急ぎながら途中で背の高い木があれば登って先を確認する。戻るべき街道が見えたら移動のペースを考えよう。日が暮れる前には森を抜けたい。


 村人が通るのならそんなに無茶な道のりではないだろう。さすがに魔物の領域で野営をする気にはならないからな。



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